IndexNovel遅咲きの恋

2.見えてきた素顔

 業務に真剣で真面目な彼女をどうやって攻略するか。
 考えた末に導き出した結論は、仕事外で交流を持てばいいというものだった。業務中にいくら話し掛けても、彼女は仕事のことばかり気にしている。だとすれば仕事場ではないところでどうにかすればいい。かといって真面目な彼女にいきなり誘いをかけるのはうまい手ではないと思えた。それならばいつ、どうするべきか――考えた末に自然と絞られたのが休憩時間だ。
 彼女が一人暮らしで一人分の弁当作りも手間だと思って、昼をほぼ社食で過ごすことは世間話の中ですでに確認していた。営業は客の都合で動かなければならないし、外回りが主になるので日中社内にいないことがある。それでも都合がつく限り朝夕に外にでるようにして昼に社内にいるように心がけ、社食を目指した。例外もあるけれど基本外食業が顧客なのが幸いだった。客の大半が多忙な昼に社内にいるのは実はそこまで難しいことではない。
 年の近い同僚がいないのが原因か、彼女は見かけると大抵一人だった。孤独を愛しているわけではないようだが、気を張って仕事をしているのか一人が気楽なようでもあった。だが俺はそんなことに気付いていない顔でいそいそと彼女に相席を願う。そう広い食堂でもないので席は埋まりがちだし、顔見知りの俺の要望を彼女は無碍に断ったりなどしない。それでも人見知りなのだと自分を称していた彼女は最初は戸惑ったり、俺に他の連れがいないか気にかけていたようだが、度重なるに従い気にしなくなってくれた。
 彼女の座る席はいつも一緒だった。なのに当初、彼女は見つかることもあれば見つからないこともあって世間話ついでに問いかけてみると、内勤の彼女の休憩時間はほぼ決まっているが締め日前後は慌ただしくて時間がずれることがあると教えてくれた。
「いつも同じだけ、平均的に仕事があるなら楽なんだけど。どうしても、波があるよね」
 決算前にはうんざりすると顔をしかめた彼女はふうと息をはいて、それから俺を見た。
「でも三枝さんの方がもっと不規則な職種で頑張ってるんだもの。波はあってもルーチンワークなんだから文句は言えないわ」
 そう言って彼女が笑みを浮かべるから年甲斐もなく舞い上がった。希少な彼女の笑顔が俺の仕事を認めて励ましてくれている気がして、その日の午後はいつにもまして仕事に励んだ記憶がある。
 細切れに彼女に問いかけて得た答えをつなぎ合わせて、そのうちに締め日前後の休憩時間の予測もできるようになった。予測できれば一回でも多く彼女と話す機会を得ることができる。彼女が仕事から離れた状態での交流は、彼女の素顔を探る貴重な時間だった。
 何度も昼食を共にすれば、彼女は俺と過ごすことを普通のことだと認識してくれた。いつもの席にいないと思いきや、後でやってきて遠慮がちに座ることもあり、少しずつごく自然に俺の前に座ってくれるようになる。そういう時に限って表情が豊かだと不思議に思っていて、そのうち理由に気づいた。
 奥の壁際に座る時、彼女がいないなら俺は当然のように壁に背を向ける。後から来た彼女はだから壁を正面にして座る。そして彼女が先の場合はそれが逆だった。
 人見知りをすると言う彼女は、不特定多数の社の人間を正面にすると緊張してしまうらしいと予測し、数度の観察の末に確証を得た。逆説的に俺に気を許しかけてくれているのだと思うと、気が逸りそうになった。まだまだ彼女がぎこちないからこらえたが、うっかり思いを口にしそうになって自分を何度も戒めた。
 親しくなった彼女の素顔は仕事中の真面目で几帳面な様子とは一線を隔していた。給料をもらっているのに下手なことをできないと気を張っているらしい。見えてきた本性はどこまでも真面目でなのにどこか抜けていて、気を許してもらえた後はそれまでの彼女が嘘だったかのように表情豊かなところを見せてくれた。
 無責任に流れる噂ほど当てにならないものはない。血の通っていない女だなんてとんでもない。彼女はただ不器用で一生懸命なだけだった。仕事とプライベートの間に明確な線を引きたがっているようだったのは、気を許してしまうと仕事でミスをしてしまいそうだからか。昼休憩では素顔を見せてくれるようになった彼女だけど、仕事中は前にも増して事務的になったのはその証明のようだった。つまらないと思う反面、俺は自分の判断の正しさを知って満足した。やはり、彼女が仕事に恋愛を持ちこむなんて馬鹿なことをするわけがない。
 誰にでも愛想を振りまくような器用さを持たない不器用なところがかえって庇護欲をそそり、だからなのか業務時間はどこまでも真面目なのに休憩中俺の前ではほっと気を抜いてくれる彼女ことが、俺には誰よりも魅力的に映るようになった。
 当初はおとなしく食事をしているだけだった彼女はその頃率先してあれこれ話してくれるようになっていた。好きなものについて語る彼女はややオーバーアクション気味で見ていて面白い。やや興奮気味に必死に話す彼女は他のいつよりも楽しそうで、こちらまで楽しくなってくるのだ。どうやら本人は自分がオーバーアクションなことに気づいていないようなのが、可愛らしくも思えた。
 その頃には俺の周囲もすこし変化した。趣味が悪いと文句を言いつつも俺の動向に興味津々だった同僚たちが、彼女の変化に気づき始めた。経理のお局も血が通った人間だったなんていう失礼な感想からはじまったが、俺の行動への興味が彼女の興味へ移るのは時間の問題だと感じた。万人受けするにはガードが堅すぎるが、俺のように少しずつ慣れてもらえば今は俺だけに見せる素顔を他の誰かにも見せるだろう。
 ある日生まれた子供のような独占欲は、日を追うごとに成長した。だから彼女に興味を持って近づいてこようとする連中はもちろん牽制した。仕事中に彼女に言い寄るのは誰が見ても得策ではなく、狙われるのは昼の休憩時間。彼女のガードを打ち破るのは容易ではなく、仕事中はますますそれが強固だから心配の必要がなく、彼女の気が緩むことがある休憩時間には俺がしょっちゅう張りついていれば簡単すぎる仕事だ。営業部長に見込まれた有望株という評判も牽制に一役買ってくれる。
 そんな努力を繰り返していると、自然とどこからか噂が生まれたらしい。

2008.10.25 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel遅咲きの恋
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.