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精霊使いと国境越え
1.町を目前に
考えてみれば、随分遠くまで来たもんだ。
フラストの片田舎から、いくつかの国を抜け、今またハーディスと隣国の国境近くに迫っている。
国境、と一口に言っても線が引いてあるわけではない。
定められた国境にそって杭が穿たれ、そうでないところは山や川、森なんかで仕切られている。
山を越えようと川を渡ろうと森を突っ切ろうと、隣国へ抜けられるならどうだっていいことではある。
だが今俺たちはと言えば、国境近くの町を目指しているのだった。
要は、まあ食料調達だ。
マーロウでしこたま補給したのになんでもう尽きかけてるんだろう? ついでに、路銀もあやういんだよな……。
森だったらまだきのこなんか採ってどうにかできただろうけど、残念ながら国境の手前で終わっている。
森を突っ切る街道に沿って歩いてたから、このまま道なりに町まで行って食料調達ってのが妥当だ――というのが、レシアが強硬に主張したことだった。
レシアってのは、マーロウで知り合った修行中の魔法使い。
そこそこ可愛らしい顔付きで、長い髪は後ろでみつあみ。とりあえず美少女に分類できるが、絶対こいつはなんかおかしい。性格が。
「修行中同士仲良くしましょ」なんて言われてしばらく一緒に行動することになったのは、いいとして――でもなんで仕切られなきゃいけないんだろう?
コイツは食料よりもふかふかのベッドとか風呂だとかを目当てにしてるんだろう。道中、不満だったみたいだし。
そもそも方向オンチなのに一人旅してたから、街道をそれてマーロウになんか迷い込んだんだろう。俺たちは街道に合流するまでの体のいい道案内ってわけだ。
どうやって街道から道をそれることが無意識にできるのか、俺としてはぜひ聞いてみたいところだ。
わざとじゃなきゃ、ふつう迷えないくらい道幅違うってのに。
途中から街道に合流したもんで、町までどれくらいあるかわからない。
地図で見当つけた分にゃ、夕方までには着けるはずなんだけどな。
田舎――辺境だからか、この辺りに町やら村やらは極端に少ない。あったとしても俺の地図には載っていない。マーロウが載ってたのは……まあ、いいことだったんだろうな。でなきゃ、大変なめになってたろうし。あの町。
それはともかくともかく俺としては、できるもんならまともな飯にありつきたいもんだ。
料理ができないってわけじゃないけど、携帯食と野草とで作ったスープより、肉でも入ったそれの方がうまいに決まってる。
太陽は真上をとうの昔に過ぎていて、夕方までに着けるかちょいと怪しい。
まあ、多少遅くなっても今日中に着ければ文句ないんだが。
『ソート』
黙々と歩く俺に、頭上から声がかかった。
半透明の若いにーちゃんにしか見えない風の精霊、カディだった。
意思もあるわ喋るわ――そもそも変な精霊だと思ってたら、なんというか精霊主……風主だったってのには驚いた。
風主っていったら風の精霊全てを配下に置く、偉大な精霊のはずだってのにこいつは全然それらしくない。
この世界と同じ位――数千年は生きてるはずだってのに、年を重ねた重みなんてもんが見られない。
知り合いって言っていいもんかどうかはさておき、俺はフラストの国王様を見たことがあるが、その国王様の方がよっぽど人間できている。
ま、カディの同僚、水主こと水の乙女ことスィエンと比べたら、それらしいんだけど。
そのスィエンはと言えば、彼女も『暇だからついてくのだわー』と言い張ってたんだけど、カディに優しく諭されて諦めていた。
『まだ本調子じゃないでしょう? なにかあったら私が困ります』
しつこくついてくると言いそうな感じがしたのに、そうカディに言われて意外とあっさり引いたのはちょっと驚いた。
どこかヌけてる割には意外な実力持ちだったじいさんのせいで、力の大半を奪われたんだ。彼女は。
精霊主という実力か、あっさりそれを取り戻したけどやっぱり本調子じゃないんだな。あっさり引いたってことは。
ただ『いつか追い着くだわよ? 覚悟するだわ!』と負け惜しみを言ってたけど。
そんなに暇なのか精霊主の仕事はっ?
なんか、知らなくていい知識ばっかり増えて俺の幻想は打ち砕かれっぱなしだ。
それにしても、カディはあのじいさんに相当しつこく聞き込みしていたけど、なんか収穫はあったんだろうか?
その尋問の様はますます「年輪を重ね、落ち着いていなくてはならないはずの精霊主」にしてはこう、大人気ないうえになんか怖かったから途中で席をはずしたんだけど。
詳しく聞くのも、あれだしなー。
しっかし、カディが精霊主……やっぱ、なんか間違いな気がするって。はー。
『どうしました? 溜め息なんか』
カディが怪訝そうに言う。
『おなかがすいたんですか?』
「さっき食べたばっかでしょ?」
おまえら、なんか俺のこと誤解してるだろ?
「うるさいな。ともかく、カディ――様子はどうだった?」
いちいちため息の理由を説明するほどのことでもないし――それに説明して気を悪くされても困るし、俺はカディを促した。
上空から様子を探ってもらってたんだ。
『そうですね、ちょっと雲があってよく見えなかったですけど』
そう前置きしてカディは続けた。
『近くに町はあるようです』
「それはわかってる」
『あはは』
あははじゃねーし。
カディは少し考えた。
『私ならば数分で着ける距離ですね』
だから、あとどれくらいなんだよ、それ?
不満に気付いたわけじゃないだろうが、カディは続けた。
『歩いて二時間くらいでしょうか?』
なんとか夕方には着けるんだな、っつーことは。
2005.05.06 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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