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精霊使いと国境越え
そして、もと来た道を戻りはじめる。
行きよりも足取りが鈍いのは、食事の後だというのも関係あるんだろう。
来た道を戻るっていうのが、一番大きいわけだけど。
チークの無口が伝染したかのように、みんなして黙り込んで歩く。
その沈黙が余計重苦しくて足が鈍るのかも知れない。
話題が何かあれば喜んで提供するところだけど、残念ながらそれもない。
柔らかい風が吹いて、いい天気だった。
見える景色には、異常なんて見あたらない。
ただ、精霊の気配だけが普段と違うだけで。それを思うだけでなんだか不安を感じてしまう。
普段近しい精霊の気配の異変が関係しているのかも知れない。
精霊が極端にいなかったときに気分が悪くなったくらいだから、不安になることだってあり得る。
マーロウのその近くでは精霊が全くいないことが異常の原因だったけど、ここでは精霊自体が異常だ。
マーロウの町の近くで精霊の減少で異変が起きていたのは、理由がはっきりとわかる。自然現象を司る精霊がいないのだから、おかしくもなるだろう。
でも今は、その精霊自体がおかしい。精霊がおかしいからどこかおかしいことまではわかるけど、精霊自体がおかしい原因が全く分からない。わからなければ対処のしようがないし、何もできなければこのまま異常が続いてしまう。
一時的なものならまだいいけど、それが広がっていく可能性があるのなら、ここでなんとか食い止めたいところだった。
いや、食い止めなければならない。
このままこれが世界中に広がりでもすれば、食べられるものがなくなってしまう。
それだけはなんとしても避けなければ。食べれないことはないけど、あの苦さには慣れることができないだろう。
辛いものも甘いものも好きだけど、あの苦さはそれ以外の好きになれない何かだ。
そんなことを考えているうちに、確実に足は進んで俺たちは元の場所の近くまで帰ってきていた。
誰ともなく足を止めたのは、示し合わせた訳じゃない。
――歌が聞こえたからだった。
静かな、低い声だ。柔らかく優しい響きで何かを歌っている。
「いい声ね」
どこかうっとりと呟いたのはレシアだった。
「こんなところでふつう歌なんぞ歌うか?」
「そう遠くない過去にこの辺りで歌ってた人には言われたくないわね」
あれはただ歌った訳じゃないっつに。
「それとこれとは話が別だろ」
ぼそぼそと言い合ったのは歌声の主に気付かれてはまずいと思ったからだ。
歌声はレシアの言うとおりいい声をしていた。低く落ち着いた男の声。
声量があるのだろう、辺りに確実に響いている。
その声の方向に目線をのばすと、遠目にその姿が確認できた。
あれは。
「……さっきのとこ、ね?」
呟いたのはレシアだ。
「にしてもなんて声のでかさだ」
言いながら俺は目を凝らした。その姿は遠目だからよく見えない。
同時に耳を澄ませると、ようやく歌詞が聞き取れるようになってきた。とはいっても、その一字一句がわかるわけでもない。
むしろ単語さえ聞き取れない。
ただそれに似た歌を知っているから、何となくわかった気分になる。
精霊の好きな歌に似ている。言葉の響きがそれに似ているから、何か精霊に呼びかけようとしているんだろう。
俺と同じようなことを試みているんだろうか?
「行ってみるか?」
俺は振り返りながらみんなに声をかけた。
でもその瞬間に、続けようと思った言葉を飲み込んだ。
「どうした?」
変わりに一呼吸置いてから、カディに問いかける。
堅い表情で前方を凝視していたカディが我に返る。
カディよりも他の二人の方が深刻に見えた。
スィエンは顔を歪めているし、チークは実体が揺らいでいる。
『スィエン!』
カディは鋭く叫んで、スィエンの腕をとった。実体がない者同士、触れあえるらしい。スィエンがそれに気付いて惚けたように腕を見下ろした。
『あ、あ〜。ありがとだわカディ』
『どういたしまして。チーク、平気ですか?』
憮然とした顔でチークはうなずいた。
実体をとるのをやめて本来の精霊の姿を取り戻し、ふわりと浮かぶ。
その間も歌は続いている。
その男を、三人は見た。
「どうしたんだ?」
重ねて問いかけると、男を睨み据えたままカディは答えてくれた。
『あれが原因ですね』
「あの男? なんで。俺と同じように歌を歌ってるだけだろ?」
『意味合いが違うだわよ』
『…………』
「どういう意味?」
不思議そうにレシアが聞くのに俺はうなずいた。さっぱりわからない。
『私の声に耳を傾けなさい、すべてから目をふさいで』
「は?」
『私は貴方の親しい友、貴方のことを一番に考える者』
「……カディ?」
『私の意に従いなさい、それは貴方自身のため』
真剣な表情で言うカディを俺はまじまじと見た。異常がとうとうカディにやってきたのかとさえ思った。
カディは俺の思いを感じ取ったのか、こっちを向いた。
『あの歌の内容ですよ』
「わかるのか?」
『当たり前ですよ――自分に従えと言い聞かせている。あれは何者です?』
『知った気配じゃないだわね』
「何者って言われてもな」
答えようもなくて俺は男を見た。
――目が合う。いつの間にかこちらに気付いて、歌をやめている。
精霊の気配がざわりと揺れた。それは、好意とはほど遠いもの……初めて向けられる敵意だ。
「精霊に影響を及ぼすなんて、精霊使い、なんじゃないか?」
背中を冷たいものが撫でる。
精霊が敵意をむき出しにしてくるなんて、これまで予想したこともなかった。
今まで気配さえまともにつかませないで姿も見せてくれなかったのに、嘘みたいに一瞬で周りは精霊だらけになった。
『精霊に悪意を持って命じる者は、精霊使いじゃありませんよ』
カディはきっぱりそう言った。
その言葉が消えるか消えないかって時に、精霊たちは俺達に襲いかかってきた。男の声に従うような形で。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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