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四章 18.フィニーのお話1
「これは私も聞いただけの話ですが」
「はい」
ゆっくりと話し始めるフィニーにレスティーはこくこくうなずいた。
「ルディア様――つまり姫様の」
「レスティー」
「……レスティー様のお母様は、本来この世界にいるべき方ではないのです」
また言い間違えた、と頬をふくらませていたレスティーはそれを聞いてんんっと顔をしかめた。
視線でちょっと待ってと訴えて、眉を寄せる。もちろんフィニーは姫様の意図を悟って口をつぐんだ。
「ええっと、神様のこどものこどものこどもだからですか?」
「ルディア様も、一応は神と呼べる方ですから」
「えええええ」
さらっと言われた言葉にレスティーは声を張り上げて、慌てて口を押さえてからエルラの様子を確認した。
エルラが起きた様子ではないので安心して、扉の隙間からフィニーを見つめる。
「ええとええと、神様ってすごい人なんですよね……?」
「そうですわね」
「お母様はそんなにすごくない気がします」
真顔で呟くレスティーに目を見開いて、フィニーはそれから苦笑する。
「私にとってはすごい方ですけれど……」
フィニーは言葉を濁す。
納得がいっていない様子の姫様にますます苦い笑みを深め、フィニーはレスティーから視線をそらした。
それに気付いたレスティーは彼女の視線を追おうとするけれど、扉の隙間からでは分からないので諦める。
フィニーが見ているのは部屋の壁でないどこかのように思えた。
「ルディア様のお力は、そのほとんどが封じられていますの」
フィニーがどこへともなく漏らした言葉にレスティーはますます眉を寄せた。寄せすぎて変な顔になったんじゃないかと、カップを口に寄せてお茶を飲んで、緊張を解く。
「封じられている、ですか?」
こくりと、フィニーはうなずく。
「かつて魔物はこの世界に神の力が届かないようにと、その力を結集し神が世界に降臨できないようにしました」
こくこくとレスティーはうなずきを返し、それから記憶をたどるために、瞳を閉じてそれからすぐに開いた。
「魔物さんを封印するために、神様は力を使うことが出来なくなった、って勉強したような……」
ウォークフィード博士の真面目な声が頭の中でよみがえり、レスティーはぼそぼそ呟く。その声が少しずつ小さくなっていったのは、エルラが起きないか気にしたというよりは自分の記憶に自信が持てないからだった。
興味があること以外はほとんど聞き流していたから。
そんなことに今更気付いてレスティーはこっそり後悔した。
フィニーはそんな姫様に気付いているのかいないのか、扉の隙間の奥で一つうなずく。
「正確には、違うのですわ。封印の前に、世界に降りることが出来ないようにされたのです。だからこそ少ない戦力で魔物と相対せねばならなかった――それでもそのお力だけはかろうじて及ぼすことが出来たのですけど、魔物を封じるためにそれをあえて断つことになりました」
「……それって、ええっと。なんだかおかしくないですか?」
フィニーの口調は優しくて、レスティーにわかりやすいように言ってくれているのだろうなとは思うんだけど。
でも、レスティーはカップを抱えたまま不思議そうな顔をすることを止められはしなかった。
「おかしいですか?」
驚いたようなフィニーの呟きにレスティーはうなずきを返して、じっと彼女を見つめた。
「何で魔物を封じるために、神様の力を断つ必要があったんですか?」
フィニーがゆっくりと瞬きをする。その様子をレスティーはじぃっと見守った。
「それは、ですね」
言いにくいのだろうか?
フィニーは再びレスティーから視線をそらす。
「――魔物は、神を呪ったのですわ。だから神は世界に降りられないようになりました。でもそれだけで呪いは終わらなかった。初めは世界から締め出しを食らい、それでも世界に及ぼせた影響力を徐々に削り取られることは次第に明らかになりました」
フィニーの声から優しさが抜け落ちて、はき出すような声音がレスティーの耳を打つ。
「ナーインアクダや私たちが前面に出て魔物を封印するのは、最終手段だったのです。私たちは二人でようやく一人前で、ナーインアクダは力があると言っても人間ですから……」
レスティーはなんて言えばいいのかわからなくて、おろおろとフィニーを見る。
少しためらって、扉の隙間ごしにフィニーの手を握った。
フィニーがはっと顔を上げて、笑みを漏らしたのでほっとする。
「最終手段をとらざるを得なくなったのは、神々がこの世界に戻る方法を見いだすよりも早くその影響力がなくなろうとしていたから」
幾分和らいだ表情で続けながら、フィニーはレスティーの手を握りかえしてきた。
「最後の最後、この世界と神の居場所をほんのわずかに繋ぐ――そうですね、抜け穴みたいなものが、完全に塞がれてしまうその前に私たちはその最終手段をとりました。以来、神はこの世界に何も力を与えることは出来ないようになりました」
フィニーの手がほんの少しこわばって、レスティーの手を強く握り込む。
いつの間にか、普段とは全く違う表情を浮かべているフィニーはどこか傷ついているように見えて――レスティーはどう声を掛ければいいのだかとても迷った。
考えてもすぐに気の利いた言葉を都合よく思いつくわけもなく、フィニーを見つめてレスティーも負けないように手に力を込めた。
フィニーがそれに応えるように少し力を込めて、手を離す。
「おかわりはいかがですか?」
「あ、はい」
そして普段どおりに尋ねてきたので、レスティーは戸惑いながらうなずいいて、フィニーにカップを預ける。
フィニーが立ち去る気配。
途端にキンと冷えたような静寂がやってきた。
静かなときはやっぱり、よくない。
そんなことを思いながら、帰ってくるのをじっと待つ。
フィニーに聞きたいことはたくさんあるけど、彼女の様子を見るとさすがに次々に聞いてはいけない気がする。
それなのに。
時間をもてあましたら、次から次へと聞きたいことが思い浮かんでしまう。
壁に背を預けたまま、珍しく難しい顔で考え込んでいたレスティーは、かちゃりと陶器が鳴る音に顔を上げて、扉の隙間から帰ってきていたフィニーを見上げた。
「大丈夫ですか、レスティー様」
レスティーはこくんとうなずいた。それを問いかけたいのは、レスティーの方だった。
「お疲れでしょう? 今日は色々なことがありましたから」
「そういえば、そうですね」
言われてみれば、今日は本当にいろんな事があった。
フィニーが差し出すカップを受け取ってレスティーはしみじみ呟いた。
カップを傾けて、一口。甘いミルクティーを楽しんでから、再び口を開く。
「でも、そんなに疲れた気はしませんよ」
それよりも、フィニーは大丈夫ですか?
そう問いかけたいのはこらえた。レスティーはにこっと笑う。
「では、続けましょうか」
大事な姫様の内心には幸いにも気付かなかったらしい。レスティーに笑顔を返して、フィニーはそう呟いた。
2005.03.07 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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