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エピローグ

「お局様、結婚するんだって」
「えー! ウッソ、マジで?」
 相変わらず給湯室の前は、若い子達でにぎやかだった。
 伏せてはいないけれどアピールしているわけでないことなのに、彼女たちは一体どこから噂を聞きつけるのかぜひ一度聞いてみたいところだ。
 私とは情報源の数が違うだけなんだろうけれども。
 三枝さんが戻ってきて三ヶ月、交際期間も三ヶ月。
 まさか自分がすると思わなかった電撃的な結婚を自分自身が信じ切れないので、噂を耳にして妙に安心してしまったからまあいいんだけど。
 三枝さん――友紀さんは、お互い年が年だからとお付き合い一ヶ月でプロポーズしてきたのだ。あまりの急展開に呆然とする私に「ずっと一緒にいたいんだ」と甘く告げて。
 一生のことなのにいいんだろうかと思って実際口にすると、友紀さんは構わないと明快にうなずいた。曰く、離れている間もお互いのことを忘れられないくらい想いあってたんだから、これから先そうでなくなることはない。そうであるならば、交際期間を長くとるよりも、一日でも早く一緒に暮らしたい――って。
 恋愛経験が悲しいくらいに豊富じゃない私が内心慌てている間に彼は確実に結婚までの道筋を立てた。
 あまりの手際の良さに、さすが出来る営業マンは違うと本気で思ったくらい。お互いの実家への挨拶も滞りなく、それどころか諸手を挙げて歓迎された。
 色気もなく浮いた話の一つもない娘に常から「誰かいい人は」と言い続けていた母がその筆頭。急展開にも関わらず率先して結婚に向けて走り出したから困る。その母に引っ張られたかのように、父は苦笑して「よかったな」とあっさり友紀さんを受け入れた。
 友紀さんのご実家の方もようやく息子が落ち着く気になったとご両親から熱烈な歓迎を受けた。お義母さんは娘が欲しかったらしく、そのうち一緒にお買い物に行きましょうねと私には敷居の高い要求をしてくるし――反対されるよりはいいんだけど、歓迎されすぎなのもちょっと困るというようなとても複雑な気分。
 だってその、ねえ?
 私は人間関係に問題がある社会人生活をここ数年続けてたくらいだから、そのうちお義母さんは我に返って呆れちゃわないかなあという不安が、ちょっと。
 大丈夫だって言って友紀さんは笑うんだけど。
 私の不安をよそに、母とお義母さんは初顔合わせの食事会のあと意気投合してタッグを組んだ。
 大それた式はいいというのに一生に一度だからと友紀さんとまで協力して結婚式を挙げることを私に了承させて、口も手も出してくるくらい。
 父親達は口も手も出さないけれど気が合っているのか、何度かお互いの実家を行き来して夕食を食べている間の式の打ち合わせの途中、密かに少し離れたところでお酒を交わしているし、私が不安を抱える以外は何一つとして問題がないのがむしろ怖いくらいだった。
 私たちに母達を加えた四人で式場を見に行って決め、ドレスを見に行って決め、席次表を決め――エトセトラエトセトラ。友紀さんが綿密に練り上げたスケジュールは、滞りなく一つずつ消化している。
 準備を始めて二ヶ月、結婚式および入籍まで残り一ヶ月。結婚に向けてのカウントダウンが進み週末は慌ただしいんだけど、平日になってみると現実感がなくて。だから、噂話であっても、それが現実だと知れるのは――少し、うれしい。
 だけど、続く言葉がどんなものか聞くのが怖くて私はきびすを返した。
 お局様の結婚相手は趣味が悪い?
 それとも、他に……なんだろうか。彼女たちは私を好いていないから、悪意めいた言葉であることは間違いないだろう。
 友紀さんの相手として似合わないなんて言われたら、きっとショックだ。
 余計なことを聞いて不安を煽られる愚は犯せない。
 本音を言えば何を言われているかほんの少し気になるけど、その気持ちに蓋をして私は仕事場に戻る。
 聞かなければ余計な不安を抱えることなく幸せなままでいられる。大事なのは自分の気持ち、そして友紀さんの気持ち。
 いつも信じられないくらい優しいことを言ってくれる友紀さんの顔を思い出せば、好奇心に蓋をするのは容易いことだ。
 彼を思い出して思わず崩れそうになる顔を引き締め、私はいつも通り平常心をもって業務を再開することにした。

END
2008.03.04 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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