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四章 13.過去者

 食事の支度を整えて、全員席に着く。
 上座が国王夫妻で、次いで王女。エルラと続いてフィニーが下座。
「では」
 みんなを見回してサナヴァが口火を切る。
「神の恵みに感謝して――」
 短い祈りの言葉に手を合わせて、食事は始まる。
 しかしエルラは未だに慣れないこの食事会スタイルと、さらに慣れそうにない妙齢美女なフィニーの姿――ついでに王妃の手料理がおそれ多くて、食べる前から食欲がまったく沸きそうになかった。
 ため息が出そうになるのをこらえて、視線を順に移す。
 王は悠然と、王妃はゆったりと、姫様はのんびりとサンドウィッチを手に取る。
 それをにこやかに見つめるフィニーの視線は主に姫様に注がれているようだった。
 どの方向に視線を向けやすいか問われれば、エルラだって一番見慣れた姫様を見るのがよかった。
「フィニー」
 レスティーがサンドウィッチを食べる様をしばし見つめたあとに、意を決して見慣れない姿の同僚に呼びかける。
 食事は喉を通りそうもないのだし、それよりもなによりも、いろいろ聞かねばならないことがある。
「はい」
 そのことは十分に理解している様子でフィニーはうなずいた。
 だけどすぐに返答を寄こす気はないらしい――ゆったりと微笑みをくれるだけで、他に何も言おうとはしない。
 それに苛立ちを覚えないと言えば嘘になる。場の空気もあるのだし、それをぶつけることも出来ずにエルラは気を紛らわせるためにゆっくり息を吸う。
 同じようにゆっくりを息を吐いている途中で王妃の視線を感じて、慌ててサンドウィッチを手に取った。
 「食べないんですか?」娘によく似た瞳にはそう書いてあるように思えて、だから勢いで口に運ぶ。
 緊張のためか味は分からなくて、機械的に飲み下す。
「どうですか?」
 どうですかと聞かれても。
「きれいなサンドウィッチですね」
 味は全く感じ取れなかったわけで、だからといって適当にコメント出来るほど器用でもない。
 とりあえず見た目でコメントすると、王妃は満足したらしい。表情を明るくして、エルラから視線が放される。
 ほっとしてエルラは水を飲んだ。
 そして居住まいを正して、フィニーに再び顔を向ける。
「えぇ」
 フィニーのうなずき。
 えぇじゃないだろう、と普段ならば突っ込んでいただろうがエルラはそれに耐えた。
 陛下の御前でそんなことは出来ない。
 ぐっとこらえて、だから気付いた。
 フィニーがまだ食事に手をつけていないことに。普段ならとっくに食事をはじめているだろう――そのことに気付いたから、彼女がどう話そうかとでも悩んでいると思い至る。
 なるほどそれもそうだろう。エルラですら何をどう聞けばいいのだか迷うのだから。
 フィニーが竜の化身であること。
 その竜の化身が姫様の侍女の真似をしていたこと。
 その姫様の父親である国王が英雄王の生まれ変わりであること。
 その王の妻である王妃が迷いなくフィニーの本名を呼んだこと……。
 頭がこんがらがりそうだし、それを説明してもらいたいのは山々だが説明する方は大変なのかも知れない。
 なので焦るのはやめようと、再びサンドウィッチに手を伸ばす。
 気持ちを落ち着けて見てみると、やはり本当にきれいな出来映えだった。お手製とは言うけれど、王妃が料理をたしなむとは初耳だった。
 エルラはまじまじとそれを見てから、再び口にする。
 今度は味まで分かった。おいしい――とはいえ、サンドウィッチは簡単な料理だと聞くし、王妃が料理上手と判断するのは早いかも知れない。
 野菜を煮立てたスープの味付けは、素朴だけど悪くはない。
 そう言えば王妃は市井の出なのだった、と普段は意識しないことをエルラは思い出す。
「まずは」
 そんなことを思っている間にフィニーの方はどう言うべきか意を決したらしい。
 その声に顔を上げたのはエルラだけではなかった。
 王の瞳は面白そうにきらめき、王妃はゆっくりを首を傾げた。
 スープに夢中だったレスティーでさえ、期待に満ちた瞳をフィニーへと向ける。
「――まずは」
 同じ言葉を繰り返す。意を決したものの言いにくい、そんな様子が見て取れる。
 瞳を一瞬閉じて深呼吸。
「ナーインアクダのことを話しましょう」
 王が目をぱちくりとさせた。
「えぇ?」
「ご不満がございましたら、説明をして下さってもよろしいですけど?」
 容赦なく告げられる言葉に、王は苦笑して首を振る。
「いや、何もそこから話さなくてもいいと思っただけだよ」
「私が説明するよりも良いと思うのですけど」
 フィニーはため息と共に呟く。
「……仕方ないですわね」
 彼女はレスティーとエルラを順に見た。
「さて姫様」
 言った後にレスティーの何か言いたげな表情に気付いてフィニーはこほんと咳払い。
「ええと――レスティー様、ナーインアクダ・エルムスランドについてご存じのことを教えていただけませんか?」
「ほぇ」
 問われてレスティーは間の抜けた声を上げた。目をぱちくりさせて、その理由を問うようにフィニーを見つめる。
「さあ、博士にどうお聞きになっています?」
 フィニーは姫様の疑問に気付かない振りをして重ねて問いかけた。どうやら、お勉強も兼ねようという心づもりらしい。
「ええと」
 エルラはそれも良い考えだと納得しているし、王も王妃もにっこりと娘の動向を窺っている。
 レスティーは眉を寄せて、小首を傾げた。
「ナーインアクダ・エルムスランドは、この国の始祖で……英雄王と呼ばれています。その理由は、昔魔物が世界に現れたその時に魔物を退治し人を守り、その後魔物の封印に力を尽くしたから」
「はい」
「そしてその封印で力を使い果たした竜さんを守るために故郷であるこの地に戻り、そこに人が集まってきて国が出来た……で、いいですか?」
「合格点ですわ」
 フィニーは満足そうににっこりした。
「まあ、不正解とは言えないねぇ」
 苦笑しながら王が言う。
「ま、間違ってますか?」
 父の言葉に不安そうに問いかけるレスティーに、フィニーは重ねて「合格点ですから大丈夫ですわ」と伝えた。
「博士にテストされたら、それで充分合格できますわよ。ですが、歴史は必ず真実を伝えるとは限りません」
「それは、ええと……嘘だって事ですか?」
「違いますわ」
「――何か隠された事情がある、ということだろうか」
 エルラが思わず口を挟むと、フィニーはゆっくりとうなずいた。
「ナーインアクダ・エルムスランドはどういった人間と伝えられています?」
 彼女の視線が姫様でなく自分を向いていたので、エルラ記憶を辿った。
「剣と魔法に秀で、神の加護を得た勇者、と……」
 深く思い起こすまでもなく、それはエルムスランドに生まれた者なら誰でも知っている事実で。そのことは他国においても変わらず知られたことだろう。
 その生まれ変わりであるという国王はどこか苦い顔でため息を漏らしていて、エルラは間違ったかと不安になった。
 だが、竜の化身であるところのフィニーはその返答に満足そうにうなずいた。
「神の加護を得た人間、というのはつまり神のお気に入りなのですわ。神に気に入られた人間の中にはある特徴が出ることがありますの」
「特徴、ですか?」
 呟いて、レスティーは父の方を見た。
 王は曖昧な笑みを浮かべて、娘を見つめ返す。
 レスティーには父が他の人と変わったところがあるなんて思えなかったし、それはこっそりと王の様子を窺ったエルラにとっても同様だった。
 真意を問うべくフィニーに視線を戻すと、彼女はどこか楽しそうに微笑んでいる。
「お気づきになりませんか?」
 レスティーはふるふる首を振って、エルラに期待の籠もった眼差しを向ける。
「気付かないかと言われても……」
 エルラは姫様と同僚と王とを順に見つめて、うぬぬとうなる。
「……特徴かどうかは分からないが……何故陛下は前世の記憶をお持ちなのだろう……」
 フィニーの笑みがその言葉を聞いて深まったので、エルラは逆に驚いた。
「え、今のなのか?」
 フィニーはゆっくりとうなずいて。
「前世の記憶を持っている人間のことを、過去者と呼びます。自らの深い過去を知る人間という意味で――過去者と呼ばれる人間はほとんど間違いなく神のお気に入りであるらしいですわね。その因果関係は不明ですけれど?」
 実際人事だからなのか、軽くそう言うとフィニーはその「過去者」の実物である王に問いかけるようにした。
「忘れたくなかったからしつこく覚えている、というだけかもね?」
 答える王の言葉もまるで人事のようだった。
「だからまあ、こういうことになってるんだけど」

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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