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四章 15.魔物の封印の秘密

 王と侍女は顔を見合わせて、お互いに向ける視線に力を込めた。
「あらあら、喧嘩はいけませんよ?」
 それは探り合うような視線。
 王妃はそんな二人にのんきな言葉をかける。
 それでも二人は「どちらが次を言うか」押しつけあうように見つめ合ったまま。
「ばーっと、言っちゃえばいいじゃないですか」
 王妃のあっけらかんとした口振りは、親子なだけあって娘によく似ている。見つめ合っていた二人は同時に彼女を見て、「はあ」とため息。
 もう一度見つめ合い、根負けしたのはフィニーの方。
「そうですわね」
 うなずいて、気持ちを落ち着けるためにティーカップに手を伸ばした。
「魔物が存在するのには、様々な理由がありますの。その中で――」
 フィニーはレスティーとエルラに等しく視線を注ぎ、ゆっくりと呟きはじめる。
「その中でも、もっとも直接的にその誕生に関与したのは、人間なんです」
 フィニーは理解を待つかのようにそれだけで言葉を区切った。
 レスティーはぱちぱち目を瞬かせて、エルラは不機嫌に眉を寄せた。
「……そんな愚かな人間がいるものか?」
 しばらく考えたあとにはじめに口を開いたのはエルラで、その言葉はフィニーの予想の範囲内だった。
「魔物を生み出した人間のことを愚かと呼ぶのならば、この世界のすべての人間はその愚か者の子孫であり、自らもその愚か者ですわね――魔物の生誕を願う人間なんていない、そう私は思いますけれど、それであってもなお人間は魔物を生み出した元凶なのですわ」
「……………どういう意味だ?」
 ようやく与えられたまともな説明の意図がエルラにはどうしても読めなかった。
「魔物の生誕を願ったわけでもないのに、人間が魔物を生み出した?」
「ええ。魔物は望まれて誕生するものではありませんから」
 フィニーがうなずいて解説を加える。だからといって理解の量は増えもせず、むしろ増すばかりで。
 眉間にしわを寄せてエルラはフィニーを八つ当たり気味に睨む。
「もっとも、神が万能であればそのようなことはなかったのでしょう。それを言うならば魔物は神に生み出されたと言っても過言ではありませんが、やはり神もそれを望んだ訳ではありません」
「フィニー、悪いがもう少しわかりやすく説明してもらえないか?」
 ますます増えるクエスチョンにエルラは素直に提案した。
 フィニーがあっさりと仕える神を侮辱するようなことを言ったことにも驚きを覚えるけど、それよりもその内容にますます混乱しそうになる。
「だから言ったろう? 神は有能ではあっても万能ではないんだよ。だから世界に魔物が生まれるだけの余地を残してしまった。それは呪いのようなものだ。望まなくとも、神が創造するすべての世界に魔と呼ばれるものが生まれてしまうわけだから。だけれど、魔物は最初から世界に生まれるわけではない。それは神の望むことではないんだから」
 王が見かねたのか口を挟んだ。自分の説明がわかりにくかったのかと苦笑したフィニーはちょっと肩をすくめる。
「では望まない魔が生まれてしまう要因は何か、そう問われれば答は簡単ですわ――人間です」
「そもそも魔が生まれる要因が世界にあるのは事実だけどね。それを最終的に後押ししたのは僕ら人間だよ」
「えーと、でもそしたら、人間が産んだ魔物が人間を滅ぼそうとしたってこと……?」
 ぶつぶつ呟いたレスティーがうーんと首を傾げる。
 フィニーはその言葉にゆっくりと首を横に振った。
「良いお考えですけど」
 こんなときでもフィニーは姫様を誉めるのは忘れない。
「産んだ、というのは例えですから。人間のしたことは――そうですわね、魔物の誕生を後押しして彼らに力を与えたと言えば良いでしょうか」
「彼らの力の源は人の負の感情。それにより生まれ、それに力を受け、その感情を発露するために生きる。それが魔ってものなんだよ」
「んんんんん」
 レスティーは眉間にしわを寄せてうなった。
「負の感情?」
「君にはあまり縁のない感情のことだよ」
 娘を見る父の瞳は優しく穏やかだった。レスティーはきょとんと瞬きをして、首を傾げる。
「エルムスランドの人にも、幸いにしてそれは少ないと思う。ただ誰しも持ちうる感情なんだよ――魔に力を与えるのは。彼らはそれに力を得て生まれ、そして魔を生み出したにも関わらずそれを恐れ憎む人間を憎悪する」
「悲しみ怒り憎しみ、それらの感情を抑えるなんて誰にも不可能ですから。だから、ただ争うだけでは向こうに力を与えるだけ。たとえひととき滅ぼせたとしても、また再び現れるのは時間の問題ですわ」
 フィニーの言葉を最後に沈黙が部屋に満ちた。
 その沈黙がどうしようもなく重くなる前に、再びにこやかに口を開いたのは王妃だった。
「なので、魔と呼ばれるものとは語り合いの場を持たなくてはならないんです」
「語り合えるんですか?」
 完全には理解できないまま思わずエルラが呟くと王妃はにっこりうなずいた。
「語り合っちゃう人がいますから、語り合えると思います」
「語り合おうなんて思う人はそうはいないと思うし、分かり合えるかは未知数だけど、ね」
「大丈夫ですよ」
 悲観的に漏らす夫ににこやかに王妃は言ってのける。
「心を込めて語り合えば、きっと」
「だといいんだけどねぇ」
 王の様子は悲観的ではないけれど楽観的でもないようで、王と王妃とフィニーとを見比べたあとにエルラは静観していたフィニーへ視線を固定した。
「フィニー、事情はなんだ、その、何となくわかったような気がするんだが」
「はい」
「それで、その語り合いとやらが失敗したらどうなるんだ?」
 封印も難しい、滅ぼしても無駄ならばどうしろと言うんだろう。
「そのときは、難しくても再びの封印を」
「そして、再び封印は破られるのか?」
「それが摂理だそうですわ」
「つまり、それが永遠に繰り返されるのか」
 うんざりしそうな話だった。エルラは眉間にしわを寄せる。
「それはないですよ。そこまで頑強に語り合いを拒むならば、実力行使に出ますから」
 そのエルラにけろりと言ったのは王妃で、言われてエルラは顔を歪めた。
「魔物さんと戦っちゃうんですか?」
「そうならないのが理想だけど」
 黙って話を聞いていたレスティーが敏感に悟って尋ねると、王妃はそれに淡く微笑む。
「滅ぼしたところで結局は無駄だと言ったのに、それは矛盾じゃないんですか?」
「――本当を言うのなら、語り合いや封印という手段でなく最初から掃討する気でかかった方が、人間にとってはいいことですよ。魔物は生まれたら、さらに人の感情を受けて力を付ける。その前に倒してしまえば、倒すこともそうは難しくはない」
「……やっぱり、矛盾している」
 その言葉には素直にうなずいて、王妃はエルラのまっすぐな視線から目をそらした。
「同じ世界を礎に、共に暮らし行こう……それは理想論です。でも、魔が生まれる余地が世界に存在する以上、彼らも存在していてはいけないものではないはず。彼らは人間の感情を力にして生まれ、その人間は神に力を受け生まれたわけだから、つまり神にとって魔は孫のような存在――ですから、ただ単純にすぐさま滅ぼしていいというものではない、と思います。たとえ彼らが人に敵対しようとしていても」
「だから神は魔と語り合う機会を持つべきだと考えたのですわ。機会は三度。三度目が物別れに終わったら、あとはどちらかが滅するまで戦うのみ」
 難しい顔になって内容の理解に努めるのがエルラで、レスティーの方はほとんど吟味することなくちょっと顔をしかめてすぐに口を開いた。
「戦うのは嫌ですねぇ」
 王妃はその言葉にこぼれんばかりの笑顔になる。
「ええ、私も嫌です。だからどんな手を使っても彼らを説得しなければと思ったんです」
 王妃はそう言ってちらりとフィニーを振り返る。視線に気付いたフィニーは何とも言えない顔になった。それはかろうじて真顔だったけれど、今にもひきつりそう。
「レディア」
「私なんですのぉー?」
 呼びかけられて、彼女が出した声はとても嫌そうで、まるでだだをこねる子供のようにいやいやをする。
 それにしっかり肯定するようにうなずいて、王妃は変わらぬ笑顔で彼女を見つめた。
 娘に受け継がれた深い闇色の瞳。この瞳に自分は弱いのだ――そうフィニーは自覚している。
「説明は苦手なんだもの」
 王妃はフィニーへ近づき手をそっと上げ、彼女の肩に置いた。フィニーの方が王妃よりも頭半分くらい背が高い。だから王妃はかかとを持ち上げた。視線をまっすぐフィニーに合わせて、こつんと額と額をひっつける。
 王妃が瞳を閉じたので、諦めてフィニーも目を閉じた。
「なななななっっ!」
 いろんな事を深く考えていたエルラがのあまりことに声を張り上げる。でも言葉にはなりきらず、エルラが何も言えないうちに――。
 何の前触れもなく、フィニーがフィニーになった。
 レスティーとエルラのもっとも慣れ親しんだ、フィニーに。
 大人びた姿が少し幼くなり、身長が縮む。髪もやや短くなり、寸法のあっていなかった制服にぴったりと収まる。
「はい、これで大丈夫」
「ありがとうございます」
 笑顔満開の王妃に比べて、フィニーは何とも言えない苦い顔で、それでもお礼を言う。
 満足げに王妃は自分の席に舞い戻り、フィニーはレスティーとエルラの驚きの眼差しにますます苦い顔。
「フィニーだー」
「今、何が……」
 素直に感心するのはレスティーで、怪訝そうに呟くのがエルラ。フィニーは二人のよく知る姿で、皮肉に肩をすくめた。
「……ルディア様がなぜ私の本当の名を知るのか、という話でしたわね」
「え……と、そうそう、そういう話でした」
 レスティーはこくこくとうなずいた。
「あんまりいろんなことがありすぎて、忘れるところでした」

2004.12.03 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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