IndexNovel遅咲きの恋

1.先輩よりはお局様

 畑本由希子という人は、私より七つ年上だ。
 それでいて、経理部の女子社員で唯一私よりも年上の人だ。間の数年分のいたはずの女子社員は、ほとんどが寿退社していって今はもういない。私の同期も、経理部に限ってはいない。
 みんながみんな結婚が決まれば辞めていくから、いずれ私もそうなるんだろうなあと今日現在今のところ相手もいないのに感じている。なんていうの? そういうプレッシャーを感じるんだよね。社風って言うのかな。
 で、唯一の女子の先輩は、先輩と気軽に呼べるような人じゃない。一日二十四時間仕事を中心に生きてますと言わんばかりにくっそ真面目で隙がなくてできる人。
 仕事ができるだけであって、人間としてできてるかって聞かれると、何か大事なモノを犠牲にしてるんじゃないかなーって思うけど。
 そういう人だから親しみを込めて先輩と言うよりは、他人行儀に畑本さんと呼ぶ方が呼びやすいし、それよりも陰でお局様と呼ぶ方が断然多くなってくる。
 プライベートが謎な女。たぶん世界滅亡のその時でも仕事をし続けているであろうワーカホリック。そのために色気や女らしさを放棄した永遠のオールドミスってのが、私がこの会社に入って数年間でほぼ確信したお局様のすべてだ。
 一時期営業の主任とつきあい始めたと聞いた時はあの永遠のオールドミスがついに主義を転換したかと驚いたものだけど、でもやっぱり仕事に対する情熱は相変わらず。
 恋だの愛だのごときでお局様がころりと変わってしまうわけがなかったんだ。やっぱりあの人は仕事が一番なんだとむしろ自分の判断の正しさを感じて私は一人悦に入ったものだった。
 あの時の異色カップルの噂は、社内中に広がってたんだよねえ。お局様の彼氏の栄転の話を聞いたウチの課長も密かにやきもきしてた。
 どうしよう畑本君を持って行かれたらウチの戦力が、とかなんとか。営業部は海外事業部からの打診のあとに引き継ぎの算段を付けてたんだろうけど、経理部としては予想外にお局様が連れて行かれたら――元ができる人だけにね、業務が滞る可能性があった。もちろん私をはじめ他のメンバーでもできる仕事をお局様はやってるわけだけど、こなせる量が違うわけよ、量が。
 そんな心配は必要ないんじゃないかと思ったのは心配性な課長以外のほぼ全員で、思った通りにお局様が彼氏について行かなかった時はうんうんやっぱりねとみんなで納得できた。
 だって、だってよ。もう一心不乱に仕事してるんだからお局様って。仕事より彼氏を取るような人じゃないのは見るからに明らかだったもん。
「貴方とはいい関係だったけど、残念ね」
 きっと別れの時はそんな風にさらっと言ってのけたに違いないわ。営業部のエースをあっさり袖にするなんてあの人にしかできないと思ったもんだわー。
 社風がネックなのか事務畑で女子社員はなかなか出世できないけど、お局様ならそのうち階段を上っていくんじゃないかなって思えるくらいだ。
 仕事の手腕は確実だっていう営業部のエースがあんな人に引っかかったのか、つくづく謎だわ。それなりにモテてたっていうのにあえて茨の道を行くとは。
 あちこち転勤を重ねてた人だっていうから、一時の関係として毛色が変わったのをつまみ食いしたわけかしらって下世話な噂が影で流れてたりもしたし。
 でも真面目で仕事馬鹿のお局様が休憩時間とはいえ一緒によく過ごしてたくらいだから、相手もそれなりに真剣だったんだと思ってたわよ。遊びの関係なら、お局様がそうそう時間を割くとは思えなかったから。
 ――で、数年のブランクの後に結婚なんてことになったんだから、本当に遊びじゃなかったみたいなんだけど。



 お局様は仕事一直線の人で、結婚が決まってからもやっぱり少しも隙がない。気軽に話ができるような人じゃないから何にも聞けないし、惚気ののの字もなくて正直面白くない。
 こうさ、もう少し、小指の先ほどでもいいから幸せオーラくらい出せばいいのにと思わずにはいられない。
 いっそすがすがしいくらい仕事に一直線で、その上慣例にも従わず退職する気配もない。だから上からの風当たりが強くなるかと思いきやむしろ逆な辺り、やっぱりお局様はそのうち役付になるくらい見込まれてるんだわ。
 課長も部長もよかったよかったって胸をなで下ろしてるんだもんさ。
 お局様は昔から冷静だったけど今も冷静そのもので、正直なんで結婚するのかわからない。とうに三十を超えてるわけだから結婚願望があれば決断を下してもおかしくない。
 だけどそれならそれで、相手が異動するのにひっついていっても良かったじゃない。私より七つも上だから――あの頃もやっぱり、三十超えてたはずだ。国内で遠距離なら時々会えるだろうけど、そうじゃないなら電話だって一苦労になるんだから。
 そうしなかったのは結婚よりも仕事の比重が高かったからだろう。お局様の彼氏もそのことは充分わかってて、何であえて数年のブランクのあとに結婚を決めちゃうかな。
 自分が大事にされないの目に見えてるじゃない?
 営業の部長に目をかけられてる出世頭となれば、相手はいくらでもいそうなもの。お局様よりもきれいで可愛い子がウチの社にはいくらでもいるんだから。まあ――お局様よりも年上だから、年齢的に厳しいモノはあるかも知れないけど。
 あえて茨の道を行く営業部のエースはマゾなのかもしれない。それとも次々に取引先を落とした手腕でもってちょっとした好奇心でお局様を落とした責任を潔く取ったのか。
 お局様が何年も過去の男を想っていたなんて、私の中のお局様像に大きなブレが生じるんだけど、元サヤに収まったってことは悪くは思ってなかったに違いないわけで。
 考えれば考えるほど疑問が出てくるし、どういうことなのか気になってくる。
 さすがに結婚式なら、プライベートが謎すぎるお局様でも詳しい経緯を明らかにするに違いない。
 そんな好奇心を満たすためだけにご祝儀を出すのは高いとは思うけど――人の結婚式なんて、列席者にとってはある意味出会いの場だ。
 お局様がそう親しくもない私に招待状を渡したってことは、相手の人も後輩の誰かに渡したってことだろう。営業部のエースの後輩は、有望株である可能性が高い。さすがに席が一緒とは思えないけど営業の人の顔を少しなら知ってるし、「他に知り合いがいなくて心細くてー」なんて待っている間に話しかけてみることくらいならできるハズ。この機会に親しくなって次に繋げれば、彼氏募集中の看板を取り下げることができるかも。
 ウチの課長や部長も出席するようだから、その席にいればお局様が私を見込んでるって勘違いをしてくれるかもしれないじゃない。
 その二つの効果を考えれば、ご祝儀も安いと思えてきたわけですよ。

2009.06.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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