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精霊使いと国境越え

 俺はそれを聞いてあんぐりと口を開けた。
 神というのはそれぞれ二つ名を持っている。
 守護神フィリア。
 数ある神の中でも有数の力を持つ女神。武神アブレードと対をなし、人々を優しく守る女神。
 神官たちが使う術でも、守りに関するもののほとんどがかの女神の力を借り受けているという。
 そんな知識が頭の中を右から左へと抜けていく。
 「守護神の怒りを買う」というのは、要するに慣用句だった。
 どんなに温厚な人でも怒ることはあるよという意味でもあり――そして。
 今回の状況から考えて、多分考えられるのはもう一つの意味の方だった。
 俺はカディとスィエンの様子をうかがってからチークを見据えて、開けたままだった口を何とか閉じる。ごくり、と喉を鳴らしてから俺はおそるおそる口を開こうとした。
「つまり……」
 呟いて、唇を濡らす。
 こんな事を気にしている状況じゃないけど、確認せずにはいられない。
「痴話喧嘩、ってこと?」
 言いよどむ俺とは対照的に、勢いよくそれを口にしたのはレシアだった。
 ぐっと身を乗り出して、チークにつかみかからんばかりに近付いて。声には喜々とした響きがあった。
「……違うのか?」
 レシアの勢いにチークは一歩身を引いて、首を傾げながらチークは言った。あまり表情は変わらないけど、どことなく不思議そうな顔をしている気がする。
「いや、違うのかってこっちに振られてもな……」
 改めて問題の二人を見やる。
 「守護神の怒りを買う」のは、つまり守護神が怒るのはその夫であるアブレードと喧嘩する――つまり痴話喧嘩の時だけと言われていて……。
 そういう風に見ようと思えば見えないことはないけど、なあ?
 カディとスィエンがいちゃいちゃするところを想像しようとして、すぐさま諦める。予想もつかない――というか考えたくないことだ。
「うー、まあそれは置いておいて、どうにか止められないのか?」
「……しゅ」
「それはもういい」
 チークが再び同じことを言おうとするのを俺は慌てて封じた。
 止められない、ということを主張したいんだろう。
 痴話喧嘩を周りの者が止めるのがどれほど困難かなんて温厚なはずの守護神が一週間も武神と喧嘩し続けて誰も止められないって神話でも明らかなくらいだ。
「まあ、どちらにしろ言い合ってる場合でもないだろうに」
 俺はその言葉で全部忘れようと思った。誰も同意を返してくれないのが気にはなるけど、レシアやチークにそれを期待しても無理だという気がした。この短いつきあいでも、なんとなく想像がつく。
 レシアなんかむしろ喜々としているし――なんだって女の子ってヤツは恋愛話が好きなんだろう――、チークは真顔で言いたいことを言ってしまってまたぼーっとした表情に戻っている。
 普段なら、一番に同意してくれそうなカディが原因だときている。
 人をあてにすることは諦めて、二人を止めるのも当然諦めて、俺は再び目を凝らして周りを見る。近くに精霊主が半数以上揃っているのに、姿を現すことなく精霊たちは沈黙を守っている。
「もしかして、おまえたちが揃ってるもんだから怖がってるんじゃないだろうな?」
 ふと気付いてチークに問うと彼は憮然とした顔ですっと手を横に振った。
「……眷属よ」
 ぽつりと呟く。配下たる地の精霊に何かを命じたのかもしれない。
 姿は見えないまでも感じる精霊の気配が一瞬震え――そして何も起こらない。
 チークが何を命じたのかはわからないけど、何か変わった様子もないし一瞬ほんのわずかだけ気配が震えたことしか俺にはわからなかった。チークに視線を移すと、彼は短い息を吐いた。
「……出てこない」
「精霊主でも見えないのか?」
 驚いて俺が尋ねるとチークはこくりとうなずく。
「そりゃ……ますます異常だな」
「どゆこと?」
「精霊の存在は感じるけど、姿が見えない」
 レシアが聞いてくるので俺は簡単に説明した。
「おかしいって言えるのは精霊が見えないってこととカディとスィエンだな」
「それを同列に並べるのもどうかと思うわ」
 レシアは不満そうに呟いた。
「痴話喧嘩でしょ? 痴話喧嘩ってのは端から見たらおかしいものよ」
「そこにこだわるなよ」
「現実から目をそらすのどうかと思うわ」
「……」
 レシアをしばらく見つめ合って、俺は先に目をそらした。
「平行線で決着はつかんと思うな。おまえと意見が合いそうにない」
「強情よね。見たまま信じればいいじゃない」
「痴話喧嘩ってより、子供の喧嘩だろがあれは――ああ、そんなこたどうでもいい」
 レシアと言い合ったところで、それこそ事態は改善しない。
「うーぬ」
 腕を組んで、周りを見たところで何か変わるわけじゃなし。
 ちょっと考えてから、目を凝らすのをやめて逆に目を閉じる。
「ソート?」
 チークが――つまり地の精霊主がやっても無駄なんだから意味はないかもしれないけど、精霊を喚ぶ歌を口に乗せる。
 地と、水と、火と、風と。
 順に彼らが好む歌を歌ってみるけれど何も変わらない。
 精霊が近づく気配すらしない。
「ま、精霊主がやっても無理なのにできるわきゃないよな」
 好きなはずの歌にまで反応しないということは、やっぱりどこかおかしいってことだ。
 それがわかったのも前進だと思うことにして、目を開くといつの間にかカディとスィエンが近くまでやってきていた。
「おわっ……どうしたんだ?」
『いい声してるだわね、ソート』
 俺の問いかけは無視してスィエンは言った。
「そうか?」
 歌が聞こえたから、言い合うのをやめたんだろうか。だとしたら歌ったのは全くの無意味じゃなかったってことか。
「まー、それはどうでもいいとして――どうする?」
 ここにきたことでわかったことはあるけれど、わかっただけで事態は全然解決していない。
 そしてここにきてから解決のための努力なんてしていないも同然だ。
 「歪む」だなんて言われても、精霊たちがおかしいことはわかるけど何がどうおかしいのか俺にはわからないし、精霊主ですらわからない上に訳の分からない言い合いをはじめるし。
「俺にはおかしいということ以上はわからない。仮にも精霊主を自称するならそれ以上の何かがわからないのか?」
 精霊主三人は顔を見合わせた。
『わかりませんねぇ』
 答えてきたのはカディで、あとの二人もそれ以上の意見を出す気配もない。
『もう少し辺りを探ってみましょうか』
「……それしかねーのかな」
 もっとここ以上におかしいところもあるかもしれない。カディの意見以上のものも出そうもないから俺はうなずいた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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