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番外編 晴れの日に

 大安吉日のその日は、私たちを祝福するようによく晴れていた。空には雲一つなく、先行きが明るいように思える。
 友紀さんが私のことを好きだと言ってくれた時も現実味がないように思えたけれど、今日のこの日も嘘のようだ。慌ただしく準備をしつづけて、迎えたこの日。いつもよりおしゃれをしていても普段着で出かけてきて、なのにこれまでにないくらい着飾られた。
 メイクリハーサルなるもので色々試していたし、ドレスの試着ももちろんしてきた。だけどその二つを両方は今日が最初で最後。
 打ち合わせはしていても、本番は今日だけだ。何をするかは知っていても、わからないことがたくさんある。式場に予定は詰まっているだろうしそういうわけにはいかないんだろうけど、段取りの確認やリハーサルをしっかりしておきたかった。
 だって、そうじゃないと何かとんでもない失敗をしそうだもの。
「こんなかんじでよろしいですか?」
「は、はい」
 家にはないような大きな鏡には、緊張した私の顔と作品を満足そうに眺めるメイクさんの顔が映っている。プロの手の化粧は偉大で、緊張しきった顔でもすごく綺麗に見えた。ドレスの効果もあるのだと思う。
 ドクドクと波打つ心臓が跳びだしそうだ。今からこんなでどうすればいいんだろう。
 やがてためらいがちなノックの後に友紀さんがやってきた。控え室に入ってきた彼もまた、今日のためにいつもと違う格好をしている。黒を基調としたきらびやかなタキシード。いつもよりきっちりと頭がセットされている。
「似合うよ、由希」
 恥ずかしげもなく友紀さんは言う。私はうなずくので精一杯だ。彼もよく似合っていると思うけど、メイクさんの前で臆面もなく言えない。
「式が楽しみだ。俺、外で打ち合わせをしてくるから。写真屋さんがメイク風景の写真を撮りたいそうだから由希はもう少し待ってて」
 言うなり彼はするりと部屋を出ていった。忙しいなら誰かに伝言をしたらよかったのに。



 時間に余裕をもって会場入りをしたのに、式の開始まであまり時間がなかったように思う。
 父にエスコートされて、教会の中をぎこちなくしずしずと進む。歩き方だけ扉の外で寸前に習った状態で本当にいいのかと思う。
 形に残る思い出を残したいという友紀さんの主張で、式のオプションにアルバムとビデオをつけた。アルバムはいいとして、ビデオなんていつ見るんだろう。不思議でたまらないし、衆人監視の中カメラが向けられていると余計に緊張する。
 二人とも宗教にこだわりはない。信仰心もないのに教会で式を挙げるのはどうなのだろうと思ったら、近頃は人前式なるものがあるのだとこの式場で知った。神の前でなく、招待客の前で愛を誓う。そのほうが神様に申し訳ない気持ちにならなくていい。
 スタイル自体は小さい頃あこがれた結婚式そのものだった。
 呆れるほど遅い速度で向かう先、友紀さんは極上の笑顔だ。彼はいつも私に優しい顔を向けてくれる。
 やがて彼のもとにたどり着き、私は父から彼の隣へ移った。残りの距離を、二人並んで進む。一段一段階段を登って。
 式場の指示に従って、式は順調に進んだ。誓約書の署名とか――誓いのキス、とか。人前でそんなことをするなんて、一生に一度だと思う。それが写真のみならずビデオに残るなんて、恥ずかしくてたまらない。
「由希、顔が仕事モードになってる」
 退場はフラワーシャワー。肩に力の入る私に彼はささやいた。
「恥ずかしがらずに幸せだって顔をしてくれないと。せっかくそんなに綺麗なんだから」
 友紀さんは恥ずかしげもなく言ってのける。失敗するのが怖くて気を張っているのになんて言葉で誘惑するんだこの人は。そう強く思うけど、彼の言葉にも一理あった。
 一度深呼吸をして気を緩めると、友紀さんはその調子だと微笑んでくれた。



 披露宴は歓談メインで予定している。
 ケーキカットにキャンドルサービス、スピーチに余興が少し。で、他の時間は歓談だ。余興で楽しめるような年はお互い過ぎている。だから友達に頼んで気を煩わせる方が悪い気がした。そもそも慌ただしく決まった式で、時間がなかったことだし。
 スピーチは友紀さんの上司にお願いした。
「えー、本日は本当にお日柄もよく、お二人の前途を祝しているかのようです。新郎の友紀君は」
 私も営業部の細田部長には面識があるけれど、親しく言葉を交わした事はない。緊張した素振りもなく、手にマイクだけを持った状態ですらすらと話し始めるのはさすが営業の人だと感心してしまった。
「入社直後の新入社員研修で、すでに彼は頭角をあらわしました。現場を体験させたあとに営業にという意見もあったのですが、その代わりに地方を巡らせ各所で期待にそむかない優秀な成績をあげて本社に戻ってきたのです。けしておごることのない性格は人に信頼され、そのうちに私の耳に新婦である由希子さんと親しくしていると聞こえてまいりました」
 うっわと友紀さんが漏らして、ひそかに天を仰いだ。
「彼女については後に乾杯を行う原野さんが詳しいので言及はしませんが、節度ある落ちついた交際を続けていたようです。そんな折、我が社の花形部署である海外事業部から内々に友紀君の異動の話が聞こえてまいりました」
 どんだけ話す気だよ、あのおっさん。密やかなうめき声は友紀さんらしくない。彼は思い起こすたびに長い不在のことを苦々しく思っているからのことなんだろうけど。
「結局、友紀君はその時彼女を置いていく選択をし」
 詳しく話すのを避けていたものだから、細田部長の話は大きく事実とは異なる。だけど上司に向かって違うんだなんて声も上げられない。
「短期間の話が長期に及ぶに至り、私たちも気にしていたのではありますが、長い時と距離を隔てていても二人の愛は変わらなかったようで胸を撫で下ろしました。彼が優秀であることは今更言うに及ばないことで、二人はこれから長く育てた愛をより大きくさせていくことでしょう」
 やり手でこわもての細田部長がこんなにも愛を連呼するだなんて驚きだった。
「お二人の幸せを心より祈っております」
 ようやく部長が話し終えた時はほっとした。付き合い始めたのがつい最近だということと、だから以前は付き合っていないということを除けば大方事実にそっていると自分を納得させて、こんなに大勢の前で大嘘が披露されたことには目をつぶることにした。
 あやうく席次表に載りそうになった二人の軌跡なる問答を、差し替えてもらっていて本当によかった。あれがそのままだったら、この式場ではじめて真実を知った細田部長はなんと挨拶すべきか迷っただろうから。
 そのほうが短く切りあがってよかった気もするけど。

2009.07.29 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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