IndexNovel彼女は天然

彼女と文化祭

「ねーねーねー」
 歩いていると後ろから空のやたらと明るい声が聞こえてきた。
 振り返ると声と同じく明るい笑みを浮かべながら、ててーっと俺に近付いてきてすぐ隣を歩き出す。
「なんだよ?」
 空にあわせて歩調を緩める。
「いいこと思いついたの!」
 彼女の足取りは踊るようで、その声は期待に弾んでいる。
 浮かぶ笑みは深まって、きらめく瞳が俺を見上げた。
「いいことって?」
「文化祭の出し物!」
「あー」
 少し頬を膨らませて言ってきた言葉に納得して俺はうなずいた。
 なるほど、文化祭の出し物ね。
「いきなり何言うかと思ったら、それか」
 いつもの通学途中。
 挨拶もなしにいきなりそれはないんじゃないか、空。
「それだよー。ふっふっふ」
 空はうれしそうに顔を近づけてきた。
 驚いて足を止める、空の足も止まった。
「聞きたい?」
「いや別に」
「つめたっ。うわつめた! 冷たいよ、ゆーくん」
 真剣にショックを受けた顔で騒ぐ空の頭をぽんと叩く。
「で、どんな名案を思いついたんだ?」
 そう問いかけるとあっさり彼女は表情を変えた。
「ふふふ〜聞きたい?」
「いやそれはもーいいから」
「えー」
「……聞きたいから。何思いついたんだ?」
 空はにやーっと笑みを広げた。
「お菓子屋さん!」
「え」
「お菓子屋さんってよくない?」
 空は踊るような足取りで再び歩き始めた。
 俺達の通う聖華学園の高等部文化祭までもう一ヶ月もない。
 それなのに未だ出し物の決まらない俺達のクラスは崖っぷちに立たされている。
「お菓子、ねぇ」
「手作りお菓子。手作り、いいよね手作り」
 空は自分のアイデアがお気に召したらしい。呟いてはうなずいて、ご満悦の様子だ。
「作れるのか?」
 そう尋ねたのは未だかつて空の手料理なんてものにお目にかかったことがないからだ。調理実習で一緒の班になったこともないし、その時に空が活躍していたかどうかも分からない。
「水葉ちゃんがきっと上手だよ」
 案の定。
 空は自分のことは棚に上げて言う。きっと上手だよ、って。
 不確定なのかそれは。
「きっと、なのか?」
「うん」
 うなずいて。空はえーとねー、と続ける。
「前に遊びに行った時にマドレーヌ持ってきてたよ。あれはおいしかった……」
 そう言う空の顔は本当にうれしそうだった。だからお世辞でも何でもなく本当においしいと思ったんだな。
「そりゃよかったな」
「うん。だからお菓子屋さんで!」
 空はうきうきした様子でぐっと拳を握りしめ、俺の前に躍り出た。
 後ろ向きに跳ねるように進みながらとても楽しそうな様子。
「それでカボチャにこだわってみようと思うのね」
「――カボチャ?」
「カボチャケーキ、カボチャクッキー、カボチャシフォン!」
「何でカボチャ」
 もう既に確定したかのようにイメージを膨らませているのに水を差すのもあれだけど、とりあえず突っ込んでみる。
 空は俺の言葉にショックを受けたようだった。
「えええええ」
 言うべきじゃなかったかと後悔するより先に彼女の口からは驚いたような甲高い声が出て、目をパチパチさせながら俺の真意を伺うように視線を合わせてくる。
 衝撃は受けた様子だけど、傷ついたのではないらしい。そのことには安心しながら、でも逆に俺には空の真意が分からない。
「わからないの?」
「……いや、まったく」
 首をちょこんと傾げながら問いかけてくる姿が可愛くて、分かるもんなら答えようって気分なんだけど――残念ながら彼女の意図することは分からない。
 考えてみればいつもそうだ。空はいつも人とはちょっと違ったことを考えている。
 文化祭・お菓子屋・テーマはカボチャ。
 この三者をイコールで結ぶ何かを思いつくことができない。
 そこにはきっと空なりの論理だった何かがあるはずなのに、考えても考えてもわからないわけで。
「わからない?」
「思いつかないな……」
 答える声には自然と苦汁が滲んでいるような気がした。
 空は少し落胆した様子を見せたけど、それはほんのちょっとだけだった。
「ほんっとーに?」
「うん。何かヒントないのか?」
「だからカボチャだよ? 文化祭はちょうど今月の30・31日だよ?」
「……うん?」
 今月末――10月30・31日? しかも結局カボチャ?
「ほんっっとーっにわっかんない?」
「ぜんっぜんなにも」
「もー。しっかたないなあ、聞きたい?」
「いや別に」
「ええっ。何でそう言うかなあ、ゆーくん」
 驚きで目を見張る空の様子がかわいいから、なんてことは恥ずかしくて言えないので、
「何となくそう言うべきかなーと」
「なんて意地悪な人だ」
 理由になっていない理由を口にすると空は頬を膨らませる。
「冗談だって。聞きたいですから教えて下さいませ空さま」
「ほんとにー?」
「ほんとほんと。で、なんでカボチャ」
 宥めるように言いながら聞くと、空はけろりと機嫌を直した。
「ハロウィンだから。文化祭の時がちょうどだよ」
「ハロウィン……って10月なのか?」
「えええ。知らないの?」
「初耳」
「えー」
 空は信じられないと言わんばかりの表情で俺を見て、
「信じられなーい」
 実際そう呟いた。
「っても、確かに言われたら今の時期だった気もするけど、分からないだろ普通」
「分かるよー。わかる。だってこないだ新聞にも記事載ってたよ?」
「新聞!」
「うん新聞。家庭欄」
「中まで読んでるとは意外だな……」
 少なくとも俺は一面とテレビ欄・スポーツ欄くらいしか見ない。
 家庭欄でハロウィン。どういう記事なんだろう。
「失礼なー! 結構面白いんだよ、人生案内」
「しかも人生案内でハロウィン?」
「いや、ハロウィンは人生案内の上にね。ハロウィンのカボチャの記事が載ってたの」
「へー」
 それでハロウィンな出し物か。
「お化けの扮装してお菓子売るの。買ってくれなきゃいたずらするぞーって」
「それは脅してるんじゃないか?」
 突っ込んだところでもう既に空は聞いていなかった。
 スキップしそうな足取りでぶつぶつ計画を練っている。
 クラスの採決がまだだというのに、もうすっかり決まった気分らしい。
 それで決定するかは分からないんだけど――文化祭目前まで出し物が決まってない理由の大半は、担当である文化委員の片割れである空ともう一人の却下だったから、空が乗り気な以上は通る可能性も高いんだろうけど――。
 コスプレで脅しつつ菓子販売って何だ。
 もう一方の片割れ、空の親友がうなずくかどうかが俺には微妙に分からない。
 「面白いんじゃないそれ?」 そんなことを言って乗り気になりそうな気がする。
 総却下の理由が「月並みっぽくて面白くない」だったから……コスプレ脅し菓子屋はその片割れにはウケそうだ。
 空はうきうきとずんずん前に進んでいて、自分の計画がうまくいくものだと信じて疑ってないようだった。
 微妙な距離を保ったままそのうち校舎に突入し、靴を履き替えて教室に向かう。
 さて――空が楽しそうなのはいいけど、コスプレ脅し菓子屋はどうなんだ実際。
 文化祭、ノリは軽いとはいえみんなで仮装して、「買ってくれなきゃいたずらするぞー?」
 大丈夫なのかそれ。
 それ文化祭的に許されるのか?
「あ、水葉ちゃーん」
 自問している内に教室の手前までいつの間にかやってきていて、俺の耳に空の明るい声が届く。
「おはよー。ねーねーねー、聞いて聞いて聞いて」
「うん、なにー?」
 空の親友で文化委員の片割れである井下が歩く足を止めて振り返って、子犬のようにじゃれつく空に笑顔で応じる。
「文化祭お菓子屋さんしようお菓子屋さん」
「月並みじゃない、ソレ?」
「カボチャのお菓子で、お化けの仮装して、買ってくれなきゃいたずらするぞーって、面白くない?」
 空のさっきよりは格段にわかりやすい説明に井下は面白そうに目を見開く。
「それは面白そうだねー。いいね、ハロウィンがテーマのお菓子屋かぁ」
 乗り気だ、すげえ乗り気っぽい。
 実現させるつもりか、コスプレ脅し菓子屋。
「うんそう!」
「仮装の衣装をどうするのかっていうのが問題かな。でもそのアイデアはいいねえ」
「絶対面白いと思うよ」
 二人は口々に言い合いながら教室へと消えていく。
 天然入っている空に比べて井下はまともだけど、面白いこと大好きな性格だから、どうしたって面白そうな方向に事態は転ぶらしい。
 それでも多少は空よりも冷静に考えていそうだから、まあなんとかなるか。
 文化祭まであと一ヶ月足らず、実現していたらぜひ我がクラスのコスプレ脅し菓子屋にどうぞ。
 聖華学園高等部1年3組。
 美味しいカボチャのお菓子とお化けの群がお出迎えします――買ってくれないといたずらするぞ? と。!

   
この話は2004.10.10.、なおさんのサイトのチャット会の際に「ハロウィンをテーマにして話を書こう!」ということになり、書いたものです。 締め切りはハロウィンに間に合うよう10月30日(土)
参加者は
     キロキロ草子合唱譚 なおさん
     Pyon-Pyonpyon あきぴょんさん
     そして弥月の3人です。

とりあえず勇者にはなれたと思います。
これでハロウィンでいい……よねえ。ドキドキ。。

2004.10.19 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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