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3.チャペルの困惑

 ウェイティングルームから出遅れたのもあって、導かれたチャペルではほぼ最後尾についた。
 真中にバージンロード、左右に別れて長椅子がいくつも置かれている。披露宴では後方に着く親族が前の方、その後方に特にルールもなく他の招待客が座っているようだ。
 新婦側は私以外が友人だからよくわからないけど、新郎側はさっき見かけた新郎の友人と見覚えのある同じ社の人間がまばらに座っているから多分。
 来た順とかなのかな。どのみち、新婦側に上司くらいしか知り合いがいない私にはあまり関係のない話だ。バージンロードに近い位置につけて、そっと周囲をうかがうと新郎方最後尾に一応は見知った顔がある。思わず突撃したいような気にもなるけど、さすがにそんなわけにいかないし。
 場内は少しだけざわめいている。厳粛な式の前のわずかな時間。
 黒いパンツスーツを着た式場の係員が花びらの入った籐のカゴを配っていく。新郎新婦退場の際にご使用くださいと、列に一人しかいないのに二つもカゴを手渡されて戸惑いつつ前の人がしているように足もとに置く。
 しばらくすると、小走りでやってきた誰かが隣に座った。
「あー、いい位置につきそびれたー!」
「待ってる間にトイレに行ってればよかったんじゃない」
「だって、ほら。緊張してさあ」
「なんで当事者でもないあんたが緊張すんの」
 小声でいくつもの声が交わされる。さっき、いろいろ話していたお局様のお友達だった。
「だって、由希子がとうとうお嫁に行くかと思うと感極まっちゃって」
「わけわからないからそれ」
 ――お局様の友人だとは思えない、気楽で飾らない会話だ。
 喜んで結婚式に出席しているらしいこのおねーさん達とお局様がどうやって交流を深めたのか非常に気になる。けたたましいおねーさん達の中でお局様はどう頑張っても浮くと思うのよね。いや、物静かな人だから沈むのかな?
「だって、そうじゃない。ねえ、そう思いません?」
「は?」
「いや由希子がとうとうお嫁に行くかと思ったら、こう胸がドキドキするというか」
 いきなり隣から声をかけられて、私は間の抜けた反応をしてしまう。もしかして聞き耳を立てていたのがわかったんだろうか。真横にいる、例の子供がいるとは思えない可愛らしい人が私をまっすぐに見ていた。
「あんた、人に迷惑をかけないの!」
「いいじゃない。友達の友達は友達っていうし。あ、私は由希子の大学の時の友人の史子ですー」
 可愛らしい人はにっこりと友人の言葉を無視して私に声をかける。
「ええと、私はおつ……その、畑本先輩の会社の同僚の郷原です」
 危うくお局様と言いかけたのをこらえて名乗ると、可愛らしい人は後輩っと弾む声を上げた。
「聞いた、ねえ聞いた? 由希子の後輩だって!」
 私を無視してくるりと友人を見る史子さんはどう頑張ってもお局様と同じ年齢とは思えない。
「聞こえてる聞こえてる。史子、あんた初対面の人に礼儀がなってないよー」
「だってさ」
「ごめんね、ずうずうしい奴で。私は同じく由希子の大学の友人で美里」
「私は安恵」
「ご丁寧にどうも」
 なんでこんなところで自己紹介をしているのか分からないけど、こんな感じでお局様を巻き込んだのかなとわかったような気になる。
 なんとなく頭を下げるとよろしくねーと最初の可愛い人。
「ねえねえ、由希子は職場ではどんな感じ?」
「転職もせずやってるってことは、そこそこうまくやってるんじゃないの?」
 史子さんをたしなめていたはずの他の人も、なぜか興味津々だ。
 私は答えに詰まった。押しも押されぬお局様ですとお局様の友人に言うのは……ねえ。だって、お局様と同い年なんでしょこの人たち。
 お局様はどこからどう見てもお局様だけど、お局様の友人は本当にそうなのか疑わしいくらいそういう雰囲気じゃないのよね。だいいちお局様本人にも言えないことを、初対面の人に言えるわけがない。
 やたら可愛らしい既婚者に、キャリアウーマン風の残る二人。仕事に生きていそうなキャリアウーマン風の二人でもこれまでの印象的にはお局様ほど人間関係に不自由していないようだし、全くタイプが違う。
 三対の目にさらされて、とても居心地が悪い。焦れば焦るほど言葉も出てこないし。
 限界まで困窮した私を救ったのは、澄んだアナウンスの声だった。
 事務的に新郎新婦の入場を告げるだけのその声は、私にとって天の声に等しかった。それだけ追い詰められていて、もうあと数秒アナウンスが遅ければ、答えに窮した揚句にお局様云々言っていたと思う。
 なぜかとてもフレンドリーなお局様のご友人方の耳に入っていたら一気に態度が変わったかもしれないから――いや、別にこの場限りの付き合いだからいいんだけどね。もし披露宴のテーブルが同じだったらいたたまれないじゃない?――とても助かった。
 アナウンスがかかった瞬間に隣の人は私から視線をそらして後ろを振り返る。私も真似して振り返り、残る視線を遮断してみる。
 木製の、日常ではあまりお目にかからないような物々しい扉はまだ開いていない。そのうちそれが開いてお局様がバージンロードを歩くのだろう。
 今、この場にいても現実味がない。流石のあの人も、今日くらいは幸せそうにしているだろうか。
 ややざわめきは残るもののチャペル内はさっきまでよりも静かになり、それを見計らったかのように行進曲がかかった。
 扉が一度開き、新郎の入場。見覚えのある営業部のエースが身に纏うのは、真っ白なタキシード。やや緊張感のある顔でゆっくりと前に進んでいく。
 新郎は祭壇の手前で立ち止まり、振り返る。参列するたぶん全員がその視線を追い、そこに新婦を――つまりお局様を発見する。
 隣にお局様のお父さんがいるけど、結婚式の主役はもちろん新婦だ。いつもきっちりしているお局様の髪は、今日だけはやわらかくまとめられている。身に纏うのは当然、純白のドレス。
 予想外にふんわりとしたドレスに私は目を奪われた。
 実は、ランチの時にお局様がどんなドレスを着るかなんて話題が上ったことがある。オールドミスを貫くかと思われていたお局さまの結婚話だから、ランチタイムのいい話の種だった。
 真面目一辺倒で融通の利かないお局様は若い子たち……いや違う、私も若い……ええと後輩! 後輩たちにあまり好かれていない。というかまあ――、結構嫌われている。四角四面でプライベートを明かさない真面目な先輩になつけって方が無理な話だ。
 話の種に上ったドレスは、おおむね「あの人には似合わない」「笑い話にしかならない」みたいな方向でまとまりつつ、それでも何を着るかには興味があった。
 似合うかどうかは別問題として、すらっとしたラインのスレンダーかマーメイドが一番無難だろうと私たちは結論付けたし、実際それ以外の可能性なんて考えもしなかった。
 だってそうでしょ。プリンセスラインのお局様なんて笑い話以外の何物でもない。でも目の前にキュートなドレスを身にまとったお局様が実在しちゃうわけよ!
 上げているのか分からないけど胸には結構ボリュームがあって、腰のところはちゃんとくびれている。そこからふんわりくしゅくしゅっとスカートが広がってるわけ。
 信じられなくて、私は何度もまばたきをした。
 元々スマートな人だから、体型的にスレンダーが無理とかそういうわけじゃないと思うのよ。なのになんでそこで可愛らしいドレス選んじゃうわけ。お局様が嬉々として選ぶわけがないから、あれですか。新郎の趣味ですか。
 あり得ない、あり得ないよ……。
 自分の趣味でもないであろうドレスをお局様がおとなしく身につけているなんて信じられない。
「わー、ありゃ緊張してるわ」
「そりゃそうでしょ」
 お局様の友人方はドレスについて言及もせず、ごく普通のトーンで言葉を交わしている。
 緊張しているっていうのも私には意外な話で、少しずつ視線を上げた。あー、それにしても可愛いわ。私だって似合うのなら着てみたいようなドレスだもん。
 私が愕然としている間に、新婦入場は順調に進んでどんどん近付いてきている。
 近づいてくるお局様の胸元にはキラキラビーズがあしらわれている。首には豪華そうなネックレス。
 意を決して見つめたお局様はすでに横顔で、すぐに後ろ姿になった。
「緊張、ですか」
「うん。むちゃくちゃ緊張してるわ、あれは」
 私にはいつも通り冷静な顔に見えたけど、隣の人は迷いなくうなずく。
 あの表情に緊張を発見できるなんて、結婚式に呼ばれるくらい親しくお局様と付き合っているだけはある。
 私の目にはいつも通り、冷静沈着な顔にしか見えなかった。いつも通りでないのは、珍しくきっちり化粧をしていることと、ヘアアレンジがされていること、それからプリンセスドレスを身につけていることくらいだ。
 可愛いドレスを着て無表情はやめてほしいと思う。幸せの絶頂にいるはずの花嫁でしょう一応は。思ったほど違和感はなかったけど、それはプロの手なるメイクやヘアアレンジが偉大だってだけだろう。
 予想外に美人に見える。色気も素っ気もない分、きっと普段損をしているんだわ。どちらかといえばやっぱりきりっとした系の美人なのになんでそこで可愛いドレスなのか、すんごい疑問。
 わからない、私には営業部のエースの趣味が心底分からない!
 私が悶々としているうちにお局様の手は新郎に引き渡され、式が始まった。神父さまが出てくるのかと思いきやそうではなく、代表の男の人が人前式なるものの説明をし、新郎新婦が誓約書なるものを読み上げたりそれにサインするような式。
 お決まりの誓いのキスも、それなりの見物だった。お局様のご友人方はカメラのシャッターをこれでもかと押していたし、私も数枚写真に収めた。これはまた新たな話のタネになると思う。
 お局様のキスシーンなんて、金輪際誰も拝むことができない貴重なものじゃない?

2009.07.08 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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