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四章 6.王と教育係

 ラインワークと別れて、急ぎ足でウォークフィードは寝殿の目前までやってきた。
 時間が迫っている。国王の許可を早く得て、勉強の中止を姫様に伝えねばなるまい。
 足早にたどり着いた寝殿の扉を見て、ウォークフィードはいぶかしげな顔になった。
 扉を薄い魔力の幕が覆っている。それはあまり強力なものじゃないから気付いたけれど、目くらましの魔法が使われているようだった。
 妙な魔力の発生からあまり時間は経っていないというのに、こんなものを短時間で創りあげるなんて。
 そのことに驚いて、それからどうやってそれをなしえたのか後で尋ねてみようと心に誓いつつ、そういう場合でもないので彼は光の幕をくぐり抜けた。
 それは彼を押し戻そうと抵抗したけれど、強い魔力が籠もっていたわけではないようだった。ウォークフィードは目くらましの魔法を消してしまわないように中に入り込むことに成功する。
「さて」
 呟く。ウォークフィードは一般的な常識をわきまえた人間だったので、寝殿に入ろうなんて思えない。
 閉ざされた扉の奥を見透かせるわけもない。
「すぐ出てきて下さると良いのだが」
 そう言ったものの、それはそう遠くない未来に現実になるとウォークフィードは信じていた。
 中に入り込むことにより「目くらましの魔法を揺らした」のだ。
 魔法を使った者がそれに気付かないわけがない。
 予想通り、扉はゆっくりと開いた。
 中から出てきた人物は半分ウォークフィードの予想通りだった。
「ウォークフィード……」
 彼の名を呼んだのは、予想の通りだった半分――第57代エルムスランド王、サナヴァ・エルムスランド。柔らかく優しげで愛嬌のある笑みが武器の国王は、今は気まずげな顔でウォークフィードを見る。
「別にさぼっていたわけではないよ?」
「わかっております」
 言い訳のように言われた言葉に、ウォークフィードはうなずいた。
「その原因である力は私も感じました」
「さすがだね」
 サナヴァは楽しそうに笑った。
「どうお考えなのです?」
 ウォークフィードは王をじっと見つめた。
 彼と王とは年齢差があまりないが、彼はかつて国王の教育係を務めていた。
 だから、ウォークフィードは国王のことをよく知っている。
 先代王がウォークフィードの才能を認め、息子の良き師であり友であれとその役につけた。もちろん彼は若かったし、勉学以外の他の分野は他の教師が就いていたのだけど。
「騒ぐ事態ではないね」
 あっさりと王は答えた。
「何故です?」
「その魔力に悪意を感じなかった、寝殿に悪意を持って侵入した形跡もなかった」
「私も悪いものとは思えませんでしたが――妙な力であったことは間違いありません」
 王の言葉に半分うなずきつつも、ウォークフィードは反論しようとする。
「まあ、異常な事態であったことは間違いないんじゃないかな」
「それでも落ち着いていらっしゃるのですか?」
「竜に何もなかったのだから、騒がなくてもいいだろう――それではラインワーク達は納得しないだろうけど」
「彼は寝殿に侵入しようとした人物を捜すと言っていましたが」
「彼に会ったからここに来たのか」
「それで、私も協力させていただければと」
 サナヴァは大きく目を見開いて、ウォークフィードを見た。
 その真剣な瞳を見て、微笑む。
「必要ないよ。君がする仕事でもないだろう」
「まさか、ご自分で何かなさる気ではないでしょうね?」
「それこそまさかだよ、ウォークフィード」
「でしたら、私にも……」
「ねえ、博士」
 言い募りかけたウォークフィードを柔らかい声が遮った。
 ウォークフィードが予想してなかった半分――王妃が口を開いたのだ。
「何でしょう?」
「それよりもあの子の勉強の時間じゃあないかしら?」
 にこにこ二人の様子を見守っていた王妃は、そのことを思いついたらしかった。
「そうか、そんな時間か。案ずることはないよウォークフィード、君はあの魔力に悪意を感じたかい?」
 王は妻の言葉に驚いたように声を上げた。そしてウォークフィードを探るように見る。
「いえ、感じませんでした」
 妙な力だとは思ったけれど、悪いものとは思えなかった。それは先ほども言ったことだ。
 だからウォークフィードはうなずく。
 でもそうだからといって自分の感覚を本当に信頼して良いのかは、調べてみなければならない。
「君もそう感じた、私もそう感じた、彼女もそう感じた――ならば悪いものじゃないと判断してもいいと思うよ」
 ウォークフィードの反論に先回りしてサナヴァは言う。
「ですけれど」
「私は君のことを信用している」
 君はどうなんだいと問い返す瞳を見て、ウォークフィードは諦めた。
 国王のことを信用していないなんて彼には言えない。
 ウォークフィードは国王のことを、よく知っている。
 その才も、よく知ったものだった。
 王は魔法を使える。それも、ウォークフィードと並ぶか、それよりもなお巧みに扱える。
 その事実を知る者は多くない。
 皆無という方が正しい。王はそのことを他人に知られないようにしているし、それは充分成果を上げていた。
 『英雄王によく似ている上、剣も魔法も扱えるなんて本当に生まれ変わりと思われたら困るじゃないか』というのがその主張だった。
「ありがとうございます」
 礼を言うだけで、サナヴァはウォークフィードの考えを悟ったようだった。
 にっこり笑う顔は明るい――その笑顔の奥で何を考えているのかはウォークフィードは伺い知ることができなかったけれど。
 サナヴァはしたたかで計算高いのだ。単純に「いいひと」では政治に向かない。
「じゃあ娘を頼むね。そうだ、ラインワークに会ったら、君からもあまり悪い力ではなかったと思うって言っておいてくれないかな」
「納得しないと思いますが、伝えておきます」
 もうすでに言ったけれど聞く耳は持ってくれなかったし無駄ではないかと思ったが、ウォークフィードは素直にうなずいた。
 王は魔法が使えないことになっているし、王妃の力は未知数だ――王が認めているならウォークフィードは信じるけれど――その二者が言うことをラインワークは除外するだろう。
 それは彼が魔法使いであることに誇りを持っているから仕方のないこと。
 ウォークフィードが再び言葉を重ねれば、考慮には入れてくれると思う――だがやはり彼にもプライドがあるから、それをすんなり受け入れるとは思わない。
 自ら考えることをせずに他人の言葉を鵜呑みにする訳には行かない。それはウォークフィードにとっても同様だった。
 三人が同様のことを感じたならば、それは確かに信頼に足ると判断する材料になるけれど、はっきりとした結論は出ていない。
 時間が空いたら最優先で「妙な魔力の発動」について調査しようと心に誓い、ウォークフィードは自らを奮い立たせた。
「失礼いたします」
 一礼して主から遠ざかる。
 勢いよく歩き始めたその足は、目下のところ最大の難関である姫様との問答を考えると徐々に鈍っていったけれど。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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