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5.ほわいとでーと2

 まるで、依存症のようだった。
 Xデイは翌日に迫り、だが修平からの連絡は一向にない。それもまあ仕方のない話だと、春菜は自分でよくわかっている。
 自分ができなかったことを人に期待するのも酷な話。それでも浮ついた気分になるのは、多少は期待しているからだ。
 ――そう、期待する気持ちは本物だ。
 修平と二人きりで時間を共有できるのは、あまりない機会。特に、仮の関係であれ何であれ、恋人たちのイベントを共に過ごすことができることに全く期待するなという方が無理な話だ。
 ゆっくりとお風呂につかっている間も、髪を乾かしている間もずっとぐるぐると春菜は考え続けた。
 気を取り直してごろりと布団にうつぶせて、買ってきた雑誌をぱらぱらとめくる。それでも思わず合間合間に携帯を見てしまっていた。
 画面はいつも何も表示していない。
 携帯は枕元に置いてある。着信があれば高らかに着メロが鳴り響くのだから、どれだけ集中して雑誌に目を落としていても鳴れば気付くはずだ。鳴った記憶もないのだから、何も着信の表示がないのは当たり前。
 浮ついた気分ではせっかく読んでいる雑誌の内容も目にした途端に忘れる有様。はああとため息を漏らして、雑誌を放り出す。春菜は枕に顔をつけるように力なく伏せた。
 積極的になる勇気がもてない、恋愛経験が貧相な自分が憎らしい。乏しい経験の大半が修平への片思いが占めているのだから、そう経験が増えるわけがない。それでも友人関係から色々な体験を聞いているから、多少はわかるつもりだけど。
 乏しい経験と、聞き及んだ情報と、修平のこれまでの行動を重ね合わせてみると積極的になっても空振りするだけではないかと思えてならない。
 「もちろんお返しは三倍よね?」一言、いつも通りにメールをしてみれば反応は返ってくると思う。
 あれで案外修平はマメなのだ。三倍とは言わないまでも、お返しくらいは用意しているだろう。
 思う、思うんだけど。それでも。
 それでも聞けないのは、やはり経験が乏しいからだろうか。深々とため息を漏らして電気を消すと、春菜は自分からの行動は諦めて寝ることにした。



 携帯が鳴り始めるとすぐに開いて、ボタンを押すのが春菜の朝の日課だ。
 目標は三秒以内。
「よしっ」
 春菜は今日も滞りなく日課をこなすと満足げに漏らした。起き上がりながら時間を確認するのも日課の一つ。
 目覚ましの時間は滅多に変えない。だから起きる時刻もいつも一定。携帯画面に目を落とすのは、目覚ましを止めたついでの流れ作業的な行動だ。
「ん?」
 なのに時計が示すのはいつもより早い六時少し前。その上、画面左下にメールアイコンが出ている。
 春菜は目をぱちくりさせて、数秒しか聞かなかった着信音がよく考えると目覚ましではなくメールの設定音だったと気付いた。
 あまりに早い時間だと訝しく思いつつ、再び布団に倒れ込みながら何気なくメールを開き、春菜は慌ててもう一度身を起こした。
「指令ーッ?」
 なんだそのふざけた件名は。一気に眠気が吹っ飛んだのは、件名ばかりが原因ではない。メールを送ってきたのが修平だからというのも大きかった。
「何よ、それ」
 呟きながら恐る恐るキーを操作する。
 考えないようにはしていたけれど、修平がバレンタインに比べるとマイナーなホワイトデーを忘れている可能性は十分に考えられた。
 朝、彼にしては早い時間にわざわざメールを入れてきたと言うことは、覚えていたということだろうけど――指令という響きに嫌な予感を覚える。
 メールを確認した途端、春菜は驚きで一瞬固まった。
『指令。めいっぱいおしゃれな格好をして出かけること。待ち合わせは前と同じ郵便局前。時間は仕事の進捗具合によるので要連絡。』
 素っ気ない文章はいつものことではあるけれど、判断に苦しむ。
「デートの誘い、と見ていいわけ……?」
 春菜は自問して、いいわよねと自分に言い聞かせた。何で指令なんて形でめいっぱいおしゃれという指定がしてあるのか、その謎の答えはデートという答えに行き着くのだろう――おそらく。
「何で当日朝になって言うかなあ!」
 文句は口にしたが、顔がにんまりとするのは押さえられない。春菜は慌てて立ち上がって、身支度を開始した。早い時間にメールをしてきたのが、修平なりの配慮なのかもしれない――が、方向性が微妙に間違っている。とりあえず春菜は洗面台に向かうと顔を洗い化粧水をつけて保湿し、とって返して、クローゼットを開けた。
 一番に出したのは、奥にしまい込んでいた春コート。カバーを外すと籠もったにおいがしたので、上着を着込んで防寒対策してから窓を開けてかけておいた。消臭スプレーを振りまいて、出かける前ににおいが消えることを祈る。
 三月も半ばだ。春色を前面に出してもいいだろう。衣替えをしようと思いながらできていなかったことを少し後悔しつつ、春菜はベッドの下から衣装ケースを引きずり出した。
 最初のケースに入っていたのは夏物で、次の一つを出して上に乗せる。春は短いから、その分アイテムは少ない。明るい色合いのピンクのニットに白いキャミを合わせる。それから迷った末に、柔らかい感触のティアードスカートを出した。
 カーテンだけ閉めて、春菜は手早く着替える。姿見に駆け寄って、とりあえずにこりと微笑んで確認し、腕を組んで悩んだ。
 好みの組み合わせではあるけれど、好きな服と似合う服は残念ながらイコールではないのだ。それでも悩んだのは、修平の好きそうな組み合わせではないかとの打算が少し働いたからだった。
 スカートを買った時も同じ考え。バーゲンで安くなっていたことと、アイボリーならまだ合わせようがあるかなと買って――結局一度も着ていない。
「この際――よね」
 ぽつりと呟いて、春菜は指令を読み返した。
 めいっぱいおしゃれをなんて、普段何もしていないみたいじゃない。そりゃあ、気合いを入れてはいないけれど、小綺麗にはしているつもりだ。
 ぐるぐると考えてさんざん迷った末に、春菜は第一印象を貫くことに決める。似合わないと言ったら張り飛ばしてやる。そんな気合いを込めて春菜はよしっと拳を握った。

2007.03.11 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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