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精霊使いと国境越え
精霊を呼び出す歌には、決まりなんてない。
ただ昔から伝えられた歌だけが、精霊を呼び出すと言われている。
地水風火それぞれの精霊が好む歌があって、それを歌えば精霊が近寄ってくる、そういったものだ。
古くから伝えられる、すでに言葉さえわからない歌だから、正確になんて歌ってるか俺にもわからない。
地・水・風・火、それぞれが好む歌があるから――つまりそれである程度呼ぶ精霊を指定できるわけだ――多分それぞれの精霊についての歌詞なんだろう。
そのあたりが正確にわかるんだったら、それこそちゃんと指定して呼び出すって事ができるかもしれない。ただ精霊には普通自我がないから、あえて選んで呼ばなければならないと言うことはない。
……そうだよな、カディを筆頭に常識外の精霊に会ったから迷っただけで、普通精霊を選別して喚ぶ必要なんか全くないんだ。
俺は歌いながらそんなことにようやく思い当たった。
そして――普通は精霊主なんか呼んだりしないから、適当でいいとしか言いようがないのかもしれない。
そんな風に思いながら歌っていると、しばらくして周囲の温度がぐっと下がった。
いつのまにか閉じていた目を開けて、意識を凝らすと精霊が集まってきているのが見える。
だから気温が下がったように思ったんだろう。
ふわ、ふわと水滴のようなものが辺りを漂って、それが集まって精霊の姿が現れる。
ひとり、ふたり――たくさん。
意外とたくさんの水の精霊は次々と現れて、辺りを舞うように飛び回った。
きれいで、幻想的な光景だ……ここが武骨な宿の一室でなければだけど。
まあ、光景が目的じゃあない。
歌はどんどん進み、楽しそうに水の精霊たちは躍る。でも、スィエンがこなければ歌った意味がない。
むしろ、周囲の水の精霊を一ヶ所に集めてしまって、自然のバランスを崩すのは余計まずいんじゃないだろうか。
やっぱりカディなりチークなりが彼女を呼び出した方が早くて確実だったんじゃ――っと。
非難を込めてカディ睨もうとしたときに、さらに空気が冷えたように感じたんで、俺は精霊達の方に視線を戻した。
新たに水滴のようなものがいくつも浮かんで、それが寄り集まって一つの姿を作る。
それはちょうど人くらいの大きさで現れた彼女はふわりと地面に降りた。
半透明で、実体はなくて、そんな必要はなさそうなのにしっかりと地面を踏み締める。
水の精霊達はどこかうれしそうに彼女に彼女にすりよった。
最初にこんな風に現れたんだったら、精霊主だってあさりと信じたかもしれない。
『うにょ』
そんな感想を抱く俺の思いはその第一声で崩れたけど。
なんなんだうにょって!
彼女は俺の感想を知る由もなく、手をさっと振った。
『悪いけども先約だわよ。持ち場に帰るのだわ』
その言葉に精霊達は不満そうに俺を見た。
いや、そりゃあいきなり呼び出された上に帰れって言われたら呼び出した俺をうとましく思うだろうさ。
『残念なのだわね――次の機会を狙うだわよ』
言われて仕方なさそうに水の精霊達は消えた。もといた所に帰ったんだろう。
満足げな表情になってスィエンはこっちを見た。
『さー、ソート! 久しぶりっぽいのだわ。水のことでお困りならこのらぶりースィエンちゃんにお任せだわよ!』
彼女は胸を張った。
「元気だな」
『元気なのがスィエンの取り柄だわよ』
ちらっとカディを見ると、心配して損したかもしれない、と顔に書いてあった。
『で、何の用だわ? 水のことなら何でもお任せだわよー』
『何度も言わなくてもわかりますよ』
呆れた声でカディが言うとスィエンは俺からカディに視線を移した。
『カディ、ちゃーっす』
『ちゃーっすって……いえ、いいですけど。ところで……元気そうですね』
『スィエンが元気だったら都合でも悪いだわ?』
『いえ、あなたが元気でしたらうれしいですが』
さらっとカディは答えて、不審そうに顔をしかめたスィエンはにっこりと笑う。
『にゅ、だったらいいだわけど』
『ところで、何か異常は感じませんか?』
カディがそう問いかけると、スィエンは首を傾げる。
カディをじっと見て、俺に視線を移して、レシアを見て。
『あ、チークがいるのだわ!』
「異常……?」
チークがぼそっと呟く。不満だったのかもしれない。
『他に何かあるのだわ?』
不思議そうに彼女が言うので、俺とカディは顔を見合わせた。
「――無駄呼び?」
『無駄ってことは……ないかと……』
俺が聞くと、カディは消え入りそうな声で答えたのだった。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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