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四章 3.侍女の秘密。

 返答は返ってこなかった。
 それは当然のことではある。沈黙を部屋に満たした張本人はしれっとした顔でくるりときびすを返すと、手早くお茶の準備をした。
 お湯を火にかけてしまってから、レスティーとエルラから衝撃が去ったかどうか振り返って確認する。
 目を驚きで大きく見開いていたレスティーが一つ瞬きをした。
「ええと、ええと」
 なんですか? と視線で問いかけると、レスティーはもじもじと口を開いた。
「でもでも、フィニーと竜さんは違う人だもの」
 それを聞いて彼女――黄金竜の化身にして、姫の侍女だと名乗ったその人はにっこりとする。
「見た目を変化させることは不可能ではありませんわ――見ましたでしょう?」
 レスティーはまばたきして、じっとその人を見た。
「竜さんが、竜になったように、ですか?」
「はい」
「じゃあ、竜さんがフィニーに変わるの?」
「そういうことになりますわね」
 レスティーはなおも疑わしそうに、彼女を見た。
「いま、すぐって言っても?」
「それが出来るのだったら、証明することは簡単なのですけど――今は無理ですわ」
「どうして?」
 レスティーの言葉は、本当に不思議そうだった。子供が知らないことを大人に聞くかのように、顔に「なんで?」をへばりつけている。
「少々魔法を使いすぎまして」
「竜さんはすごい力を持っているって、習いましたよ」
「あら。よく覚えておいでですわね――正解ですわ。でも、今の私には無理です。寝殿の石像はご覧になったでしょう?」
「竜さんの像ですか?」
「えぇ。あれが私の本体なんです。今のこれはそれから抜け出た――そうですわね、分身みたいなものかしら。ですから、あまりに力を使いすぎると面白くないことになりますわ。姿を変えるのはたくさん魔力を使ってしまいますから、今は無理です」
「そうなんですか」
「はい」
 レスティーにうなずきを返す彼女。
「ちょっとまて」
 それに否やを唱えたのは、ようやく我に返ったエルラだった。
「はい?」
「竜ともあろうものが何でそんなことをする必要があるんだ。貴方がフィニーだなんて、そんなまさか」
 ぶつぶつと呟くように言うのは混乱しているからだろう。
「そんなことを言われても、事実ですから」
「それが仮に事実だとしても、あなたが姿を変えて侍女の真似事をしている意味が分からない」
「侍女の真似事なんてしてませんわよ」
 エルラの言葉に、彼女は不満げに呟いた。どういう意味だ、と視線に力がこもるエルラを同じ視線で彼女は見つめ返す。
「侍女の真似事、ではなく侍女兼護衛ですわ。貴女までそのことを忘れているとは思いませんでしたわね」
 言葉に棘が混じっている。
 どうやらご機嫌を損ねたらしい。エルラは慌てて首を振った。
「いや、それはわかっているが。そうじゃなくなぜ姫様の侍女兼護衛なんかをしているんだ?」
 エルラには彼女の意図が分からない。
「それは姫様のことがとても好きだからですわ」
 問いかけに答える彼女の言葉はあっさりしたものだった。あまりにもあっさりしていて、エルラは逆に疑いたくなる。
「私もフィニーが大好きです」
 レスティーの言葉に彼女はにっこり笑った。
「竜は神にのみ仕えるものだろう?」
 そこにエルラが疑問を投げかけると、再びあっさりと彼女はうなずいた。
「普通はそうですわね」
 そう言って普通じゃないと認めるものだからエルラは目を剥いた。
「貴方と英雄王は対等な関係だっただろう」
「友人ですもの」
「それだけじゃなくて……」
 エルラは珍しく言葉を濁して、その先を探したようだった。
「貴方が人に膝を折るような人には見えなかったし、ましてや友人の子孫に仕えるなんて真似が出来るとは思えない」
 断言された方は面白そうに目を見開いた。
 竜は神に近しい存在だ。暴言に近い言葉を吐いた気がしてエルラは心臓をばくばくさせたが、「侍女の真似事」の時ほどご不興は買わなかったらしい。
「私も想像もしませんでしたわ」
 彼女はそう言って、レスティーに視線を移す。きょとんと首を傾げる姫ににっこり微笑みかけ、彼女は手ずから入れたお茶を飲んだ。
「何があるかわからないものですわね?」
 からかうような楽しそうな口振りだった。それは、そう――過去で見た。
 ナーインアクダに「隠し子なんていたんですの?」と聞いたときそのままの顔つき。
 エルラは天啓のようにひらめいた。
「過去で出会ったから、それで、なのか?」
 エルラの知るフィニー・トライアルは真面目だけど、竜の化身たるレディアという女性はそれだけでないなにかがあった。
 ごくりと、息を飲む。
「私たちを過去に送ったのはやはり貴方なのか?」
 それこそが自分が本来彼女に聞こうと思っていたことだ。
 彼女が自分がフィニー・トライアルであるなどと言い出さなければ、もう少し前に問いつめていただろう。
「いいえ」
 彼女はあっさりと否定する。
「だけど」
 言いかけたエルラを彼女は目線で制した。
「長い話になると言ったでしょう――少し黙っていていただける?」
 自分から話すというのならば、エルラに否やはない。こくりとうなずくと、彼女はふぅ、と息を吐いた。
「そうね、どこから言えばいいかしら。エルラ、貴女は竜ならば人を二人くらい移動させるのは簡単だろうと言いましたわね。確かに、それは難しいことではないですわ――同じこの時間を移動するのであれば。ただし時を越えるさせることは竜にはできない。神のすべてができるものでもない。この世界では伝えることさえできなくなった神の一人、時を統べる神が時間を操ることは禁忌と定めていますから」
 彼女はそういってエルラを見るとにっこりと笑った。
「貴女は竜は偉大と言ったけれど、神が定められたことには逆らえませんわ。なので、私やレクトが姫様と貴女を過去に送るなんてあり得ない」
「じゃあ、どういうことなのかしら」
 疑問を挟んだのはレスティーだった。
「原因はわかりませんわ」
「わからないって!」
 エルラが声を張り上げる。
「実際わかりませんの。まれに、そういうことがあるらしいですわ。偶然か必然か、時空の――時間の流れが揺れるのかもしれませんわね。必ず、なにがしかの方法で、元の時間に戻れるように時の神が便宜を図って下さいますけど」
「そんな説明で納得がいくものじゃないだろうっ」
「喧嘩は駄目ですよー、エルラ」
 エルラが不満げに漏らすと、語調の荒さに驚いたレスティーが悲しげな顔で言った。
「残念ながら私もこれ以上の説明はできませんわ」
 彼女の方も、目をそらすことなくまっすぐエルラを見つめる。
 エルラは渋い顔になった。
 彼女の瞳は嘘を言っているようではなかったので、納得せざるを得ないのかと思うが。納得したくないのが正直なところだ。
 訳も分からず過去に行ったと言われ、また訳の分からないうちに戻ってきただけでも納得行かないのに、さらにその過去で英雄王と竜に出会ったかと思いきや、帰ってきたらその竜の片割れがいたのだ。
 それだけでもさらに納得できない。
 その上その竜の片割れが、自分は実は姫様の侍女(兼その護衛だけれど)のフィニー・トライアルだと言う。
 はいそうですかと、簡単に納得行くわけがない。
 ましてや、ろくな説明もしてくれないのだし。

2004.06.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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