IndexProject2007夏企画

車中編1

「ま、そんなことはどうでもいいんだけど。寄り道ってどこに行くの?」
「にーちゃんの彼女の家」
 気を取り直して問いかけた麻衣子は目を見張って言葉を失う。
「彼女ーっ?」 
 代わりに大げさな声を上げて目の前の運転席を見たのは篠津だった。
「コナカに彼女がいるなんて、俺の知る限り聞いたことがないんだが」
「そりゃ、知られてないからねえ。あ、この話もオフレコね?」
 半分振り返って武正がしっと口に指を立てる。未夏が「にーちゃん前見て前っ」と叫ぶから、はっとしたように前を向いて運転に集中していく。
「オフレコって……」
 コナカタケノジョーと言えば、篠津でも名前を聞いたことがある有名人だ。あっさりと正体を明かし、おおっぴらに出来ないことを口にするとは、会ったばかりの妹の友人を信用しきっているらしい。
(いや待てよ……)
 篠津はふと思いついて、考え直した。
(春の彼女は、春と自分の兄さんが似てるとか言ってたらしいじゃないか。ということは、だ――あんまり何も考えてないんじゃないか?)
 その考えはしっくりと篠津の胸に落ち着いた。妙なところで考えなしな友人に振り回された記憶が蘇ってきたのでなおさらだ。
(ま、実際、俺たちの誰かが軽々と人の秘密を喋ったりするわけがないからいいんだが。一番口が軽そうなのは、春だしな)
「新君、未夏ちゃんのお兄さんって、有名な人なの?」
 一人納得していた篠津は後ろから突然自分の彼女が問いかけてきたので驚いた。
「知らないのか?」
「知らないから聞いたの」
 コナカタケノジョーと言えばかなり有名人だ。それを知らない小坂に驚きを覚えつつ、当人が気を悪くしてないか確認したら気付いていないのか鼻歌を歌っている。
「あー、えーと、歌手だな。何年か前に深夜ラジオもやってたから、俺はその印象の方が強いけど」
「ラジオ?」
「ああ。番組名は忘れたが、毎回リスナーを変な名前で呼ぶ変なノリのラジオだった」
「変な名前?」
「夏だと風鈴とかサボテンとか言ってたな」
 小坂が驚いたように目を見張るので、「嘘じゃないぞ」と篠津は言い足した。
「なつかしーねー!」
 それでもまだ信じ切れない様子の小坂を説得するように当人の声が響く。
「今夜も楽しくやっていきましょー。今日の司会ももちろんいつもの俺、コナカタケノジョー」
 軽い言葉が篠津にとって懐かしい番組のオープニングを再現する。ちゃらちゃららっらー、とその声はさらにテーマソングを続けた。
「さて、今日はみんなのことをそうめんと呼ぼう!」
 ぶはっと坂上が吹き出し、その隣で未夏が大きく頭を振っている。
「そうそう、大体こんな感じの始まりでさ」
「お兄さん、ホントにそんなこと言ってたの?」
「うん。最初冗談でやったら意外とウケが良くて。なつかしーなー。最初は楽しかったけど段々ネタが尽きてきて大変だったんだよねー」
 篠津の言葉に被さって、坂上と武正がやりとりしている。小坂は何とかそれを事実と飲み込んだようだった。
「あー、噂には聞いたことがあるわー。コナカのぶっ飛んだ深夜ラジオ」
「ぶっ飛んだというか、明らかに変じゃないかそれ」
「歌は真面目なのに、語りがおかしいのよねコナカって……祐司知らないの?」
「興味ない」
 すぱりと切り捨てる祐司の言葉に麻衣子は青くなったが、一番に武正がわははと笑った。
「もう何年前だっけなー。若気の至りですよ、うん」
「今もそう成長してないと思うの、私だけかな」
 言い訳にやんわりと未夏が指摘する。自覚はあるのか武正はうっとうなって静かになった。

2007.08.29 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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