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三章 4.逃走と侵入

 一方そのころ、レスティー・エルムスランドは城内を当てもなく歩いていた。
 勢いで出てきたのはいいけれども、目的地は取り立ててない。
 とてとてと見知った場所を歩いて、ふと天啓のようにひらめいたのが、いつも行くようなところだったらエルラに探し出されるのではないかという事だった。
 そんなことになったら、割り増しの説教を食らうだろう。
「うーん」
 レスティーは首をひねった。どこならば見つからないだろうか。
 結局のところ――どう頑張ろうと夜中には自室に戻る以上説教からは逃れられないのだけど、そのことにまでは思い至らない。
 首をひねってる間にも足は適当に動いている。
 廊下を進んで、階段を下りて、また廊下を歩いて。
 何度目かの扉を開けるとそこはもう外だ。
 ふわふわした足取りで外に出る。いい天気だった。暖かい日差しにいい気分になってまるで踊るように進む。
 ふわふわ、ふわふわ、ふわ。
 髪が風になびいて揺れる。
 足の向くまま気の向くまま、ふわふわと歩き続けて、ふと気付くとレスティーは神殿の前までやってきていた。
 ぴたっと立ち止まって、彼女は神殿を見上げた。王宮の敷地内にある神殿だけれど、ここは一般に開放されている。
 だから神殿の扉はそれを象徴するかのように大きく開かれていた。
 人の姿も見える――近寄りかけて、レスティーはまたひらめいた。
 今日は、ひらめきやすい日なのかも知れない。
 そんな風に思いながら、神殿の扉を避けるように建物の横を通過する。
「だって、いきなり行ったらびっくりされるもの」
 そう一人ごちる。
 びっくりしたら、エルラに連絡が行ってしまうかもしれない。それは駄目だ。
 神殿を大きく回って後ろに出ると、そこには竜の寝殿が姿を見せる。
 神殿よりも大きいその姿は、人々が竜達に寄せる信頼の大きさを物語っているかのようだ。
 ――神は偉大と知っているけれど、魔物の封印の代償にその力を世界に及ぼすことができないから。だから竜達により大きい信頼を寄せるのかも知れない。
 とてとてとレスティーは寝殿に近寄った。見上げるほどに扉は大きい。
 ここには人があまり近寄らないと彼女は知っていた。
 レスティーは扉のごつい取っ手に手を伸ばして、えいっと引く
 扉は大きいだけあって重かったので、力を思い切り込めなければ開かない。体重さえも使って力の限り引くと、ぎしぎしと音を立てながらようやく扉がわずかに開く。
「ふぅ」
 レスティーは満足げな吐息を吐いて、隙間から中をのぞき込んだ。
 レスティーもこの中には数えることしか入ったことがない。
 王家の者でさえ容易に入ることのできない聖域なのだから、それは当たり前のことだ――が、レスティーはきょろきょろと中を見回して、ついでに外も見回して誰もいないことを確認してから中に入り込んだ。
 もう一度体重をかけてぐいぐいと扉を引いて、わずかな隙間を残して取っ手から手を離す。
 さすがに全部閉めてしまうと明かりがない。
 寝殿の中は薄暗かった。扉から差し込む明かりと、高いところに何個かある小さな窓が光源のすべてだ。
 正面を見上げると竜の巨体がででんと構えていて、その竜が窓からの明かりをほとんど遮っているからレスティーが頼りにできるのは扉からの明かりくらいだった。
 本当はもうちょっと扉を開いておきたいけれど、そうしたら中に入ったのがばれてしまう。
(ここには滅多に人が入らないんですもの)
 そんな風に思いながら、竜の方に足を踏み出す。
 床は石でできているのに鈍い足音がするので見下ろしてみると、埃がたまっているのが見えた。
 目を凝らすと、足跡なんか全くないことがわかる。
 実際誰も入ってないのだろう。レスティーが前入ったときはかつかつといい足音がしたから、その時だけ綺麗に掃除しているのかも知れない。
 扉からまっすぐに埃に風紋のような模様があるけれど、それ以外には何もない埃にレスティーの足跡だけが付いていく。
 もふもふもふ。
 何歩か歩いたら、もう竜の姿は目の前だ。
 寝殿は広いけれど、その大半は竜が占領している。
 魔物を封印した後、竜はこの場所に降り立ち自らの体を石と化して眠りについた。
 寝殿の床の大半には石が敷き詰められているけれど、竜達の足下だけは、そのままの大地を晒している。
 雑草くらい生えていそうだけど、生えていないのは日光があまり届かないのか、何か手段を講じているのか――どちらにしろレスティーはそんなことに全く頓着しなかった。
 見上げると、ずーんと石像が居座っていて、暗くて怖かった。
 そういえば、前は煌々と明かりが灯っていたのだ。
 太陽の光が遠くて、ひんやりした室内にぞくりと鳥肌が立つ。レスティーは体を震わせて、なんとなく自分で自分の体を抱きしめた。
「ふにゅう」
 呟いて、一歩二歩と後ずさる。
 ――ここは隠れるには孤独で怖すぎた。
 暗さに目が慣れても、どうしても竜達の落とす影が彼らの姿をよく見えなくさせている。
「本当は金色なのに……」
 元は金色と言うけれど、石と化した竜はくすんだ灰色をしていて。
 瞳を閉じて、竜達の本来の姿を夢想する。
「きっとフィニーの髪の色みたいにきらきら……」
 ぶつぶつ言って、目を開けるとちょっとは怖くはなくなった。
「見てみたいなぁ」
 想像した姿を頭の片隅で思って、ぽつりと呟くとレスティーはきびすを返した。
 怖さは減ったけれど、やっぱりまだ怖い。
 行きの自分の足跡を辿るように扉まで戻ると、レスティーはちらりと竜達を振り返った。
 遠くから見ると、さらに怖くない。
 足下からだんだんと視線を上げて頭のあたりに来たときだった。
「ほえ?」
 レスティーは呟いて、目をぱちくりとさせた。
 気のせいだろうか、竜の……
「ひーめーさーまー」
 ――竜の目が光っているように見える。
「エルラ?!」
 でもそんなことなんかその声を聞けば頭から吹き飛んだ。
 レスティーが開けることなく扉が開きはじめて、そこにエルラの姿が見えたのだから。

2004.06.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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