IndexNovel精霊使いと…

精霊使いと国境越え

 呟いて、目を凝らす。
 でも目を凝らしてみたところで、揺らいで薄くなっていく精霊がちょっとだけ色を取り戻したようにしか見えなかった。
 考えられる原因と言えば。
『ソート』
 カディに視線を移すと、彼は片手を上げてその手を横に動かした。それを目線で追う――何も見えない。
「なんだ?」
 精霊の姿でも見えるのかと思ったけど、そういうわけでもなさそうだった。
 ただ、その方向はさっき俺達がやってきたその方向で。
「あの男か?」
 考えられる原因はそれしかない。精霊たちをそもそもおかしくしたのはあの男なのだ。
『恐らくは』
 カディがうなずく横をスィエンがふわりと通り抜けた。
『見てくるだわー』
「ちょっとまて!」
 あっさりと言われたその一言に俺は慌てて声を上げて、カディの方はスィエンの手首を思わず掴んでいる。
『うにょ……何するだわカディ』
 妙な声を出して動きを止めたスィエンが繋がれた手を見下ろした。彼女が振り返ったのを見てカディはその手を離すと呆れたようにため息を一つ。
『考え為しに突っ込んでどうするんですか』
『原因を究明して対策を練るのは理にかなった行為だわよ?』
 カディは思ったよりまともによこされた返答に『はぁ?』と間の抜けた声を出し――でもその後には何事もなかったように続けた。
『それに反論はしませんが、貴方が行くことじゃないでしょう』
『それ自体が反論だわよ』
 ひどく冷静なスィエンの突っ込み。
『それで貴方が行って事態が悪化したらどうするんですか』
『聞き捨てならないだわよそれ!』
 むっとした顔をしてスィエンはカディを睨み付けた。
「言い合ってる場合じゃないだろ。全員で移動しよう。俺が歌っている間にレシアがあいつをぶちのめすから――向こうに取り込まれないようにそれをバックアップしてくれたらありがたいんだけど」
 俺が口を挟むとカディとスィエンは顔を見合わせて、それからこっくりとうなずいた。
『我々の誰かがあちらに与するなんて、想像したくないですね』
 精霊主のその強大な力は、普段はある程度封じられているという。それを解き放つのには「精霊主自身が認めた精霊使いの意志」というのは必要らしい。
 その精霊使いが悪人だったらどうするんだと思うんだけど、精霊は悪人にはなびかないからだから大丈夫らしい。
 その「認められた精霊使い」が自分であることが未だに理解できないけど、まあそれ以上に精霊主が俺が予想していたよりもこう、なんというか……違うのでまあいいだろう。
 それに結構適当なことで力を発揮するみたいだし。
「んじゃあ、あんまりひどいことしない程度にがんばれ」
 だから適当に指示を出す。
『了解だわよ〜』
 にこにこうなずいたのはスィエンで、こくりとうなずいたのはチーク。カディはにっこりと笑った。
『我が同胞に手を出したことを後悔する程度に頑張ります』
 ――目が笑っていない。
「うわぁお」
 レシアがこっそり身をすくませる。
 気持ちは、よーくわかる。カディのヤツどんどん性格悪くなってるんじゃないだろうか――もしや出会ってからずっと猫かぶっていたのか?
 そんな疑問を持ちながら、俺達はぞろぞろと前進をはじめた。
 水袋を取り出して、のどを潤して。それから俺はさっきの歌を再び口にする。
 あー、なんか間抜けだ。
『最近ろくでもないことばっかり起きるだわねぇ』
 先行するのはカディとチークで、その後ろにレシア。最後尾が俺で、その横にやってきたのはスィエンだった。
 のんびりといいながら、水袋に手を伸ばす。重量は変わったように思えないから、また冷やしてくれたのかもしれない。
 返事することもできないから視線で「どういう意味だ」と問いかけたつもりになると、彼女は間違いなくその意志を感じ取ったらしい。
『スィエンの力を奪うヤツもいたし、今度は精霊全体を取り込もうとしてるように思えるだわ。一体何なんだわねえ?』
 そんなことを精霊主に聞かれても困る。
 スィエンも今はものすごく真面目らしい。うーんとうなって、首を傾げて、それから『まあ考えても仕方ないだわけど』と一人で納得して結局はいつものへろんとした顔になってそのままふわりとレシアの所へ去ってしまう。
 精霊を歪めようとする意志に抵抗する俺の歌が、精霊をちょっとずつ戻しているみたいで、少しずつ少しずつ彼らは姿を再び現していく。
 そこまで逃げた訳じゃないし、向こうがこっちに近付いてきているとしたらそう遠くない未来に再び相まみえるだろう。
 ある意味貴重な体験かもしれないけれど、この先のことを考えると暗い気分になる。
 だってなー、後ろで歌ってるだけだもんなー。
 絶対それ間抜けだよ。
 そんな俺の気分には気付かず、他の面々と言えば張り切って突き進んでいるようにしか見えない。
 息継ぎの変わりに水をがぶり。
 重くなりそうな足を早めて、遅れないように俺は後を追った。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel精霊使いと…
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.