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精霊使いと魔法国家

2章 9.子供の事情

「大人の思惑はレイドルと王女の結婚を望んでだけど、本人達はそうでもなかったんだよ」
「政略結婚、だから?」
 ためらった末にうなずくセルクさんの顔は、困ったようにゆがんだ。
「それでもレイドルは王女が初めから好きなようだったけど。素直にそれが言えるような性格でもないし、彼の知る大人の事情が引っかかってたようだった」
 セルクさんは俺やオーガスさんの視線から逃れるように立ち上がって、ベッドサイドの窓まで歩いていく。
「王女様は、最初は素直じゃないレイドルにとても反発してた。今じゃ信じられないくらい仲がいいけどね。大人の思惑と無関係に、二人は純粋に愛し合ってる」
 窓を開けて振り返る、そのセルクさんの顔はこれまでで一番真面目だった。
「レイドルが素直じゃない一番の原因は、幼くして家を追い出された弟の存在だった。弟を踏み台のようにして、自分だけ幸せになっていいのかって、ずっと――きっと、今でも悩んでる」
 それで、俺にその弟のフリしろって話につながるわけか。
 放火事件が云々がメインじゃなく、王女様の未来の旦那様であるレイドルさんって人のことを心配している――そんな空気がひしひしと伝わってきた。
 出来る男は一つの手にいくつも意味を込めるのよ、なんて冗談めかしたセルクさんの声が蘇る。
「嘘付いたら、その方がその人傷つくんじゃないか?」
「そうかもねえ」
 俺の言葉に意外とあっさりセルクさんはうなずく。
 拍子抜けする俺にセルクさんは笑顔を向けた。瞳の奥は、やっぱり何かをたくらんでいる色。
「ソートちゃんにはごくふつーに、レイちゃんの相手をして欲しいんだ」
「いや相手って、次期国王様と一体どう接点を見いだせって言うんだ」
「レシィちゃんのこととか、ソートちゃん自身のことを話したらいーんじゃないかなあ」
 ちょっとだけ沈黙を挟んでセルクさんはけろりと言う。
「何でそこでレシア?」
 問いかける俺に、ふっふっふーとセルクさんは楽しそうに笑う。
「だってレイちゃんがレシィちゃんの手紙を届けたい残りの一人だし?」
「え、は、ええええええええっ?」
 驚きで声を張り上げる俺を見るセルクさんはいたずらに成功した子供のような顔をしてる。
 次期国王様の知り合いって、何者だお前レシアー!
「シーリィちゃんが王女様なんだよね」
「王女様までちゃん付け……」
 言いかける途中で、違和感を覚える。
 シーリィさんが王女で。
 そのシーリィさんはレシアの従姉妹で。
 それって……。
「多分正解」
「何の話だ?」
 俺に向けてつぶやくセルクさんに、オーガスさんが不審そうに問いかける。
「ソートちゃんに手紙を言付けた人が、王女様の従姉妹、つまり王弟のお嬢様ってことー」
「それ、敵なんじゃないか?」
「大人と子供の事情は違うんだよ、オーガスちゃん」
「それはさっきも聞いた」
「大人の事情に踊らされる子供じゃなかったんだよ、三人とも」
「ほほう」
 面白そうにうなずいたオーガスさんはどこか納得した様子で、俺は俺でまあそんなことがあるのかなと何とか事実を飲み込む。
 王族だったのかレシア。そりゃ、なんか妙に偉そうだなあとは思ってたけど……。
 そういや、さっきエレフ家がどーのとか言ってたよな。そういやそんな名前名乗ってたよ――レシア・エレフって。
 予想もしてなくて、思い出しもしなかった。
「そもそもソートちゃんがレイちゃんに会う理由はあるし、ついでに弟の真似事しても良さそうじゃなーい?」
「それとこれとは話が別だろ」
「えー」
 不満の声を上げるセルクさんはさっきまで真顔だったのが嘘みたいだった。
「でもレイちゃんにも会ってもらわないといけないし、放火事件の方に関わってもらえるのはありがたいけど遠慮して欲しいというか」
「結局そこかよ」
「うむ」
 真面目なフリでうなずくセルクさん。オーガスさんが嘆息する。
「もしかしたら、弟かもっていうなんてーのかな、期待? そういうのをレイちゃんに持って欲しいわけ。食事でも一緒にしたら、ソートちゃんが幸せそうなのも分かるし。もしかしたら弟かもしれないソートちゃんが幸せそうなら、レイちゃんも気が楽になるかなあ、なんて」
 なんだか微妙に引っかかる言い方。
 俺の幸せは食事なのか……?
「駄目かな?」
 俺の目の前まで戻ってきて、セルクさんは真顔で目線を合わせてくる。
「弟かなあと思われるのが嫌とは言わないけど」
「ほんとっ」
 本当にうれしそうなセルクさんにこくんと一つうなずく。
 セルクさんは強引に俺の手を取ってぶんぶんと上下に振った。
「でもそう思われるとは限らないぞ?」
「それはそうだけどねー」
 言いながらセルクさんはにっこりした。満面の笑顔の片隅に、間違いなく何かたくらむ色がある。
 それがなんなのかは聞けなかった。
 まあ、悪い人じゃないし本気で娘婿さんのことを心配してることは分かったから。
 妙なノリで娘婿に何か吹き込むんじゃないかなーとは思ったけど、まあ。この人ならうまいように立ち回るんだろうな、なんて思う。
「てなわけでソートちゃんの同意は得たよ、オーガスちゃん」
「俺の方が先約なんだけどな?」
 棘の混じる声でオーガスさんは言う。
「別に俺がオーガスさんに協力しても問題ないと思うけど」
 オーガスさんは俺を見た。
「男に二言はないもんなー?」
 我が意を得たりって顔。
「ああ」
 今更嫌だって言うのも気が引ける話だしそれにうなずいてみせる。
「だからどっちも、協力する」
 オーガスさんは呆れて口をゆがめて、セルクさんはおお、ともらした。
「いいこだねえソートちゃん」
 子供をあやすような口ぶりでセルクさん。
「いや、そういう問題でもないだろうがセルク。お前的にはそれはまずいんじゃないか?」
「んー。大丈夫じゃないかしら」
「お前自分の立場わかってんのか……?」
 あくまで気楽なセルクさんにオーガスさんが押し殺した声で尋ねる。
「一応ね」
「ほー、一応か」
「こわいわよオーガスちゃーん?」
「だからちゃんは止めろ」
 いやむしろ何でそこで女言葉。
「堅いなあ」
「セルクさんが軽すぎるだけだと」
「お褒めにあずかり光栄の至り」
 にっとセルクさんは笑って、そんでもって俺をじっと見た。
「ソートちゃんが言うなら仕方ないなあ。でも、一応レイちゃんの弟かもしれない人の真似をしてもらう以上出来ればソートちゃんにはあんまり動いて欲しくないんだけどなあ」
「問題だとは思ってるワケね?」
「まぁねえ。ソートちゃんがオーガスちゃんに協力するってのなら、止める権利はないけどさあ」
 ぶつぶつ言うセルクさんはオーガスさんを見ながらちらりちらりと意味ありげにこっちを見る。
 これ以上流されてやる必要はないからなって軽くにらむとセルクさんはオーガスさんの方にぴたりと視線を縫い止める。
「ソートちゃんが行くってのなら、俺もついて行かないわけにいかないかな」
「……お前絶対分かってねえ、自分の立場分かってねえだろ」
 オーガスさんのうめくような声にセルクさんはそんなことないよーと気楽に応じる。
「要するに俺ってばれなければいいし、ソートちゃんだってこともばれなきゃいいんでしょ?」
「何考えてるんだお前」
「面白いこと?」
 つぶやくセルクさんの言葉は何故か疑問形。
 オーガスさんは大きなため息をもらす。
「俺は一応当事者だし、混じる権利はあるでしょ? 精霊を見ることも出来るしね」
「手は多いのは、ありがたい話なんだがね」
 応じるオーガスさんはとても苦い顔で。
「お前絶対ろくなこと考えてないだろ」
「そんなふうに見える?」
 まあどーでもいいけどなって顔してオーガスさんは肩をすくめる。
 見えます、なんて突っ込めなくて俺は黙っていた。
 何か企んでいそうに見えるけど、そう悪いことじゃないと思ったからなんだけど……その後激しく後悔することになるなんて、まさか思わなかった。

2005.09.09 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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