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三章 0.王の孤独
その場所に、彼は唯一人立ちつくす。
静寂に満ちた場所だった。
「ここも変わった」
ぽつりと呟く。
かつて、魔物達によって荒らされた面影はすでになく、この地には平穏が広がっている。
たとえつかの間のものであろうと。
自嘲気味に彼は笑った。
暗い思考であることは自覚している。
崩壊が約束されている危うい封印と、思うように世界に力を与えられなくなった神の存在と、力を使い果たし眠りについた竜達のこと。それを思うとどうしても考えが暗くなってしまう。
「なにか、ただ一つでもいいから希望でもないと、たやすく押しつぶされてしまう」
いくら英雄などと呼ばれようと、結局一人では生きていけないものなのだ、人間というものは。
一人で生きていけるなどと言うほど彼は傲慢ではない。
「我が友よ」
芝居がかった調子で彼は呼びかけた。
ささやかなその声が、静かな空間に思いの外大きく響く。
そっと手を差し上げて、彼は視線を上に向けた。
そこには自らの身を石と化した竜達の顔がある。
「かつて私たちは魔物を確かに封印した。いつ破れるかしれない封印を」
そのことは先刻承知していた。
そしてそのことは他の誰も知らない。
いま、彼の周りにあるものは孤独。いかに多くの者が周りにいようと、最後の最後で彼は孤独だった。
気の持ちようなのかもしれない。
暗い思考にふけっているようでは、駄目なのはわかっているけれど。
「君たちが再び目覚めるのは――きっと封印の破れるときだろう」
上に伸ばした手を彼は力無く下ろした。
「それはわかっている。君たちの眠りを妨げないよう、そう私がしたのだから。故に私では君たちを目覚めさせられない」
彼はため息を一つもらした。
(過去の自分に蹴りを食らわしてやりたい気分だ)
内心ごちて、きびすを返し、振り返らずに扉に向けてまっすぐ進む。
扉をくぐり抜けて外に出て、まぶしい日差しに彼は目を細めた。
竜の寝所は思いの外薄暗い。明暗差に目を細めたまま彼は足早にそこを離れる。
「陛下ーっ」
自分を必死に呼ぶ声に彼は答えた。
「私はここだよ」
ぼやいたところで仕方ない。
自分にのしかかった責任は、うんざりするほど重いのだ。頭を振り払って、雑多な思考を追い出すと彼は部下の声が聞こえた方向に歩きはじめた。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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