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精霊使いと魔法国家

4章 3.シーリィさんの誤解2

 まさにその時。
「おっつかっれさまー」
 やっぱりタイミングを計っていたかのように現れたのはセルクさんだった。
「セルク、レディーの部屋にはいるときはノックくらいしたらどう?」
「ついうっかりー」
 真面目じゃない方のセルクさんだ。彼はお姫様に対するにしては礼儀も何もなっていない態度でにへらと笑う。
「もう」
 呆れたようにシーリィさんは漏らすけど、顔は笑っているからいつものことなんだろうな。
「レイドルは?」
「んー、レイちゃんはもうちょっと先かなあ」
「そう」
「うわ、あからさまに落胆した顔、傷つくなー」
 ひどいと思わないソートちゃーん。猫なで声で言いながらセルクさんはスススっとこっちに近寄ってきた。
「んまっ、何で身を引くのかしら!」
「人として当然のことをしたまでだけど」
「そこまで言うッ?」
 声も動きも妙に怖かったんだよ。シーリィさんの手前、勢いで怒鳴りつけられなくて不完全燃焼。オーガスさんなら手も出てたも思うな、今の行動。
 話題がそれたこと自体はよかったとしても、その方向性には問題が残る。
 セルクさんはちぇーっとか言いながら右隣の席に座り込んだ。
 それはもう、ごく自然な動作で。
 セルクさんまで一緒だったんだと疑問を挟む前にステキ笑顔でセルクさんがこっちを見る。
「さあ、今日は二人だ。ラブパワーにこっちも対抗するよ」
「はっ?」
「セルク、貴方まさか本当にそんな趣味が……!」
 変な発言に目を見開くだけの俺に対して、素早く声を張り上げたのはシーリィさんだ。
「不毛よ!」
 そんな趣味、ってどんな趣味だ。わけがわからなくって首をひねってセルクさんの様子を確認すると、明らかな苦笑を浮かべている。
「ちょっと待って、シーリィちゃん。何でそんな反応。しかも本当にって何?」
「駄目よセルク」
 どちらかというと真面目な調子で呟く彼なんてシーリィさんはほとんど目に入れてないようだった。視線はセルクさんと言うよりはその奥の壁に置いて眼差しに力を込める。
「馬鹿なことばっかり言ってないで、もう少し先のことを考えた方がいいわよ」
 真剣な口ぶりにセルクさんは苦笑する。
「そんなに考えなしに見えるかなあ」
「私の目にはね」
 しれっと答えたシーリィさんにセルクさんはますます苦い顔になる。
「いい年なんだから、結婚相手の一人や二人見つけなさい」
「うわ手厳しいお言葉」
「冗談で言ってるんじゃないわよ?」
 茶化す調子のセルクさんをシーリィさんはにらみつける。
「そうでもしてくれないと、困るんだから」
「困ると言われても俺も困るんだけど」
「このままじゃ、セルクだって困るんだからね!」
「大丈夫だって、ご心配には及びません。俺にだってちゃんと考えってものがね――」
「そうじゃなくて!」
 今度はなだめるように言い始めたセルクさんはシーリィさんが叫んだのに驚いたように口を止める。
 シーリィさん自身もそのことに驚いたように目を大きく開いて、助けを求めるようにきょろきょろする。
「なにがそーじゃないんですか?」
 俺が口を開いたのはシーリィさんを助けるためと言うよりはほんのちょっとの好奇心。
 彼女は逆に目を伏せて、テーブルの上で手を組み合わせるともじもじしながら答えをよこした。
「セルクは、レイドルのことが好きじゃないかって噂があるらしくって……いつまでもセルクがふらふらしてたらレイドルの名誉が」
 ぶつぶつとつぶやくシーリィさんからセルクさんに視線を動かすとセルクさんはこれまでにないくらい茫然自失の体だった。
「……なんでよっ?」
「たぶんそーゆーところ」
 少し遅れた反応に静かにシーリィさんが応じる。
「ちょっとしたノリと勢いなのに。てゆーかむしろ誤解するなら俺がシーリィちゃんを好きとかそういう方向が普通じゃないかしら」
「まさかでしょ」
「何でそうはっきり言い切るのかなあ」
「あり得ないからでしょ」
 それはお姫様とその元護衛らしからぬ、軽い調子の会話。
「じゃあ、シーリィちゃんは俺がレイちゃんを好きってことはあり得ると?」
 ちょっとだけ真面目な色を声に混ぜてセルクさんが言うとシーリィさんはゆっくりとうなずいた。
「アートレス家の将来を考えたら、もうとっくに貴方が身を固めててもいいはずだし。それなのに貴方ときたら絶対自分に振り向かない人ばかりを追いかけてる」
「人聞きわっるいなあ。ソートちゃんが俺のことを軽い人間だと誤解しちゃったらどーするの」
「茶化さないで」
 シーリィさんに言われたからかセルクさんははっきり真顔になった。
「そこがどう曲解されたら、俺がレイドルらぶって話になるのかが疑問だけど」
 いやそれ、男同士じゃねえか!
 不毛ってそういう意味かー?
「えーっと、そこはそれ、それよ」
「ごめんその説明わかんないや」
 さすがのセルクさんも苦い顔をして半ばうめくように呟いた。
「あのねえ、シーリィちゃん。何がどう巡り巡ってそんな突拍子もない話が出たのかわからないけど」
「だからほら、あのね」
「まあ聞いて? シーリィちゃんの言いたいことは何となくわかったよ」
 ため息混じりに頭を振って真面目な顔。
「でもそれだけはあり得ない。確かにシーリィちゃんが言ってることも、そこまで的はずれじゃないけどね」
 ふと、数日前のセルクさんの言葉を思い出す。「大事な人たちには幸せになって欲しいなって、そういう話」って、いつにない真面目な顔でそんなことを言われたもんだから、戸惑いを覚えた。
 そこまで的はずれじゃないって、ええと――。
 俺はセルクさんとシーリィさんを見比べた。それってつまり、そういうこと?
 目敏く俺の様子に気付いたセルクさんは口の端を持ち上げた。
「権力争いに身を投じることがどれだけ救いのないことか、シーリィちゃんだってよーくわかるでしょ」
 口ぶりは軽いのにまだ真面目さの強い眼差しで、セルクさんは少しだけ目を細める。
「俺のことを目障りに思ってる方々は相当数いらっしゃると思うよ? 武家の分際で何を偉そうに、ってね」
 不審そうに首を傾げるシーリィさんにセルクさんは柔らかく微笑みかけた。
「大切な人なんて作って、そんな奴らに弱みをさらす気はさらさらないのよ俺」
「――国に一生を捧げて殉じる気?」
「まさか!」
 シーリィさんの固い声をセルクさんは軽く笑い飛ばす。
「そんなことあり得ない。我が家の将来もこの国の未来も、正直な話俺にはどうでもいーんだから」
 そこでにっとセルクさんは笑った。
「俺はねえ、レイドルがうまい具合に国を治める見込みがつけばお仕事やめる気満々だよ」
「また貴方はそんなことを言う」
 きっぱり言い切ったセルクさんの言葉にため息混じりの言葉がかけられる。
「ありゃ」
 目をぱちくりさせたセルクさんは扉を振り返った。苦い顔のレイドルさんが自分をにらんでいるのを見て肩をすくめる。
「レイちゃんおっつかれー」
「おつかれー、じゃないですよ」
「えーと。そんじゃあレディーの部屋に挨拶なく入ってくるなんて失礼よ!」
「しばらく前の貴方にそっくり同じことを言ったんだけど、私」
 セルクさんがいっぱいに目を見開いてシーリィさんを見ると、彼女とレイドルさんはほとんど同時に呆れた顔をした。
「あまり馬鹿なことを言うのはやめて下さい」
 そう口を開いたのはレイドルさんで、こくこくとうなずくのはシーリィさん。
「貴方の手は必要ですよセルク」
 きっぱり言い切ったレイドルさんは置いてきぼりの俺を発見して表情を和らげる。
「その話はまた、いずれじっくりとしましょう」
 最後にちくりとセルクさんに釘を刺すとレイドルさんは笑顔で続けた。
「では昼食にしましょうか」

2006.03.09 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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