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精霊使いと国境越え

 一番最初に歩き始めたのはレシアだった。
 その後ろをスィエンが追いかける。さらに後をチークとカディが追って、俺は最後尾につくことになった。
 チークの指さした方にずんずんまっすぐに進むと、違和感が少しずつ少しずつ大きくなるのがわかる。
 下生えの草が突き進むに従って力を無くしていくのがのが印象的だった。
 歩き始めて30分くらい、ついに見る限りの草が枯れ果ててしまったときに、チークが大きい声を出した。
「ここだ」
 レシアが驚いて振り返る。その驚愕の顔つきは、「ここがその場所なの」と問いかけるよりは「そんなに大きな声出せたの」とでも言いたげだった。
『これは――気合いを入れていないとやられそうですね』
 カディが呟く。
「やられる?」
 問い返す俺にカディはこくりとうなずいた。
『大丈夫ですか? スィエン』
『へーきだわよ』
 にっこりとスィエンは言うけれど、その顔はあまり平気そうには見えなかった。はじめてあったときでももうちょっと元気そうじゃなかっただろうか。
「やられる、ってなんだ?」
 スィエンの返答に難しい顔をしていたカディはその問いにこっちを向いた。
『何かが私たちを歪めようとしていますね』
 目を凝らして俺は辺りを見回した。
 はっきりと意識をしなければ精霊たちの姿が見えない。強い精霊は――カディをはじめとして――見ないように意識していてもこちらの意図に反して見えてしまうことがあるけれど、はっきりと意識して目をこらさなければ精霊たちが見えてこないというのも珍しい。
 前のマーロウの時の、精霊が消滅して、数が少なく弱っていたときとは違う。
 確かに存在するのに、よく見えない。よく見えない精霊というのは、自ら姿を隠しているか力が弱く姿を明かしにくいかのどちらかだ。
 そのどちらかを見極めようとますます目を凝らす。どちらかというと、姿を見せたくないような精霊なんだろう。力を感じる。
「歪める?」
 口先だけで問い返す。
『圧力のようなものを感じますね。うまく言えませんが』
 早口でそう言ってカディはすっと、それこそ風のように移動した。
『スィエン』
『大丈夫だわよ』
 真剣な声だった。カディはいつも真面目だけど、その声に力がこもったように思う。
 見極めるのを――歪めるという意味が俺にはいまいちわからない――諦めて、言い合う二人を見るとスィエンまでもが真顔だった。
 ……お、おかしい。
 これがおかしくないのなら、なにがおかしいんだと言うくらいおかしい。
『私は、大丈夫だわ』
 驚いた顔を今度は惚けたようにしているレシアへと俺は近づいた。
「大丈夫じゃないように見えるのは私だけかしら」
 まるで独り言のように呟いて、彼女は俺を見た。
「何か感じる?」
「異常なのは間違いないな。おまえは何か感じるか?」
 とりあえず一番おかしいのはカディとスィエンだが。
「さあ」
 魔法使いとは感覚が違うかなと思ったんだが。
 レシアはちょっと視線を上げて、それから首を振った。
「なにも感じないわね」
 一度顔を見合わせて、俺たちは同時にカディたちを見た。
「歪むって、ものすごーく真面目になるって意味か?」
「それは歪むんじゃなくて更生したとでも言うんじゃない?」
 うーんと腕を組んで、ひどく真剣な顔で見つめ合っているカディとスィエンから視線をもぎはなす。残る一人の精霊主――チークに目をやると、彼だけは変わらずぼーっとしていた。
 スィエンが真顔になるくらいのことが起こるなら、チークが激しく語りはじめるくらいあってもいいと思うんだが、なにも変わった様子はない。
 俺の視線を感じたんだろう、チークはしばらくしてふと顔を上げた。
 そしてとてとてと近づいてくる。
 何か言ってくるためかと少し期待して、期待が大きくなる前にそれを打ち消す。
 案の定、彼はなにも言うことなくじーっと俺を見た。
 見られたって、困るんだけど、なあ。
 困惑した視線を返しても、彼はそれに気づいた様子はない。もし気づいていたとしても表情の変化がないから俺には知りようがないわけだけど。
『本当の本当の本当の本当のほんっとーに平気だと言うんですか?』
『絶対絶対絶対絶対だいじょーぶだわよ』
 変わらない内容の問答を子供レベルに引き下げて、それでもなお真剣な顔つきでカディとスィエンは向かい合っている。
「あれは、その歪むってのに影響されたのか?」
 何となく呟く俺にチークが表情を変えないまま首を傾げる。それを視界の端に確認して、俺は彼に向き直った。
「なあ、あれどーにかできないのか?」
 チークはそれを聞いて珍しく顔をしかめて見せた。表情のあまりない彼のことだからつまり相当嫌なんだろう。
 ――気持ちは残念ながらよくわかる。俺だってなんとなく近づき難いんだから。
 チークはちらりと同僚たちを見てから、再びこっちを向いた。
 表情は元に戻っている。じっと俺を見据えるその視線がやけに真剣なことをのぞいたら、全くいつも通りだ。
 ってなんか真剣なのが伝染してるし!
 内心突っ込んで、その後何となく落ち込む。
 「真面目じゃないのが正常な精霊主」って、どーなんだよ。不真面目なのが正常って言うのかよ。
 そんな俺にかまわず、やけに真剣な瞳で俺を見据えたままチークはゆっくりと口を開いた。
「守護神の怒りを買いたいか?」

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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