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■望まれぬ客

「寂れたところねェ」
 サウラは呟いた。血を想像させる、紅い瞳でそれを見上げる。
「こんな辺鄙なところに、よくまあ居を構えたモノだわ」
 打ち捨てられて、相当時間が経ったのだろう。その城は手入れされた気配もなく、ひっそりとたたずんでいる。
 赤黒い髪を掻き上げる。鋭い瞳で城を見ると、手入れされた気配はないのに、何者かの気配は感じられた。
 はっきりと感じられないことにそれを押し殺そうとする何者かの意図が感じ取れ――サウラは舌打ちした。
「まったく、忌々しいこと」
 呟いて、まっすぐに歩き始める。
 サウラは美しい女だった。整った面立ちに、均整のとれた体つき。どちらかと言えば肉感的な印象を与える美女である。
 ただしまとう気配は負に満ちていて、その視線は鋭かったが。
「あらァ」
 彼女は迷いのない足取りをふと止めた。
 好ましくないたぐいの気配を感じ取ったからだった。それに名を付けるとしたら、殺気。
 きゅ、と目を細める。そうして両手を上げた。
「大層なお迎えですこと?」
 いやみたらしい口振り。
 刺すような空気になど、動じる必要はない。彼女はそれだけ自信を持っている。
 本気で相手が何かしでかしてきたら、それに瞬時に応じる自信が。
「どういうつもりかしら?」
 振り返る。その動作は隙にもなりかねるけれど、向こうが手出しすることはないとサウラは踏んだ。
 相手が誰だかわかるから。
 向こうとて、自分と事を構えたくなかろう。実力は拮抗しているのだ――お互い自分が負けるはずはないと思っていても、無傷で勝利できるとは思わない。ならば無駄な争いは避けるべきだ。
「同僚に向かってそれはないで……」
 言いかけた途中で、サウラは言葉を止めた。
 驚きで見開いた瞳は、自分が今やってきた方を凝視した。
 つい先ほどまでは全く感じ取れなかった気配が突然そこに現れたことは、彼女にとっては驚くべき事ではなかった。
 それでもソレを彼女はじっくり見つめた。上から下へとじっくり検分しながら、周囲に意識の網を張り巡らせる――。
 刺すような殺気は、目の前のソレから感じ取れる。それが偽りではないかと、意識を張り巡らせて。
 しばらくしてから諦める。
 深呼吸したのは、その事実を飲み込むのに時間がかかったからだった。
「しばらく見ない間に、ずいぶん趣味が変わったわねェ?」
 ソレは、言ってみれば二足歩行の爬虫類だった。
 艶のある、濃い緑色の鱗。長い尻尾がゆらゆらと揺れる。偉そうに服まで身につけている。
 ソレが、旧知の存在であると嫌々彼女は認めた。なにせ気配がそうなのだから。
 ソレは不機嫌そうに尻尾をばたりと振った。
「何が趣味だ」
「趣味じゃァないのかしら?」
 機嫌の悪い口振りに、彼女はくつくつ笑う。
「うるさい」
 その彼のことをからかうようにしばらく肩を震わせてから、不意にサウラは表情を改めた。
「あの方に逆らうから、そういうことになるのよ?」
 彼がさらに鋭い殺気を放ってくるので、彼女は大仰に肩をすくめた。
「怖いわねェ。それ以上何かするなら、私も黙っていないわよ?」
「ふん」
「ま、あの方がもういない以上、過去の話は良いけれど――問題は、今」
 呟いて、サウラは細めた瞳で彼を睨み据えた。射抜く視線が美しい容貌をより冷たく変化させる。
「抜け駆けは、卑怯じゃァないかしら?」
「抜け駆けだと?」
「言い逃れしようたって、そうはいかないわよ。私が偶然この場に来ただなんて、まさか思ってやないでしょうね?」
 まっすぐ視線で射抜かれても、彼はぴくりとも表情を動かさなかった。サウラが知るままの彼ならば少しは変化があっただろう――だがしかし、爬虫類の表情を読むなんて真似は彼女には出来ない。
「そう思えるのならば気楽なのだがな」
 彼はため息と共に呟いた。殺気が薄まる――消えきらないのは、自分のことを警戒しているのだろう。
 それも然り。
 サウラは思う。自分と彼とは「元同僚」なのだ、そして同時にライバルでもある。
 出来ることならば、再び「同僚」となりたいところだった。彼女が欲しいのはより強大な力であり、それを得るためにはそうであらねばならないから。
 そのことは彼にとっては面白くないことだろう。それは承知しているが、是が非でも力は欲しい。
「――じゃあ、いるのね?」
「いない、と答えても信じないだろう」
「もちろん」
 彼はうなずくと、あっさりと彼女の横を過ぎ去り背中をさらした。殺気は消えないし、警戒もしているだろう。
 だが彼は彼女と同じ理由で相争うことは損にしかならないと結論づけたのだろう。
「相変わらずねェ、あんた」
 その背中を彼女は追いかけた。
「そうでもないさ」
 ちらりと彼女を振り返り、彼が応じる。
「あらそォ? そんなに甘いことで、生きちゃいけないと思うけどねェ」
「貴様の残虐さにはついていけんな」
「しっつれいね。イイコト? 私たちの力の源は人間どもの恐怖なの。わかる?」
 聞いても返答がないので、サウラは不機嫌に口を歪める。
「人間どもを恐怖させる方法は簡単よ。血を見せればよいの――じわじわといたぶって」
「私の趣味じゃないな」
「んま、その辺であんたと意見が合わないのは承知しているけどね」
 聞きたくないとばかりにぴしゃりと言われて、サウラは答えて口を閉じた。
「殺さない程度に恐怖をあおるのがもっとも効率的だろう。殺し尽くして、奴らが滅びたらどうするつもりだ?」
「適当に間引いてやらなきゃ、奴らは偉そうにのさばってくるわよ」
「――いつまで経っても平行線だろうな」
 諦めたように彼は嘆息する。
 お互い自分の主張はそう簡単に翻せないことは理解している。どちらかが折れることが出来るのならば、今こんなところでこうしている事はなかったろう。
「でしょうね。でも、間引かなきゃ奴らは反抗してくるのよ――あの方が殺されたように」
 その言葉には彼も思うところがあるらしい。一瞬立ち止まり、振り返りかけ――、ちらりと彼女を窺うと思い直したように再び歩き始める。
「やりすぎなければ、人間どもも死にものぐるいで反抗することはなかったろう。一丸となって我らに対抗するなどということはな」
「あんたがあの方と袂を分かたなければ、負ける事なんて無かったわよ」
「遠く過ぎた過去を言っても詮無いな」
「そォね」
 気のない素振りでサウラは呟く。
 ゆっくりとした速度で、彼らはようやく城の目前にまでたどり着いた。
 彼女は努めて意識を切り替えた。過ぎ去った過去は取り戻せないし、今見るべきは何よりも未来だ。
「それにしても、ちんけな城ねェ。我らが偉大なる主の居城としては、ちょっとちいさすぎるんじゃないの?」
 彼女の少し前で立ち止まった彼は、彼女をちらりと振り返った。何か言いたげな空気を察して彼女は眉根を寄せた。
「なんか言いたいことでもあんの?」
「後戻りをするなら、今のうちだ」
「はァ?」
 彼女は意外な言葉に間の抜けた声を出す。
「なに馬鹿なコトいってんの、あんた。そんなこと出来るわけないでしょ?」
 彼は彼女に同意するようにうなずく。
「主は偉大な方だ。我らが中でもっとも強大な力を持ち、我らをその意に従わせる」
「かつて離反したあんたにだけは言われたくないけどねェ」
 嫌みでサウラが応じると、彼はふいっと目をそらす。
「意見の相違であの方が私を遠ざけた。私はかの方に逆らおうと思ったことなど一度もない」
「反論するだけで罪なのよ」
「本当にそう思うのか?」
「当たり前でしょォ? あんた、逆らうつもりでもあんの? 新しい主様に」
「まさか」
 疑いの言葉を彼はあっさり否定する。
「本当かしら? あんたみたいな不確定要素に、主様を独り占めされちゃたまらないわよォ?」
 サウラは視線に力を込めた。
「実際、これまで存在を隠していたわけだし?」
「事実故に否定はせんが」
 彼女の視線を彼は正面から受け止めた。
「――貴様さえ生きていなければ、これからも隠しおおせたと思うんだが」
「あっら。ふざけたこというわねェ……生き残ったただ一人の同僚に言うにはあんまりに冷たい言葉じゃなくって?」
 サウラは穏やかではない視線を彼に向けて、瞳以外の力を彼に加えた。
 それは殺気という名のプレッシャー。
「その方が、我らがためにはよいと思ったんだがね」
「主様の力無く、このまま我らが滅びても良いと?」
「そんな問題ではないな――私が言いたいのは」
 彼はサウラの殺気をものともせずに、ため息とともに言い放つ。そのどこか疲れた言葉にサウラは首を傾げた。
「どォいう意味?」
 彼はひょいと肩をすくめる。
「見ればわかる」
 サウラの問いかけに彼は応じながら、ようやく城への扉を引いた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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