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精霊使いと魔法国家

3章 9.連帯感

「彼は?」
 カディは片眉をくいっと上げて、答える気はありませんって感じにふっと笑った。
「カディちゃん。ソートちゃんのお友達の風の精霊だって」
 セルクさんの説明は決して間違ってない。でもレイドルさんはそれに顔をしかめる。
「尋ね方が悪かったですね」
 カディからセルクさんに視線を戻して、レイドルさんは思案するように沈黙。
「――どう聞けばまともに答えてもらえるんでしょうか。なぜ彼はしゃべるんですか? それ以上になぜ貴方のシナリオを伝言してくれたんですか? むしろ」
 いったん言葉を切って、レイドルさんはぐっと身を乗り出す。
「貴方には精霊が見えるんですか?」
 気圧されたかのようにセルクさんは上体を反らした。
 動じないセルクさんがそんなことをしたくらいだから、真正面から見ると迫力があったのかもしれない。
「いやあ」
 セルクさんは少しだけ真面目さを取り戻して、苦笑する。
 あー、そうか。セルクさんもレイドルさんも、お互いが精霊が見えるなんて言ってなかったんだ。そりゃさすがのセルクさんだって説明に困るかも。
 カディに話を聞いたっぽいセルクさんの方はレイドルさんが見えるって知ってたんだろうけど――レイドルさんにとっては予想外のことだっただろうし。
「なんというか、ねー?」
「俺に同意を求められても」
「だーってー」
『何で私を見るんですか』
 俺とカディを順に見たセルクさんは、諦めたように肩を落とした。
「カディちゃんは力がある精霊みたいで、任意の人に姿を見せて声を届かせることができるみたい」
 セルクさんの説明は嘘じゃない。微妙に真実と異なるけど。
「その精霊が、なぜ貴方に協力してくれるんですか?」
 疑わしそうな眼差しをセルクさんに向けて、レイドルさんが問いかける。
「俺は精霊使いじゃないよ?」
「そうであっても驚かない自信はありますけどね」
 辛辣に呟くレイドルさんの言葉にセルクさんは苦笑い。
「レイドル、君は俺のことを変な風に誤解してる」
 真面目な顔と声。
「彼が俺に協力してくれたのは、その方がソートちゃんの益になると判断したからでしかないよ」
 セルクさんが向けた視線の先で、面白くなさそうな顔でカディは首肯する。
『好きで協力したわけではありませんよ』
 顔中に不満だと書いてある。
 気の乗らない精霊を思い通りに動かすなんて、どういう魔法を使ったんだセルクさん……。
 レイドルさんはカディとセルクさんとを見比べた。何か言いたそうな顔で頭を振って、嘆息。
「あり得るんですか、そんなこと?」
「さ、さあ」
 俺に聞かれても困る。
「普通精霊は気に入らない人間には見向きもしないけど、でもカディは――ちょっと変な精霊だし」
『失礼なことを言いますねえ』
「だって変だろ? しゃべるんだし」
 まさか精霊主だって言えないだろ、ってしばらく前と同じようにちらっとカディを見ると、彼は仕方なさそうに口をつぐむ。
 俺はレイドルさんに向き直って、手でセルクさんを指し示した。
「詳細はわからないけど、セルクさんならカディを言いくるめそうな気がしませんか?」
「無理に丁寧にしなくて、いいですよ」
 レイドルさんは何か言いたそうな顔のまま、まず言った。
「そういう問題なんですか?」
 続く問いかけは俺に向けて。
「実際、カディは仕方なく協力したみたいだし、そうじゃないかと思うけど」
「言いくるめたなんて人聞き悪いなあ。言い負かしたで」
「言い負かしたも大して変わりませんよ」
 レイドルさんの言葉にカディは深くうなずく。
「そういうことにしておきましょう」
 自分に言い聞かせるようにレイドルさんは言うと、肩の力を抜いてセルクさんに椅子を勧めた。
「うまくいったからいいようなものの、私が驚いて話にならなくなったらどうするつもりだったんですか」
「そーんな風にレイちゃんがなるわけないでしょ」
 セルクさんはにっこり、底の知れないステキ笑顔。目を見開いて固まって、言葉を失ったレイドルさんはただため息をもらした。
「信頼していただけるのはありがたいですけど――」
「レイちゃんもソートちゃんも、打ち合わせがなかったからこそ動揺がいい感じに久々に再会した兄弟っぽさをアピールって感じで! なんてーの、ほら久々過ぎて感覚がつかめてないみたいな!」
 ぐぐっと拳を握りしめて、セルクさんは身を乗り出した。
 レイドルさんは呆れたように肩をすくめ、やっぱりため息をもらす。
「何を意味不明なこと言ってるんですか」
「そんなことないよー、ねえ?」
「シーファスに同意を求めるのはやめてください」
 えー、だってー、なんてセルクさんがくねくねするのをレイドルさんはぎんっとにらんだ。
 ちろりと舌を出してセルクさんは肩をすくめる。
「昨日の今日で彼を連れてきて、いったい何を考えているのか詳細をじっくり聞かせていただきたいですね」
 セルクさんが居住まいを正したのを確認して、レイドルさんは静かに問いかけた。感情を抑え込んだような響き――たぶん怒りを抑えてるんだろうなと思う。
 レイドルさんはセルクさんと親しくしているのが不思議なくらい真面目っぽいし。
「十数年ぶりの再会って触れ込みなんだから、できるだけ早い再会の方がそれっぽいかと」
「貴方が噂を流すのを遅めにすればよかっただけの話でしょう」
「それだと、レイちゃんが気を変えるかもしれなかったでしょ。人をだますような行動はよくないって言い出しかねなかったじゃない」
 レイドルさんはそれにこくりとうなずいた。
「だから早めにって思ったわけ」
「もう少し覚悟を決める余裕は欲しかったですよ」
「そんな余裕ができたらレイちゃんが悩んじゃうもの」
「――昨日の今日で連れてくるつもりなら、俺にだってそうはっきりと言っておいて欲しかったな」
「まっ、二対一なんて卑怯だよ?」
 俺が口を挟むと、セルクさんは演技じみてショックを受けた顔をした。数歩後ずさって、その顔で俺とレイドルさんとを見比べる。
 レイドルさんは頭を左右に振った。
「君も突然に連れてこられたんですか……」
「ええ、まあ」
「セルク、私はともかく彼にまで迷惑をかけるのはどうかと」
「えー。だって、その方が面白そうだったし!」
「セルク……」
 レイドルさんは絶句した。
『貴方のそれが主義かどうかは知りませんが、それで迷惑を被る人間がいることを考えておいて欲しいですよ』
「悪いようには、してないつもりだけど?」
『その自信がどこから来るか、疑問ですね』
 カディはあきれ果てた顔でセルクさんを見て、それから俺に近寄ってきた。
『貴方の存在を知って怪しい動きをする人間がいないか、調べてきましょう』
「おーっ、カディちゃん気が利くぅ〜」
 セルクさんの賞賛の猫なで声にカディは露骨に嫌そうな顔をする。
『貴方のためじゃないですよ。ソートが、一刻も早く正常に戻るためです』
 言い残して彼は壁を抜けて部屋を出て行った。
「――正常って何だよ、正常って」
「カディちゃん、ソートちゃんがおかしいって言ってたしねえ〜」
 俺が思わず呟くと、カディが去った方を見ながらセルクさんが答えてくれた。
「俺だって時と場合を考えて行動するくらいできるんだけど」
 セルクさんは俺を見て、にっこりと笑った。
「俺にも最初丁寧にしてくれたしね。でもソートちゃんは素のまんまの方がいいと思うな。カディちゃんも同意見じゃない?」
「そんなこと本人に言ったら全力で否定しそうだけどな、カディは」
 だろうなって意味で笑ってから言葉を添える。
「口ではああ言ったけど、カディちゃんの真意は違うってコト?」
「セルクさんと同意見なのは嫌だって意味で」
「えー。なんでー。ソートちゃんひどーい」
「今わざと曲解しただろ、わざと」
「ソートちゃんまで俺を変な風に誤解するーっ」
 わあわあとセルクさんが騒ぐ。
 誤解というか、普段の言動が悪いだけだと思うけどなー。
 馬鹿みたいに騒ぐセルクさんから目をそらして隣のレイドルさんを見ると、ちょうど向こうもこっちを見たところだったらしい。
 あげかけた視線の途中で目元をゆるませて、口元は皮肉にゆがむ。
 言葉はなくても、言いたいことは何となくわかる気がした。この奇妙な連帯感が、兄弟らしい空気に発展したら――それこそがセルクさんの思惑なんだろうかなんて馬鹿なことを考えてしまう。
「根は、真面目なはず、なんですけどねえ」
 ささやくような声で自ら言い聞かせるようにレイドルさんは言う。
「俺もそうは思うんですけどねー」
 レイドルさんは眉間にしわを寄せた。
「私も素のままの君と語り合いたいです」
「え、あ、そーですか?」
 レイドルさんは真面目で丁寧な人だから、さっき何か言いたそうだったのも本当は言葉遣いがなってないとか言いたかったのかと思ったけど。
 今そう言う顔はどこかしら不機嫌そうに見える。
「ええ、一応兄弟ということなんですから、変な遠慮はしないで欲しいです」
 どうやら本気で言ってるようで、視線に力がこもった。
「でも一応兄なんだから敬意を払うべきじゃないかなーとか」
「必要ありません」
 にっこりと、笑顔で。でも有無を言わせない口調でレイドルさんは言い切った。
「わ、わかった」
 そこまで言われたらうなずくしかないだろう。
 近いうちに国王になるはずの人なのに、俺にため口をきかせることを了承させるとレイドルさんは満足げに笑った。

2005.12.16 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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