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三章 1.寝坊と説教
エルラは、今日も絶好調だった。
「よろしいですか? 姫様」
きりりとした顔をして、彼女は目の前の人物をじっと見つめた。
ふわふわの髪とほわほわした顔をしたエルムスランド姫君。
ちょこんと椅子に座って、上目づかいでエルラを見つめて、その姿は大変愛らしい。
きっと、フィニーならばたやすくその姿に誤魔化されるだろう。
「よろしいですか?」
念を押すようにもう一度繰り返す。
姫――レスティーに視線を合わせる。そんなことは当人はちっとも気にしないと理解してはいても、見下ろさないように腰に手を当てて、視線をレスティーと同じ高さにする。
実際のところ、見下ろすようにするのとどっちが不敬かと問われれば今のエルラの態度の方がよほど不敬にはみえるのだけど。
「ええっと」
でもやっぱりレスティーはそんな細かいことは気にもせずに、エルラがちょっと恐かったので椅子ごとずるずるっと後ろに下がった。
エルラの眉毛の角度がちょっと急になる。
なので、レスティーはもうちょっとずるずると後ろに下がる。
「あのあの、エルラ」
視線が同じ高さでも、エルラのご機嫌を伺うかのように器用に上目づかいになって、レスティーは口を開いた。
「そんな恐い顔しなくっても。なんで怒るんですかぁ」
「姫様――」
エルラはため息とともに口を開く。
「行儀作法がなっていません」
「え、え……だって」
だって、エルラが恐い顔で近付いてくるんだもの。
そう言おうとして、とどめる。
そう思ったのは事実だけど、そんな失礼なこと当人には言えない。とても言えない。
「だってじゃありません」
言い淀んだレスティーにエルラはぴしゃりと言った。
「よろしいですか? 仮にも一国の王族たるもの、そのようにお行儀の悪いことでどうします?」
「えとえと」
必死に言い訳を考えてぶつぶつ言うレスティーの言葉なんかエルラはまったく聞く耳がなかった。と、いうよりはそこまで気をまわす余裕がないといった方が正解かもしれない。
例によって例の如く、説教の生産に心血をそそいでいるのだから無理はない。
「私はなにも無茶は申し上げていませんよ?」
ぐっと拳を握り締め熱く語る。
「うぅ」
困ったような顔でレスティーはうめいた。
こうなったら滅多なことではエルラは止まらない。
扉をちらりと見る。この場から逃れる口実に足るものがない。
お勉強の時間までまだある。勉強は勉強で、エルラの説教とどっちがましだと聞かれたら返答に困ってしまうものだからかまわないけれど。
フィニーなら多少エルラに意見をしてくれそうだけど、結局「やっぱり気付きませんわね」とか言ってすぐに意見を引込めるだろうな、と思った。
エルラは説教中、ちょっとやそっとのことじゃ他の人の発言に気付いたりしないのだ。
大体、フィニーは打合せとやらで席を外している。
今日は寝坊したから――きっとエルラに説教されると思って、その打合せが見たいと言ってみたのだが残念ながら無理だった。
姫様に甘いフィニーだけども、今日はとてもとても申し訳なさそうにその願いを断わったのだ。
「姫様がいらっしゃったら、皆驚いてしまいますわ」
それがその理由だった。
「むぅ」
うなって、レスティーはじーっとフィニーを見つめた。
見つめられたフィニーも「う」とかなんとか呟いて、慌てたように視線を逸らす。
「そういうわけですから、出ますわねっ」
まるで逃げるかのように立ち去るフィニーを追うわけにもいかなくてこの場に残ったのだけれど。
レスティーはちらりとエルラを見てため息を一つ。当然のように彼女の説教は終わっていない。
拳を握って熱弁を振るっている――それをまともに聞く気はレスティーにはなかった。
(だって、いつも似たようなことばっかりいうんだもの)
この国の威信とかどうとか、そんなことを言われても困ってしまう。
「あ、そうだ」
ふと思いついて、レスティーはつい呟いた。瞬間「しまった」と思ったけれどエルラがそれに気付いた様子はまったくなかった。
それに気付いて、レスティーはにーっこりと笑う。
いつものように熱弁に拳をふるっている間は、やっぱり何を言っても彼女は気付きはしないだろう。
――そして、何をやったとしても。
新しいいたずらを思いついた子どものような笑顔でレスティーはそろりと立ち上がった。
「そもそも夜更かしなどなさるから――」
エルラの説教はまだまだ続いている。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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