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三章 5.発見と……

 竜の寝殿の扉が開いてるのを見つけたのは、運が良かったのだろう。
 姫様が見つかるように、と神殿で神に祈りを捧げて、外の光に目を細めながらさてどこを探そうかと辺りを見回して、そして。
 神殿の裏手、竜の眠る寝殿に自然と足が向いた。
 最初から特に当てなどなかったし、姫様がどこに行くかなんて予想もつかなかった。庭をくまなく探そうと思ったから、遅かれ早かれ見つけたかも知れないけれど。
 それを見た瞬間、エルラの顔からさっと血の気が引いた。
 言うまでもなく一般常識として、竜の寝殿は容易に立ち入ることのできない場所である。
 「竜達の眠りを妨げないように」、人々はそこを不可侵の場所とした。
 そこに立ち入ることができるのは限られた人のみで――、その人達でさえ頻繁に入ることができない。
 その扉が、あっさりと開いている。
(鍵はどうしたんだ?)
 もっともな疑問が頭に浮かぶが、問題はそんな事ではない。
 たとえ、鍵が開いていたとしても入り込むような人間はそうそういないだろう。
 もし、もし仮にそれがいたとしても――その不法侵入者が扉を開け放したままだと言うことはあり得ない。
 エルラは慌てて扉に駆け寄った。
 手前で止まり、胸に手を当てて深呼吸をしながらゆっくりと近寄る。
 手で扉をゆっくりと引き開けると、そこには予想していた通りの姿があった。
 レスティー・エルムスランド。エルラの探していた人物そのものであり、寝殿に知らずに入り込んだとしてもおかしくない人物でもあった。
「ひーめーさーまー」
 エルラはほとんど勢いで扉を開けた。同時に出した声には怒りが混じっている。
 それも仕方なかろう。
 自らに言いながらエルラはどういっていいものか考えを巡らせる。
「エルラっ?!」
 ああ、一体どうすれば姫様に分かってもらえるんだろう。
 慌てて振り返って叫ぶレスティーをエルラはじっと見た。
 気持ちを落ち着かせるために深呼吸をしてエルラが再び口を開こうとしたときだった。
 突然強烈な光がエルラの目をまともに襲ったのは。
「きゃあ!」
 一瞬目を伏せて、手をかざしながらエルラは光の発生源を探そうとした。
 寝殿は大きいが、その実あると言えば竜の石像しかない。
 そちらの方を見上げて、竜の化した石像の一つの瞳に行き着いた。
 竜達の瞳は片方ずつ眼窩が落ちくぼんでいる。そういえば彼らはその瞳の片方ずつを宝石に変え、英雄王に与えたと……。
 初めて見るその姿にそんなことを悠長に思い出していると、その光がもう一度強くなった。
 再び目を伏せて、目を見開いてエルラは愕然とした。
 目を開いたら同じように竜の顔が見えるべきだった。多少光っていても、その事実にかわりがあるわけがない。
 だがしかし。
 今彼女の目の前にあるのは竜の姿などではなかった。
「あれえ?」
 同じものを目にしたレスティーの間の抜けた声も今のエルラの耳には全く聞こえなかった。
 まず目に入ったのは、緑。
 さらりと風が通り抜けて、エルラのさらさらの髪を揺らす。
 太陽の日差しが木々の間から柔らかく地面に影を作っている。
 竜の石像はない。
 ましてや、寝殿さえない。
 見回しても、建物一つない。
「こ、ここはどこだ?」
「おかしいですねぇ」
 動揺しながら呟くが、呟いたところで意味が分からないし、首を傾げながら呟く姫様が何となく答えてくれるけども有効なことは何も言ってくれないだろう。
 何が怪しいかと問われれば竜の瞳が光ったところだ。
 全く分からないけれどきっと魔法だろう――フィニーがいたならば魔力の気配で本当にそうかどうか分かったのだろうけど、ないものねだりをしても仕方ない。
「まずはここが何処か、知ることが重要だな」
 そうしないことには、次の行動に移れないのだから。
 エルラはどうやってそれを知ろうかと、周囲を見回した。
 その時だった。
 がさり、と茂みの揺れる音が聞こえて、エルラは音のした方を見た。
 がさ、がさがさ。
 音は次第に大きくなって、ほどなくそれは姿を現した。
「きゃあああああ!」
 エルラと同じように後ろを振り返っていたレスティーが悲鳴を上げる。
 エルラは息をのんで反射的に腰に手をやった。
 それは魔物だった。
 腰の剣を引き抜いて、構える。背筋がぞわぞわする――魔物に出会うことなど初めてだ。
 ましてや、戦いを挑むなど。
 魔物は茂みをかき分けて二人の前に現れると値踏みするように二人を見た。
 知能はあるらしい。
 よく見てみると、手負いのようだった。
 それが何かの救いになるとは思えないが。エルラは剣を握る手に力を込める。
 すぐさま襲ってこないのは、何故だろう。
 背中にかばうようにレスティーをやって、頭の片隅で不思議に思う。実際にはそこまではっきりと意識したわけではないけれど。
 ごくりと息を飲む。レスティーがやけに静かなのは心底恐怖しているからだろう。
(姫様をお守りしなくては)
 思いは決まっているのに、微妙に剣先が震える。
 ごくりとつばを飲み込んで、じっと魔物を見据えて。それがまるでスローモーションのように思う。
 実際は数秒のことだろうが。
 魔物は値踏みを終えると、一声うなって前足で大地を蹴った。
 体長はそう大きくはないが、それでもエルラよりはずっと大きい。下手に力を込めて剣が折れないか――そもそも魔物に攻撃が当たるのか、それは分からないけれどここで何かしなければ姫様が危険にさらされる。
 それだけはあってはならない。
 魔物はそのまま突っ込んできた。エルラの剣を簡単に振り払って前足を振り上げる。
 剣がたやすく飛んでいくのを、間抜けにもエルラは目で追ってしまった。
 コマ送りのように、すべてがゆっくり感じられる。後ろで聞こえるレスティーの悲鳴も、いつもより間延びしているように聞こえた。
 慌てて視線を魔物に戻そうとしても、もどかしいくらい動作が遅くて。魔物の気配に――荒い息づかいに背筋が震え上がる。
 駄目だ。
 状況に希望が見いだせなくて、身を縮ませる。
 襲いかかってくる爪を覚悟したその時は、やってこなかった。
 ようやく魔物がいた方に視線を戻すと、まず最初に金髪が目に入った。
 次いで、その人の目の前の光の壁。
 魔物はその壁に阻まれて前足をむなしく空振りさせている。
 そう思ったときにはその頭を魔力の光が襲った。さらに、体勢を崩したところに銀光が走る。
 ざくり、鈍い音がしたかと思いきや魔物の体がどぅっと倒れた。
 ほんの数秒のことだったのだろう、状況はそんな短い間に激変した。
「大丈夫です?」
 最初に目に入った金髪――長い髪の女性が、髪を掻き上げつつ振り返る。
「こんなところに人がいるなんて……無事で何よりですわ」
「はぁ」
 彼女にしては間の抜けた声を出して、エルラは緩慢に頷く。
「こんなところにいるなんて危険ですよ」
 次いで聞こえた声は女性のものではなかった。
 魔力の光が現れた方向から――つまり彼がそれを出したのだろうが――女性によく似た男性が姿を見せている。
「我々が退治し損ねたからでもありますけど」
 男性が嘆息混じりに言って、視線をよそに向ける。
 いつの間にかもう一人現れた人物が小走りに魔物に駆け寄っている。
 エルラはその顔を見て、あんぐり口を開けた。
 その青年は魔物を屠ったらしい銀光の主――剣をえいやっとばかりに引っこ抜いて、腰の鞘に納めている。
「うん、まあ」
 多少非難じみた視線に、青年は曖昧に笑った。
「結果オーライだよ」
「日和見ですわねぇ、貴方らしいですけど」
 女性が呆れたように言って、エルラとレスティーを振り返る。
「ごめんなさいね、怖い思いをさせてしまって」
 震えるレスティーの肩に優しく手を置いて、女性は優しく微笑んだ。
 それに勇気づけられたか、レスティーは顔を上げた。
「えと――」
 顔を伏せていて状況がよく理解できていなかったので、レスティーは周囲を見回してエルラと同じく驚いた顔になる。
 大きく目を見開いて、レスティーはぐっと身を乗り出した。
「おとうさまっ?」
 言われた青年が驚きで目を見張る。
 その容貌はそっくりなのだった。レスティーの父――サナヴァ・エルムスランドに。

2004.06.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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