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5.披露宴で囲まれて

 アナウンスに従って素直に会場入りした私は、席次表で指定されたテーブルを見て回れ右をしたくなった。
 お局様の友人は八人、つまり友人席には私を含めて九人座ることになる。二テーブルの友人席には自然と四人席と五人席ができて、私は四人席の方だった。
 私に構ってきていたお局様の友人は三人、私を加えて四人席。席次表をじっくり見ていたら、姓を知らなくてもそのことに気付けていたかもしれない。
 気付いていれば――ギリギリで席に着いたのに。
 私に気付いた可愛い人がこっちに向けてひらひら手を振ってきた。彼女の他の知り合いが私の背後にいる可能性は、残念ながらゼロだと思う。
「真由美ちゃーん」
 私をしっかり見て、名乗りもしない下の名前で呼んできたから。別のマユミがいる可能性はあるかもだけど、並んで同じ会場に入る可能性は限りなく低いと思う。
 それを確信すると、気乗りしないので自然と歩みは遅くなる。その間、史子さんの視線は少しもぶれない。
「あの、私名字しか名乗ってないと思うんですけど」
 嫌々ながら近づいて口にすると、お局様のご友人はにっこりと笑った。
「だって、そこに札があるし」
 言ったのは史子さんで、美里さんがすらっとした指でそれを指し示す。
「席次表にも書いてあるしね」
 しれっと安恵さんが言い切った。だからって初対面の相手に馴れ馴れしすぎると思うけど――元から持ち合わせている性質なんだろう。だってこの人たちはお局様のご友人なんだから。そうでもなくっちゃ親しくなれなかったと思うし。
 よくよく考えてみれば、私この人たちの名字も知らないわ。だって、フルネームで名乗ってくれなかったんだから。
 今日この場だけの付き合いに波風を立たせるのもどうかと思ったから、私は種明かしにうなずくに留めた。
 私だって今更この人たちのフルネームを知って、名字で呼ぶのもわずらわしい。
 そう、今日限り、今日限り。一人きりの人様の結婚式で、同席者がフレンドリーなのは悪くない。程度が激しいのはどうかと思うけどさ。
 今日はよろしくお願いしますと失礼じゃない程度に頭を下げて、ことさらゆっくり席に着いた。
 その間、ご友人方は性急に返答に困る問いかけの続きをしようとはしなかったので、態勢を整える。
「いい式でしたねえ」
 こちらから先に話を振れば、何も困る問いかけなんてやってこないだろう。その目論見は、見事にはまった。
 話好きの彼女たちはああだこうだと語り始める。
 お局様の衣装についてに始まって、花婿の見た目から想像される性格についてなど。
「あ、旦那さんって同じ会社なのよね?」
 言い出したのは史子さんで、
「そういえばそうね」
 同意したのは安恵さん。
「由希子の旦那ってのはどんな人なの?」
 六つの瞳がこっちを見据え、聞いたのは美里さんだ。
「部署が違うので親しくはないですけど」
 お局様当人について聞かれるよりも、営業のエースについて聞かれる方がよっぽど気が楽だ。私はにっこり前置きして、知っている限りのことを話して聞かせる。
 花婿は営業部のエースで部長に目をかけられているところから始まって、噂される彼らの過去の経緯まで。
「由希子が国境をまたいだ遠距離、ねえ」
 すべてを聞かせた後、安恵さんは嘆息交じりにぽそりと呟き、史子さんはくすりと笑った。
「できるタイプじゃないわよねえ、由希子は」
 美里さんの言葉に残る二人はうんうんと同意する。
「私もそんなタイプには思えないので疑問なんですけど。でも実際、こうやって結婚式でしょう?」
 私も本音を口にした。
 どれだけ信じられなくても、こんなにきちんと会場は整えられているんだから、現実なのよね。
「あの由希子にこんな式を挙げさせる気にさせた手腕を考えると、旦那が営業のエースってことには間違いないようね」
「あー、由希子意外と頑固だもんね」
「融通が利かないって言うのよ、ああいうのは」
 お局様のご友人方は口々に感想を漏らす。うまいこと話が逸れてくれた。
 そのうち厳粛な雰囲気で披露宴が始まった。明かりが落とされた会場の入口にスポットライトが当たり、ゆるゆると扉が開く。
 お局様と新郎が腕を組んでゆっくり進んできた。ご友人方の口もさすがにピタッと止まって、そんな二人の様子をこれでもかと写真に収めている。
 全テーブルのそばを通るようにすり抜けて、今日の主役たちが会場の正面にたどり着き、再び照明が明るく周囲を照らす。
 お局様は挙式に引き続き、満面の笑顔だ。違和感ばかりが募るのに、同じテーブルの誰一人としてそんなことは感じていない疎外感。
 ほんと、親しくない先輩からほぼ単身、結婚式に招待されても困ってしまう。
「えー、本日は本当にお日柄もよく、お二人の前途を祝しているかのようです。新郎の友紀君は」
 つつがなく式は始まり、指名され立ち上がったのは新郎の上司である営業の部長さんだ。マイクを手に、カンペもなしにすらすらと述べるお祝いは鮮やか。
 強面の部長が笑顔で愛愛連呼するのを聞いているとこっちが恥ずかしくなってくる。ちらりと主役の様子をうかがうと、お局様は明らかに苦笑していた。新郎の方は何やら天を仰いでいる。
「お二人の幸せを心より祈っております」
 締めの言葉におざなりな拍手が続く。その後の乾杯の音頭は経理の部長で、営業の部長に比べてシンプルなコメントを告げた後にグラスを高く掲げた。
 そこからしばらくの歓談タイムは、引き続き営業エースの話で盛り上がった。お局様の仕事中の様子よりも、新郎への興味が勝ったらしい。
 長くてうんざりした営業部長のスピーチが、程よく興味を煽ったのかもね。私もその会話に乗っかって、それなりに楽しく過ごした。
 結婚式でありがちなイベントはそんなに企画されていないようで、ずいぶん長いような歓談タイムの後にケーキカットが催される。ヤニ下がった花婿と、はにかむお局様は衣装の効果もあってかお似合いに見える。
 二人で同じナイフを持って構える姿を、ご友人方に引っ張られて私も間近で見ることになる。あーんなんて食べさせあう様も、この機会を逃したら二度と見ないだろうから遠慮なくカメラに納めさせてもらった。
 お色直しの後はキャンドルサービス。淡いグリーンのドレスは今度も新郎の趣味を反映したのか明らかに可愛い系だった。お局様は相変わらずの笑顔を振りまきながら各テーブルを回ってくる。
「今日はありがとう」
 二人でテーブル中央のろうそくに火を灯しながら恥ずかしそうに言うお局様は、なんだか悔しいくらいに可愛く見えたんだけどさ。
 でも、絶対イメージに合わないわ。
 次なる企画のブーケトスならぬブーケプルズなるものは未婚既婚に関わらず女性全員参加だったのは、年齢的に既婚者の方が多いから苦肉の策だろう。
 とはいえさすがに親族女性からの参加者はおらず、新婦友人に私を加えた九人だったけれど。
 オールドミスを貫くかと思われたお局様のブーケの利益にあやかりたくて期待して引いたリボンは残念ながらブーケとはつながっておらず、名前も知らない別テーブルの人が見事引き当てていて、なぜか既婚者であるはずの史子さんが地団駄を踏む勢いで悔しがっていて虚を突かれた。
 そんな史子さんが二人をからかいに行こうと宣言して立ち上がったのはそれからしばらくしてからだ。
 新郎の友人が二人に近寄って会話しているのをうらやましそうに眺めた後、人がはけたタイミングで近寄っていく。
 当然のように美里さんが私にもついてくるように促すから、一人テーブルに残されるのも寂しいので私も引っ付いていった。
「はじめまして。由希子の大学時代の友人の安恵です」
 高砂に着いた時にはすでに安恵さんが新郎にビールを注いでる。こちらこそとにこやかに新郎は応じた。
「由希子ったら水臭いわよねえ」
 史子さんの方はお局様に絡む口調で話しかけていた。
「彼氏ができたら出来たで報告してくれたらよかったのに」
 対するお局様の反応はかなり鈍かった。
「あの、えーと、ほら、その」
 お局様が歯切れ悪く呟くのを耳にして、本日幾度目かの衝撃を受ける。いつもきっぱりはっきりのお局様にあるまじき醜態ですよこれは。
 私はついまじまじとお局様を見てしまう。
 あり得ないくらいぶりっぶりのドレスを着て言葉に詰まっているお局様は私の知っているお局様には全然見えない。
「恥ずかしいし」
 ちょっ、何でもじもじとそんな返答しちゃうわけお局様ー! 
 お局様に実は双子の姉妹がいて、こっそり入れ替わっていると言われても今なら信じることができそう――そんな馬鹿なこと、ないと思うけどさ。
 恥ずかしい、て。恥ずかしいっていい歳した大人がなに言ってくれちゃってんの。
 私が言葉を失って愕然としている間も史子さんの追及は止まらない。
 いつ知り合ったのから始まって、どうやって親しくなってどんなきっかけで付き合うようになったかとか、デートはどこに行ったのかとか、興味深いけれど今聞く必要のなさそうな質問にお局様はやっぱりしどろもどろだった。
「史子、そーゆーのは次の機会に聞けば?」
「次がいつあるかわからないじゃない!」
 美里さんの冷ややかな突っ込みに史子さんは語気鋭く言い返す。
「あんた、さっきは披露宴で詰め寄る気はないとか言ってたくせに……」
「それはそれ、これはこれよ!」
「矛盾してるわよあんた」
 呆れ声の美里さんに対する史子さんの回答は確かに矛盾している。
「そのうち皆さんでぜひ新居にお越しください」
 険悪な空気を察したかそつなく新郎が口にすると「ぜひ」とこれまたそつなく安恵さん。さあ次がつかえてるんだからと美里さんと二人して渋る史子さんを引っ張って元の席に戻っていく。
 私が長居をしても仕方ないので、軽く高砂の二人に頭を下げてその後を追った。
 あ、新郎にビール注いで話を聞きこもうと思ってたのをすっかり忘れたわ。

2009.07.22 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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