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精霊使いと魔法国家
1章 7.これが一応
聞くに聞けないうちに、カディは勝手に俺が同意したものと思うことにしたらしい。
『黙っていても事実は変わりませんしね。これが精霊王ですよ一応』
「これ呼ばわりはやめろ」
「……」
『それが一応精霊王ですよ』
「それもたいしてかわらねぇ」
うわあああ。
内心を素直に口にしていいのなら、そんな感じだった。
うわああああ。
カディの言葉はある意味予想どおりだった。
精霊王って。そりゃあ、なんとなーく残る最後の精霊主――火主か、精霊王のどっちかじゃないのかなーとは感じたけど。
うわあああああああ。
「しかもそれをこれ」
「おーい、大丈夫かソート」
精霊王というのは精霊主の上に立つ存在な訳で、すべての精霊を配下に置いたそんな人なはずで……俺を覗き込むオーガスさんは、やけに尊大なのはそれっぽいけどなんとなく俺のイメージしてた精霊王とは全く違う。
なんというんだろうか、精霊王ってのはもっとこう清廉な感じで、落ち着いていて、それで……いや、いや。
そんな幻想はもう捨てた方がいいんだろう。くそー。だめだ、泣きそうだ。
きっと火主だって変なヤツに違いない。もう夢は見ないぞ、俺。
頭を振って、とりあえずオーガスさんから何気なく視線をそらす。今は直視する自信がない。
「ソートちゃん、世の中そんなもんだから気を落とさないようにね?」
変わりに視界に入ったセルクさんが心配そうな様子で呟く。
俺はうなずいた。精霊主が三人も変だった時点で予測しておくべきだったんだろう。
ゆっくり息を吐いて、吸う。
「ご存知だったんですか?」
セルクさんはあまりにも平然としすぎている。
「まぁね。オーガスちゃんの正体が分かっていれば、後は予測ついたから」
『ばらしてたんですか?』
「お前に言われたかないな?」
非難する口調のカディにオーガスさんはそう答えて、なあ? と俺に同意を求める。
こっちに意見を求められてもなー。
「まあ、それなりの事情があったら、ありえるんじゃないかな。俺が知ったみたいに」
やっぱりオーガスさんに何か言うのはためらわれて、カディに向けて言うと珍しく彼は言葉に詰まった。
『それは、そうですけど』
呟いたカディは疑うような眼差しをオーガスさんに向ける。でもオーガスさんはそれを見ても、だからどうしたんだと言わんばかりに平然としている。カディはいつもより倍増しの特大のため息を吐き出して、ゆっくり首を振った。
『どういうお知り合いなんですか』
「知り合いの知り合いだから知り合った。そうじゃなきゃこんな馬鹿と知り合えるはずがないだろ」
「馬鹿って言い方は失礼なんじゃあないのー?」
カディの言葉に答えるオーガスさんの言い方は簡単なもので、しかも馬鹿呼ばわりされたセルクさんに気にした素振りがあまりない。文句は口にしても、どっちでも良さそうな顔で食事を続けている。
「おまえを表現するのに一番的確な言葉だろ?」
「そんなこと無いってば」
気安くぽんぽんと二人はやりとりしている。
『お二人が親しいことはわかりましたが』
そのやりとりを見ていたカディがどこか苛立たしげに前置く。俺の方をちらりと見て、セルクさんを見て、それからオーガスさんに視線を固定して。
『オーガス、貴方が貴族と手を組むとは思いませんでしたよ』
吐き出す言葉にはわずかに非難が含まれていた。
「貴族と手を組んだつもりはないぜ」
オーガスさんはけろりと応じた。
「宿代を浮かせたかっただけだ。まあついでにこいつの思惑に乗ってやってもいいとは思ったけどな」
「ギブアンドテイクって奴だね」
にこにこと呟くセルクさんの瞳の奥にはやっぱりしたたかな色がある。
『貴方が政治に関わり合いを持つとは思いませんでしたよ』
「こいつの情報は役に立つぞ? あと、政治に関わりを持ちたかったわけでもない。そこは間違えんな」
『――そうですか?』
駆け引きの混じる言い合いの論点がわからなくて、聞き流しながら俺は食事を続ける。
『その方にとって、利益だけが大きい気がするんですが』
「不利益の方が大きいよ。そこも間違えないでね? 俺は個人的な思惑で動いているわけであって、出世したいとかは全く思ってないの」
セルクさんが笑みを消す。それだけで真面目で真剣な人に見える。駆け引きの中のしたたかさも消し去った瞳がカディを見据えた。
数秒視線を交差させて、カディは肩をすくめた。
『それを信じましょう』
「よかった」
セルクさんは安心したように再び笑みを浮かべた。
『ですけど、わかりません。どういう思惑なんですか?』
「どういう説明なら面白いと思う?」
『説明に面白さは求めてません!』
セルクさんの軽い口振りにカディが声を尖らせる。それを見てセルクさんはふっと笑った。
「大事な人たちには幸せになって欲しいなって、そういう話」
ふざけた調子の感じられない、静かな声で。浮かべたのは大人びた微笑み。
――実際、俺なんかよりはよっぽど大人なんだ。そんな顔の一つや二つするだろう。
それにしたって頻繁にころころ雰囲気が変わる人だ。
「でしょ?」
俺が思わずまじまじと見ているのに気付いて、セルクさんは軽いノリを取り戻す。
「世の中愛だよ。らぶいずぱわー。愛には力がある、これほんとの話」
「またおまえはくだらないことを言う」
「実際そうじゃなーい?」
呆れたような顔をしてセルクさんの頭をこづくオーガスさんがこっそりと口に人差し指を立ててくるので俺とカディは一瞬顔を見合わせる。
『まあ、確かに愛はパワーだわねえ』
ずっと沈黙していたスィエンが呟くのを聞いて、カディはため息を吐きだしたあと黙り込んだ。
まあ、深く突っ込んで聞く気は俺にはない。だからまあとりあえず、食事に集中することにした。
2005.04.29 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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