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二章 0.魔物と封印と国王の話

 第57代エルムスランド王、サナヴァが英雄王の再来と呼ばれているのは、実のところ自業自得でもあるのだった。
 今より十数年前の事だ。封じられたはずの魔物が現れた。
 はじめはたまたま封印の対象から外れたものが現れたかと思われたが、その後しばしば現れるようになると、再び世界は混乱しかけた。
 封印が不完全なことは、今では世界中に知れ渡っているのだが、当時は大変な騒ぎだった。
 ――もとより、封印した当人達はそのことを知っていたのだが。
 世界の混乱を直ちに静めたのは若きサナヴァ・エルムスランドだ。
 英雄王に良く似た姿に立派な鎧をまとい、世界中を回り、多少は威勢のよいことも言った。
 つまり、『英雄王の生まれ変わりがいるから大丈夫だ』などと。
 英雄王の再来と呼ばれるのも、そのことが大きい。
 渋い顔をした家臣には『嘘も方便だ』とさらりと言ってのけて。
 生まれ変わり云々は別にして、それは確かに効果があった。
 いざとなればかつて世界を救ってくれたエルムスランドがどうにかしてくれるに違いないと、人々はそう信じ混乱は収まった。
 実際、単身王は魔物を退治して回ったので余計に安心したのだろう。
 だが、どう言おうと封印が弱まってきていることは否定できない事実で、世界各地で慌てて封印の寿命に関する研究ははじまっている。
 魔物は少しずつ、少しずつその数を増しているように思えたが、今のところ大きな被害はない。だからそう慌てることはないのかもしれない。だがしかし、確実にその勢力を伸ばしている。
 危険な場所も増えはじめている。
 だからこそサナヴァは徹底的に英雄王を真似るのかもしれない。 
 そうすることにより、人々は安心するのだ。エルムスランドの王はかの英雄王の生まれ変わり。故に何かあろうともどうにかしてくれるに違いあるまいと。
 だが――。
 だがいつかその英雄王――その生まれ変わりとやらが死んだその時、世界はどうなるのだろう?
 混乱するのだろうか? それともその頃には魔物の存在は普通になっているのだろうか?



「竜達が目覚めてくれたら心強いんだけどね」
 将来を危惧するサナヴァは、かつてそう漏らしたことがある。
 エルムスランドの一角――寝殿の中に眠る双子竜。
 魔法により石像となり静かに時を過ごす竜。
 彼らが目覚めれば誰も慌てはしないだろう。英雄王の時代より眠り続ける竜――自ら英雄王の再来と名乗る王よりもよほど信頼にたる。
「言って目覚めるなら苦労はしないと思います」
 生真面目な声にサナヴァは苦笑する。
「だから、嫌々英雄王の真似事をやってるんだけどね。そうすることにより皆が安心するならばと」
「面白がってらっしゃるものとばかり思っておりましたが」
「鋭いねぇ、ウォークフィード。でも、嫌なんだけどね、実は」
 嘘ばっかりと思ったが、ウォークフィードは口に出さなかった。
「英雄王が魔物を封じてから千五百年弱。英雄王の名声は止まることなく高まっているけれど」
「貴方の御名も広まっているとは思いますが……新たな英雄として」
 その言葉に王は苦い笑みを見せる。
「私は英雄になりたいわけでも、名声を求めているわけでもないよ。平々凡々に過ごせれば言うことがないんだけどね」
 

 
 いまだに竜は目覚める素振りなく、また封印が破られる気配もない。
 王がかつて求めた平々凡々な生活はほぼ望みどおりかなえられている。
 着実に封印は弱まっていっているのだけれど。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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