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精霊使いと魔法国家

4章 5.予想外の再会

 セルクさんの後ろ姿を何となく立ち止まって見送った俺は、しばらくしてようやく動き始めた。
 人のことあんまり言えないけど、あの人の猫かぶりは俺の上を行くなぁ。
 別に急げとまでは言われなかったし、急いで戻ったところで楽しいことが待っているわけでもない。自然と歩みは遅くなって、あちこちできょろきょろしながら進む。
 もちろん人の気配を感じたら顔の動きはぴたりと止めて、丁寧に頭を下げてやった。
 下手にきょろきょろしているのを見られて、何か物色してるとでも思われたら嫌だからな。
 別棟を出たところにある中庭は規則正しく植えられた木々の楽園だった。人工的だけど、木々の柔らかい気配は本物でさらに足が緩む。
 お行儀よくしてなきゃいけない反動で、妙に肩がこる気がしてたから気持ち深呼吸をしてみる。うん、空気がいい。
 できることなら思い切り息を吸い込んでみたかったけど、えーっとほ……――ホネスト家のレイドルさんの弟のシーファスがこんなところで人目を気にせずそんなことをしてたら問題かもしれないから泣く泣く諦める。
 お貴族様ってヤツがいちいちこんなことを気にしてるか定かじゃないが、カディがいたら注意してきそうなことだから気にしておくに越したことはないだろう。
 ゆっくりとそう長くない渡り廊下を渡り終えると、再びの長い廊下だ。
 行きしなにはアイリアさんがいたから観察するには至らなかった美術品を一つ一つじっくり鑑賞してみたりするとなんだか優雅な気分になってくるから不思議だ。
 さっぱり価値はわかんないけどな。
 素直に部屋に戻って暇を持て余すよりもましな時間の過ごし方なのは間違いない。
 幸いにして誰にも見とがめられるようなことはなかった。数度人とすれ違ったけど、特に注視されることもなく順調に歩き続ける。
 部屋に戻るのが何となく憂鬱なのは、いつまでこんなところにいなきゃいけないのかよくわからないからだ。
 先行きが見えない上に、場所が場所だし。気詰まりで、ましてやすることがないときたらそうなるのも当たり前。
 カディが戻ってくれば話し相手ができるからまだいいんだけど。どこまで行ったのかなあ。
 ゆっくり歩いたところでやがて終わりはやってくる。最後の角を曲がり、悪あがきでことさらゆっくりと扉に歩み寄る。
 自分で言うのも何だけど、端から見たら盗みにでも入ってるんじゃないかってくらいの忍び足。
 そんな風に思ってたもんだから、ノブに手をかけた瞬間に人の声が聞こえたので思わず引っ込めてしまった。
 俺がやってきた方向から聞こえた声はセルクさんのもの。思わず目を向けると、反対側の角から曲がったセルクさんの姿がちょうど見えた。
 俺の姿に驚いたのか一瞬立ち止まって、後ろから人にぶつかられそうになっている。
 慌てて彼は振り返って謝罪を口にしたようだった。
 このまま部屋の中にはいるのも失礼な話だよなと思ったから、会釈くらいはするかとその場に止まっているとこっちを再び見たセルクさんは再度驚いたようだった。
「どうかされたか?」
 セルクさんの後ろから聞こえた声に俺まで驚いた。
 落ち着いたよく通る声だけど、ほんの少しトーンが高い。
 セルクさんよりは背の低いその人物を見定めるべきか逃げ出すべきか一瞬迷ったのは明らかに間違いだった。問答無用で部屋に飛び込むべきだと思いついた瞬間には、セルクさんの後ろの人物が不思議そうにこっちをのぞき込み目を見開いている。
 聞き覚えのある声を聞いた瞬間予想したとおりのその姿。その後ろにもちらほら人がいるけど、そんなことはどうでもよくて。
 彼の驚きの原因は明らかに俺だろう。驚くポイントは自分でいくつもあげられる。
 それこそ俺の恰好から、ここにいる理由まで聞きたいことはいくらでもあるだろう。
「……ソート?」
 俺の名を呼ぶその声は、俺が本物かどうか疑っているようだった。
「グラウト――」
 どうあがいても逃げられそうにないので、諦めてその名を呼びかける。
 グラウティス・フラスト。フラストの王位継承者にして俺の幼なじみだ。闇のように濃いつややかな黒髪も、思慮深げに見える茶色い瞳も最後に見たときとそこまで変化がない。服装が違うのと、珍しくとても驚いてるところがはっきりした違い。
 俺とグラウトの間に挟まれたセルクさんはそこでほんの少し困ったような顔をした。そのあとで顔半分を歪めて小さくため息。
 だっていうのに、グラウトが自分を見上げたことを素早く悟ってにこりと人好きのする笑みを浮かべた。人好きはするけど何考えてるかわからない、大人な微笑みを。
「どうぞ」
「いや、少し待って欲しいんだが」
 グラウトはそのまま何もなかったように先導しようとするセルクさんに素直に従うような可愛い性格をしていない。
 動こうとはしないグラウトのことなんて気にせずにセルクさんはまっすぐに俺の方に近付いてきた。
 俺だけにどこか楽しそうな顔を見せつけると、セルクさんは俺がさっきまで飛び込もうと思っていた扉にあっさりと手をかけた。
「え?」
 俺はさぞや間抜けな顔をしてたんだろう。セルクさんは笑みを深め、グラウトを振り返る。
「まだお時間はございます。旧交を温めるのでしたら、どうぞ」
 仕方なさそうにグラウトが自分を追い始めたのを振り返りながらセルクさんは生真面目な調子で告げる。
「何でまだこんなトコにいるの?」
 それはちょっと待てと文句をつける前にセルクさんは俺にだけ聞こえるようにささやき声を落としてきた。
 それよりも何でここにグラウトがいるのかって事をきっちり説明して欲しいよ。
「まだ何も言ってないのに」
 何を言ってないのかセルクさんが言う前にグラウトが目の前までやってきて、半ば強引にセルクさんに部屋に押し込まれる。
 グラウトの後から見覚えのある護衛が数人追ってきていたけど、セルクさんはぴしゃりと戸口で彼らを止めて、
「私は席を外しましょう」
 なんて物わかりが良さそうな顔でしれっと言い放つ。
「すまないね」
 状況にあっさりと対応したグラウトの言葉に笑みで応えて綺麗な一礼をするとセルクさんは静かに去っていった。
 室内に二人きりで取り残された後、しばらくはグラウトは何も言わなかった。俺としてもなんて言っていいかわからないし――なにより、セルクさんがいなくなった瞬間にグラウトの眼差しが見たことがないくらいに冷たくなったから、余計に何も言うことができなくなる。
 グラウトと知り合ったのは十数年も遡った前のことだ。師匠に連れられて出かけた先、フラストの王宮の中で出会った。当時なぜか物心ついて間もなかった俺のことを一時面倒を見てくれたのが縁で、そこから親交が続いている。
 世の中の仕組みも何も理解してなかった俺の、身分なんて気にしない言動がいたくお気に召したらしく俺とグラウトとの付き合いはほとんど対等なもの。俺にとって一番最初の友人にして、兄のような存在がこのグラウトだ。
 住んでいた場所が離れてるから年に数度――下手したら数年に一度くらいしか会わない関係だけど、それはそれとしてうまいこと友情を育んでいたと思う。
「グラウト?」
 冷たい眼差しはこれまでの経験上見たことがなかったので、俺は恐る恐るグラウトに呼びかけた。
「なんか、怒ってるか?」
「怒っているか――だって?」
 そう聞き返した声がはっきりきっぱり怒ってる。原因は不明だけど、どうやらその怒りは俺に向けられてるようで、険のこもった眼差しは緩みそうにない。
「心当たりがないと見えるね」
「実際ないから聞いてるんだ」
 グラウトは不機嫌に鼻を鳴らした。
「君には想像力のかけらもないようだ」
 吐き捨てるような言葉には暖かみのかけらもない。
「どういう意味だよ」
 俺の問いかけには答えずにグラウトはずんずんと中央のテーブルに歩み寄って、椅子を引いて座り込んだ。
 明らかにご機嫌斜めだ。それはわかるけど、そんな瞬間にはじめて直面したから対応に困る。
「弁解があるなら聞くけれど?」
「弁解って何だよ。大体、久々に会ったっつのに何怒ってんだよお前」
 俺の知る限り、グラウトは簡単に怒るようなタイプじゃない。どんなことからも一歩引いて、少し離れたところから状況を観察して楽しむのがグラウトだ。
 それがいいことか悪いことかわからないけど、人の上に立つ者としての心構えで、感情をむやみに表に出すことはできないし、しない。そう聞いたこともある。
 だけど今のグラウトは、そう言った時のことなんて忘れたかのようだった。細めた眼差しが何よりも怒りを物語っている。
 ゆっくりと観察するように俺を見てくるもんだから、居心地悪くて身じろぐ。そこでふっとグラウトの怒りの原因に思い当たった。
「いや、これは別に好きで着てるわけじゃないぞ?」
 自由の少ない身分であるグラウトの、数少ないらしい楽しみの一つが俺をからかうことで。
 ほとんどその為だけにこれまでも何度も難題を俺にふっかけてきたことがある。
 記憶を探ってみれば、少しはまともな恰好をしろと今着ているような上等な服を押しつけてきたこともあったような……。もちろん断じて首を縦に振らなかったけど。
「これにはいろいろ理由があってだな」
 そのことを未だグラウトが覚えているなら、それで怒るってのもあるかもしれない。
 グラウトは片眉を上げて、話を聞こうという態勢になった。
「好きでやってるんじゃないんだよ」
「その理由を是非聞かせてもらいたいね」
 相変わらず冷ややかな声だけど、少しだけグラウトはらしさを取り戻した。
「――あー、いや」
「まさか言えない、とでも?」
 だってまさか、近いうちにこの国の王として即位する人の弟の偽者やることになった、なんて簡単に説明できないだろ。
 この様子じゃセルクさんが振りまいたらしい噂をグラウトは全く耳にしていないようだし。
 グラウトは再び不機嫌に顔をしかめた。
「まさかこの国に仕えようなんて考えてはいないだろうね?」
「なんでだよ」
 そうして不機嫌なまま突拍子もないことを言ってきた。
「ここは魔法使いの国だよ。精霊使いには冷たい」
 はっきりと否定の意図を態度で示したと思うのに、グラウトが続けたのはそんな言葉だ。
「らしいなぁ」
 それはいろんな人に聞いたことだから素直にうなずいて。
「まあでも、新しく即位する王様が頑張ろうとしてるんじゃないか?」
 思わずフォローをしてみたらグラウトはそれこそらしくない行動に出た。がたりと椅子を倒して立ち上がり、身を乗り出す。
「……まさか、君、本気でっ!」
 裏返った声はやけに甲高い。我を忘れたような行動は本当にグラウトらしくない。
「いあ、冗談じゃない。宮仕えは性に合わないって」
 慌てて俺はぱたぱたと大げさなくらいに手を振ってみせる。
「そんな目で見るなってば!」
 それでもなお疑わしげなグラウトに最後は叫んでやる。
「別に好きこのんでこんなところにいるんじゃないんだって」
「ほう?」
「いろいろあったんだよ」
 グラウトは俺の言葉に納得したのか倒した椅子を元に戻し再び座り込んだ。
 それでもって手招きしてくるのでおとなしく従うことにする。

2006.04.04 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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