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精霊使いとくりすまー
0.きっかけは雪の日(師匠視点)
「くりすまー、したい!」
外で遊んでいたソートがバタバタ駆け戻ってきたのは外に出て結構な時間が経った後だった。
「はあ?」
俺は突然妙なことを言い始めたソートをまじまじと見返した。
くりくりとした大きな瞳は今は真剣な色を宿している。手はぎゅっと握りしめすぎてふるふると震えている。
今日は寒くて、おまけに外には雪が降り積もっている。寒さを風の精霊が和らげてくれていてくれたとしても、完璧ではなかったからってのもあるかもしれない。
「くりすまー」
「……んん?」
俺にとって意味不明であるその言葉をソートは馬鹿みたいに繰り返した。
いや、馬鹿にしちゃいけないのはわかってる。子供だから仕方ない話だけどな。
「まあ座れ」
書き物の手を止めて、俺は隣の椅子を叩いてやった。
「ほれ」
ぷるぷると手を震わせたままだったソートは重ねて勧めてやると椅子をうんしょと登る。
向かい合うように椅子を調整して視線を落とす。
まっすぐ見つめたソートの瞳はやっぱり真剣そのもの。
「くりすまー、するの!」
「なあ、それってなんだ?」
その謎の言葉は心底意味不明だった。
大体、俺が知らなくてソートが知っていることがあるってこと自体が不思議な話だ。
じっとソートに視線を合わせながら記憶をたどる。舌っ足らずなソートのことだからちゃんと発音できているかどうかがまず怪しい。
似た言葉似た言葉……。
首をひねって考えても思い当たる節がなくて何となく悔しい。
ソートの方もそれは同じらしかった。
何とも言い難い表情で俺を見返してくる。
それはわかってもらえない事実に悔しそうにも見え、そのことを不思議に思っているようにも見える。
「うあー」
そして今にも泣きそうだ。頭の中を慌ててひっくり返してもやっぱり思い当たるモノがなくて、焦る。
「ちょっと待てーっ」
なんつったところで子供が泣くのを止められるってもんでもないけど。
少しずつ歪む表情が、俺にとってはカウントダウン。
慌てて肩に手を置いて泣くなと軽くなでてやる。
「ソート、あのなほら、えーとだな」
わずかに涙のにじんだ瞳で見上げられるとどうしてくれようかと思う。
くそう、泣くなんて卑怯だぞ。
「くりすまーってどういうことなのか教えて欲しいなあ」
なっ、と笑顔で視線を合わせてみた。唇をとがらせるソートの頭をくしゃりとして、浮かびかけた涙をぬぐってやる。
「そんな言葉だけじゃ、さすがの俺も何していいかわからんぞ?」
茶目っ気たっぷりに問いかけてみると、何とか泣くのだけはこらえてもらえたらしい。
「くりすまーって、一体どこで聞いたんだ?」
「えっとね」
記憶に引っかかる何かを言ってくれと念じながらじっとソートの言葉を待つ。
もったいぶったわけでなく記憶を思い起こすような沈黙を挟んで、ソートは張り切って口を開いた。
「前ね、グラウトが読んでくれた!」
「――って、殿下かよ」
いきなりすごい名前を出すよな……。
「殿下?」
「あー、いやグラウトが。そうか、そんでそのグラウトが何を読んでくれたんだ?」
「ほん!」
張り切った声のままソートは元気いっぱいに叫ぶ。
「そうか、本か……で、くりすまーってなんなんだ?」
「ごちそうがいっぱいでパーティ! 赤いおじさんが白いひげでえんとつなんだ」
「んんー?」
悪いがさっぱり要領を得ないんだが。
ソートは自信満々で胸を張る。それだけじゃ理解できねーってば。
いやしかしここでわからないなんて言えない。
言えないだろ? 期待できらっきら輝く瞳で見つめられた日にゃあ。
俺でなくてもきっと言えない。
何となく意図は読めた気はするけど――パーティしたいってこと、だよなあ?
おじさんやらひげやらえんぴつはわけわからんが。
それともそれは何か重要なキーワードなのか?
……わからん、悪いけどさっぱりわからん。
「ししょお?」
どういう意味か想像を巡らせている俺をソートが不安そうに見上げる。
「あー、いやどうするかと思って」
「くりすまー、するの!」
「やる気満々だね、お前は」
断固として意見を翻さないお子様だ。
やりたいならやりたいで、その意味を明確に述べて欲しいもんだ。
いや子供に言ってもどーしよーもないけどな。わかってるさ。
「あー、じゃあなあ」
せめて想像しやすい何かを言ってくれればいいのに、未知の何かを言うんだからしょうがない。
「とりあえず、フラスト行くか」
だとしたら原因に話を聞くしかあるまい。
「殿下――いや、グラウトも一緒にくりすまーの方がたのしかろ?」
ソートは一瞬息を飲んで、その後に満面の笑顔でうなずいた。
2006.11.26up(メールお礼画面よりサルベージ)
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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