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精霊使いと国境越え

 カディがぐっと拳を握りしめる。
『なるほど』
 呟いた言葉は低くて、でもそれは冷静さとは遠いものだった。
『我が言葉――などと、偉そうなことを』
『だわねー』
 重苦しく呟くカディを茶化すように口を挟んだのは、言わずと知れたスィエンで。彼女はどうどう、とカディを宥めるようにする。
「減らず口を叩いたところで、事実には変わりあるまい。精霊主より精霊王の、精霊王より神の言葉が精霊たちを縛るのだから」
 饒舌に語って、こっちを見る男の表情は勝ち誇ったもので、近付いていってどつき倒したくなる。
「精霊主でさえも、神は縛る――早めに我に従った方が身のためと思うが?」
 カディは握りしめていた拳を開いた。
『自らを神と嘯きますか』
『……身の程知らずな』
 カディが冷たく呟き、今度応じたのはチーク。無口な彼が呟いたその声は重くて、込められた感情を想像しないわけにはいかなかった。
「悪い話ではなかろう。精霊主の本来の力は神によって封じられている。その強大さ故に――それはおまえ達にしたところで本意ではないだろう? 我に従えば、その封もなかったものとできるのだ。そこの小僧にいいように扱われることもなくなる」
『面白いお話ですねえ』
「ちょっとカディっ?」
 カディの口調が面白そうに変化したことに、男を飽きもせず睨んでいたレシアが慌てて振り返る。カディは手をひらりと振った。心配しなくていいとばかりに。
『訂正しましょう。精霊王の影響力はあまり大きくないですし、私たちや神は精霊を縛るわけでもない』
 カディはちらりとこっちを振り返った。目が合うと彼はにこりと笑った。
『それに、私は別にソートにいいようにこき使われてはいませんよ』
 むしろある意味俺を振り回してるよな……。俺は内心突っ込んだ。
『貴方のお誘いはだから我々にとって何の意味もない』
「その小僧に従うことに益があるとは思えんな」
 男の声にはまだ余裕が見える。
『ばっかだわねー』
 その男に心底馬鹿にした様子でいったのはスィエンだった。さすがに彼女の声にもこれまでにない棘が混じっていて俺は驚いた。
『そーゆー問題じゃあないんだわよ。友達が困っているなら助け合うものだわよ。ソートと私たちは同じ考えを持ってるから、協力してるのだわね、きょーりょく。従うとか命じるとかそーゆー発想はないのだわ』
『価値観の違う方に言ってもご理解いただけないかもしれませんけどね』
 スィエンの説明にうなずいたカディが、冷たく男を馬鹿にした口振りでそう言うに至って、ようやく男は表情を変える。
「そうか、ならば――有無をいわせず従わせるまで」
『無駄ですよ』
「私の言葉に、何の影響もないわけでないだろう!」
 男がそう言ったあとは、もう俺にはわからない言葉が続くだけだった。
「大丈夫なの?」
 心配そうに呟いたレシアの声はやけに早口で、そのあとにやっぱり俺にはわからない呪文を唱えはじめる。
『ソートがまた歌を止めるとかしない限りは』
 いやそれは俺が悪かったから。カディの声にはまだ密やかに棘が混じっている気がするのは気のせいだろうか。
 レシアはうなずいた。
 俺の歌の影響の外では、男に操られた精霊達が渦を巻いてこちらに割り込もうと狙っている。
 反省するのも、その事実に悲しむのも、この戦いのあと。勝ったあとに思う存分すればいい。
 俺は水袋からごくりと水分補給して、せめて大声で歌おうと声を張り上げた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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