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4.フラワーシャワーの驚愕
専門の式場で行なわれる挙式だから、何のトラブルもなく式は順調に終了した。
ドラマみたいに花嫁をかっさらうような男が現れるなんてことがありえるわけがないし、逆に新郎を誘惑するような女が現れることもなかった。
主役の一人がお局さまだっていう違和感さえ除けば、いつか私もって憧れるような式。
壇上の二人が参列者に一礼して、退場の準備。式の前に配られたカゴに入っている花を退場していく二人に振りまく趣向がアナウンスされる。
「こういうのってオプションだったりするのよねー」
カゴは二人に一つ。隣の史子さんはしみじみと呟いた。
「そうなんですか?」
「うん。あると華やかだからつけたいけど、地味に加算加算なのよねこういうのって。由希子はいいなあ、貯金があるだろうし花も豪華にしてるわよねー」
「世知辛いことを言うんじゃないの」
へえなんてうなずいていたら美里さんから厳しい声がかかる。
「だってお金なかったんだもん」
「考えもせず使うからよ」
「子供だったのね私……」
天然系の史子さんがボケて周りが突っ込む――なんとなくグループ内での位置関係が見えてきた。
その中にお局様が収まるスペースがなさそうだけど、あの人のことだから静かにやり取りを見ていて、そのうち巻き込まれたりしたんだろうか。
巻き込まれるお局様っていうのも想像しがたいけど、何せ初対面でも遠慮のない人たちだからね。
カゴの中身を半分こして待っていると、壇上の花婿がお局様の耳に口をよせて何事か囁いた。
「お、何を言ったんだー?」
隣の人が楽しそうな声を上げる。お局様は新郎をちらりと見上げた。
BGMが変化して、参列者は中央に体を向け直す。寄り添いあう主役たちがフラワーシャワーに見送られてしずしずと歩んでくる。
おめでとうコールと、続く拍手。
私はゆっくりと近づいてくる二人を見守りながら、機械的に手の内にある花を振りまく。私は驚きをもって今日の主役を凝視した。
ひときわ明るい声でお局様の友人方がおめでとうと叫ぶ。寄り添う二人はとても幸せそうだった。どの辺りがそうって、最初からにこやかだった新郎にお局様が微笑んでるのよ!
新郎が何を言ったのか知らないけど、あのお局様が何か言われたあとからずっと笑ってるんだって。
衝撃を受けて呆然として、そんでもって機械的な動作しかできなかったのは近くでは私一人だと思う。
「ようやく笑ったわね」
なんて言っておねーさん達はいたって普通。驚いたそぶりもない。
「そーですね、笑ってますね」
乾いた声が自分の口から洩れていく。本当はあなたたちはお局様の笑みに疑問を持たないんですかと聞きたいけど――聞くまでもなく持ってないよね、全然。
お局様って笑う人だったの?
マジで?
何度まばたきして見直しても、お局様の笑みは消えそうにない。新郎新婦は最後に一礼して、扉の先に消えていく。
扉が閉まると同時に呪縛から解けるように息を吐いた。同志を求めて視線を移すけど、やっぱりおねーさん達をはじめ、新婦側に驚いた様子の人はいないように見えた。お局様のお局様っぽいところしか知らないはずのうちの上司もポーカーフェイスがお得意なのか、平然としている。
あ、でも――。
私は思いついて、新郎側に目を向けた。新郎側は新婦と親しい人はいないだろうけど、でも思ったとおり驚き顔の人がちらほら混ざってる。
新郎の同僚、何かと有名なお局様の存在を知っているはずの人たち。
そう、そうよね。やっぱり驚くよね、私だけじゃないよね。
親しい人がいたら駆け寄ってまくし立てたと思う。実際は親しいわけじゃないから出来ないけど。
「ねえ、それでさっきの続きだけどさ」
同じ社の誰かに駆け寄りたい気分をぐっとこらえていたら、史子さんがにこにこと私に呼びかけてきた。
「さっきの……?」
「そう。由希子は職場でどんな感じなの? 披露宴までちょっと話さない?」
「あー、えーと、その」
お局様の笑顔でいっぱいいっぱいの私にそんなハードな質問に応じられるわけがない。
お局様と同じ年なのにそんなに純真そうな目で見ないでと叫びたい気持ちをぐっとこらえ、私はトイレと一声上げて脱兎のごとく逃げ出すことにした。
だってどう答えればいいのよ、お局様の微笑みに何にも疑問を持ってない人に。あの人は愛想もなくて永遠のオールドミスかと思われていたワーカホリック気味のお局様です、なんて言える?
いや言ってもいいけど。本当にそうだと思ってたから言ってもいいんだけど!
お局様のご友人方に、お局様の晴れの日にそんなに堂々と言えるわけないじゃない。
私の知ってるお局様と、あの人達の知っているお局様には巨大な隔たりがある。
言い訳に使った通りにトイレに逃げ込んで、あれこれ考えてみる。どうしようどうしよう。や、正直お局様のことはどーだっていいんだけど、あのノリで色々聞かれたら言わなくていいことをペロッと言ってしまいそう。
お世話になってますで押し切ろうと決まったのはさんざん悩んだ後のこと。もっと詳しくと言われてもそれで通すしかない。それでもだめなら真面目でできる人だと思うと小出しにしていくしかない。
ちらりと時計を確認して、披露宴までの残り時間を計算。まあ何とかなるかなと意を決してトイレから飛び出し、お局様の友人方の位置を探す。
近寄るためじゃなくて、遠ざかるためにだ。視線を感じたのか一人がこっちを振り返る。私は気付かないふりで視線を動かして、逃げ道を探った。
方針は決まったけど、捕まらないに越したことはない。見つけ出した逃げ道の名前は上司。経理の主任と課長と部長、それから親しくない営業部の偉い人。
「こんにちはー」
愛想笑いで近付くと一同が一斉にこっちを向いたから、少し怖気づいた。
「天気が良くてよかったですね」
だけどここで怯んだらお局様のご友人が近付いてくるだろう。私に会社でのお局様について聞きたがっているはた迷惑な存在が手ぐすね引いて待っているんだから、上司の視線になんて怯んではいられない。
「そうだね」
ニッコリ笑ったのはうちの主任で、部長が営業の部長にうちの部下ですよなんて私のことを説明している。
「いやあ、さっきの畑本君には驚いたねえ」
なんてことない世間話を繰り広げていたら、さすがにお局様のご友人方は近づいてこなかった。
披露宴までの時間を雑談で埋めほっと一息をついた私は、だけど披露宴会場で問題のお局様のご友人方と同じテーブルであることに気付いて愕然とうなだれることになる。
2009.07.15 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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