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精霊使いと国境越え

 かつて聞いたはずのその言葉は、まるで初めて聞いたかのように俺に衝撃を与えた。
 息が詰まる。
『なーにやってんですかっ?』
 再び均衡が崩れはじめ、カディの怒声が耳を打った。
「なあカディ」
『言い訳は不要ですよ!』
 歌を続けるのは諦めて、怒鳴ってくるカディに笑いかける。
「やっぱりここは俺も参戦するのがいいんじゃないかな――剣は精霊を傷つけない」
 こっちが決定打に欠けるのは、同族を傷つけたくないカディ達が力を出し切れていないからのようにも見える。
『……ッ』
 崩れた緊張感に勝機を見て、男がようやく攻勢に出た。
 精霊主以外の精霊をすべて傘下におさめた男が圧倒的な力でもって動く。
 カディとスィエンとチークがそれぞれ力を振るって、押し戻すように攻撃を受け止める。
「計画はどうしたのよあんた!」
「いや唐突に思い出したことがなー」
 レシアが怒鳴ってくるのに応じながら、俺は数歩前に出た。
『何を思いだしたって言うんですかーっ』
 カディの怒りで空気がふるえる。鳥肌が立った。
 それでももう歌うのは止めにしよう。
 思い出した言葉に従うのはしゃくだけど――それでも、歌い続ける事は師匠の怒りを思い出して段々嫌になってきていたことだし。
 それになにより。
「あのまま歌っていたって、何かが好転するわけでもなさそうだったろ?」
『悪化させてどーすんだわよー』
 スィエンがまともに突っ込みを入れてくる。
「あいつを倒せば、きっと元に戻るだろ? 俺が今しなきゃいけないのは、歌うことじゃない」
 男の攻撃が止み、それを受け流しきったカディ達の力もまた消える。
 俺は剣に手を伸ばした。
「精霊主が三人も味方についているんだ、これほど強力な仲間はない」
 他の精霊がすべて敵に回っても、きっとみょーな精霊主三人は男の影響は受けないと思う。
 内容の分からない歌で精霊たちを元に戻そうとするよりは、協力して男を倒す方がよっぽど現実的で俺らしい。
「そりゃ、そうかもしれないけど――」
 言いかけたレシアは、男が再び動く気配にため息を漏らして。
「まーいいわ」
 また呪文を唱え始める。
 今は他の精霊のことは諦めても、男を倒せばいいんだから。
 剣を抜いて、柄を握りしめ、踏み出す。
 男に向かって一直線に走り剣を振るう――男は緩慢に後退し、彼を守るように風の精霊が柔らかくその攻撃を受け流した。
 剣を振り切って、それから今度は剣を斜めに振り上げる。
 男は後退しながら再び風の精霊をまとった。
『まったく』
 耳元でカディの声。
『私たちが向こうに翻ったらどうするつもりなんですか』
 カディの力が男の周りの精霊を優しく散らした。振り上げた剣の切っ先がわずかに男を捕らえる。
 上着一枚だけ切り裂いて。
『あの言葉には力がある。必ずしも抗しきれる訳ではありません』
 ため息の気配を見せたカディが呆れた声で続けた。
 男がさらに大きく後退しながら火の精霊を喚んだ。
「向こう側に付くつもりなんか、さらさらないくせによく言うよ」
 巨大な炎がこちらに襲いかかってくる。
 スィエンが飛び出してきて、先ほど男がしたように水の幕を張りそれを受け止めた。レシアの魔法に倍する火の精霊の力はスィエンも消しきれなかったらしい。
『否定はしませんが』
 水の幕が消え去り、炎がこちらに向かってくるのは止まない。勢いを減じたとはいえそれは力にあふれている。
『無駄ですよ』
 ちらりとカディに視線を向けると、彼はきっぱりとそう言い放った。
 口の端に柔らかい笑み。手をひらりと炎に向けて彼が力を振るうと、炎が一瞬にして消え去った。
 火は風の力がなくなれば消えるしかない。
 俺達は同時にふうと息を吐いた。
「その辺信用してるんだから、機嫌なおしてくれるとうれしいな」
 そしてそう告げると、カディは少しだけ目を見開いた。それから呆れたような顔をして視線を逸らす。
『うはははははは』
 スィエンがいきなり笑い出し、男を無言で睨み据えながら近寄ってきたチークが俺の肩をぽんと叩く。
 驚いてまじまじと彼を見ると、チークは手の先だけ実体化していたのを俺に見せてひらりと振った。
『いやー、ソート。おもしろいだわねー』
「真剣に言ったんだけど俺」
 スィエンはそう抗議する俺ににやっと笑って、『誉め言葉だわ』と言ってきた。
 納得できないまま、炎を出したきりこっちに攻撃を仕掛けない男に視線を戻す、その時に彼と目があって――そらせなくなる。
 その視線に籠もっているのは、背筋が寒くなるような感情。
 視界の端で何か呟いているように見え、口を動かすごとにその視線にいらだちが増していく。
 何も起こらない。
 そのことを不思議に感じるのが分かったんだろうか。
 カディが近付いてくる気配がした。
『私は人を見る目があると思いませんか?』
 声が震えているのは笑いをこらえているように聞こえて、ますます不思議に思う。
 男はまだ俺を睨んだままに、鋭く何かを叫んで。
『無駄ですよ』
 カディは静かにさっきと同じ事を呟いた。
 でも何の力も振るわない。そのことを不審に思う。
 男の方にも、何の変化も見えない。あの叫び声は周りの精霊に命じた声のはずなのに。
 思わず男から目をそらす。
 カディはにっこり微笑みながら男を手で指し示した。
『捕らえるなら今ですよ』
「は?」
 さあとばかりにカディは告げてくる。
『何見てるんだわよ』
 スィエンが呆れたようにふわりと舞い上がって、すっと前に出た。
 そして片手を上げて周囲を指し示す。
 意味が分からなくて、でもその無防備な動作は危険じゃないのかと言おうとして。
『目を凝らすだわー』
 その言葉に、じっと目を凝らして、ほとんど何も見えないことに気付いた。
 もちろんスィエンは視界に入っていて、離れた位置に男がいる。ただ、さっきまではたくさんいたはずの精霊が見えない。
 一度目をつぶって、意識を切り替える。その目を見開くと状況がはっきり見えた。
「何が起こったんだ?」
 誰ともなく問いかける。
 何で気付かなかったんだろう。こっちと、男と。精霊たちの勢力が逆転している。
 あれほど拮抗していたって言うのに、しかも歌うのさえやめたのに。
 急激な変化に無意識に見るのを止めたんだろうか。
「なあ?」
 わけがわからなくて、カディに視線を向けると彼は面白がっている表情で。
『まあ、とりあえず先にヤツをどーにかしませんと』
 何も答えないまま男を指差した。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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