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精霊使いと魔法国家

5章 4.夜会にて

 夜会の舞台は王城の中心部、やや南よりにある大広間だ。この会場は俺が最初に参加したときから変わらず、そして参加人数だけは毎日地味に増えている――らしい。
 数える気もないから定かじゃないけど、この国の王都に住む貴族がほとんど全員参加してるらしいし、日々祝賀の使節はやってきていて、その他国の王族だか貴族だかもこぞって参加しているらしい。
 それでもまだスペースに余裕があるように見えるんだから、相当広い場所だ。
 そこでグラウトと二人注目を浴びるのはあんまり楽しいことじゃない。毎日毎日参加させられてるっていうのに、好奇の目は絶えることがない。
 多分主に俺を見てるんだろう。逆玉の輿に乗ったレイドルさんの、生き別れていた弟で精霊使い。それだけで充分注目を浴びる理由にはなるらしい。そろそろ飽きてくれてもいいと思うんだけど、そんな気配がなくてうんざりする。
 夜会は立食形式で、無礼講ってやつらしかった。そこかしこで会話が盛り上がり、誰も彼もが挨拶を交わしている。俺のところにも注目を浴びている分だけ人は寄ってくるけど、近くにいるグラウトが丁寧に受け流してくれる。
 そのグラウトが、俺が毎日マメに顔を出す元凶であるわけで、その好意をありがたいと思うべきなのかどうなのかは微妙だ。
 あんまりがっつくのはレイドルさんの名誉を傷つけるかもしれないから、それなりに気をつけて料理を取り、それなりに気をつけて食べる。
 確かにどれもおいしいけど、気を遣いながら食べるのは骨が折れる。師匠が仕込んでくれてるし、グラウトが文句を言わないからマナーはちゃんと守れてるもんだと思う。
 だけど念には念を入れて食べこぼさないようにとか、フォークを落とさないようにだとか、普段気にしないことを気にしている。それだけでおいしさが半減されているように思う。
 仕方ない話だろうけど、料理が冷めてるのもちょっとな。熱いものは熱いうちに食べたほうがおいしいっていうのに。
 ――そりゃ、冷めてもおいしいようにできてはいるんだろうけど。
 なーんかなー。
 いろんな物を取り皿に乗せては咀嚼しながら、辺りを何気なく窺う。好奇の視線はあからさまなものじゃなく、それがかえって気になってしまう。いっそ堂々と見据えられていればこっちだって開き直りようがあるんだけどな。
 遠巻きにちらりちらほらと。視線は感じるものの近寄ってくる人間はそこまで多くない。その多くない人が寄ってきても、俺との間にフラストの皇太子様が立ち塞がる。
 一人二人くらい言葉を交わしてみればその人から情報が流れて、多少視線は押さえられるのかもしれないけどねーと明るく言ったのはセルクさんだった。
「フラストの殿下ったらもー過保護だから。話題のソートちゃんとお話ししたいよーな人は多いんだけどねー。駄目と言われるほどやってみたくなるのが人間の性なんだけど、ぜーんぶシャットアウトだからねー」
 俺と話したいってなんだそれって思わず突っ込むとセルクさんはくくくと笑った。
「ソートちゃんは精霊使いでしょ。それって貴重な才能だよ。その上、レイちゃんの弟って肩書きのおまけ付き。ラストーズが精霊使いに冷たいことは有名だから、それでは我が国が引き受けようと名乗りを上げたそうなところはいくつもあるよ」
「何でッ」
 そこで何でって言っちゃうのがソートちゃんだよねえ、なんてセルクさんはしみじみと言って、それから底の知れないところを見せた。
「とっくの昔にソートちゃんに目をつけてたフラストの殿下は気が気じゃないだろうね。大変だろうけど殿下のおかげでソートちゃんが余計な気を回さなくてすむし、余計なボロを出さなくていいから俺は助かるけどー」
 そんなこと聞いたらグラウトだって怒るだろうし、俺だってそんなこと言われたら面白くない。それでも憎めないのが、まあキャラクターって奴なんだろう。
 俺は来たくないって言ってるんだから、グラウトも自分一人で夜会を楽しめばいいってのに。自ら苦労を背負い込むことはないと思うけど。
 俺が嫌がるのを見て楽しんでいるところがある奴だから、苦労分だけグラウトも何か楽しんでるんだろう。多分。俺には予想も付かないところで、グラウトはグラウトなりに。
 面倒と楽しみを秤にかけて、楽しみの方が重いことに気付いたのかもしれない。どこが面白いかも、俺にはさっぱりだけどな。
 何よりグラウト自身の希望で、俺はつかず離れずの位置をキープして、いろんな料理に手を出した。普段よりは遠慮がちにちまちまと取って、ちまちまと食べる。
 どうせなら、どーんだーんがつりって勢いで、みっちりがっつり食べたいんだけどな。
 グラウトは何人めかの相手をきれいに追い払うことに成功して、こっちに戻ってきた。追い返した相手の背中を何気なくうががう俺の手元を覗いて、目を細める。
「何種類目だい、それ」
「さあ。これでもかってくらいたくさん料理あるよなー」
「私は君が非常に満足げなのでうれしいよ」
「無愛想にするわけにはいかないだけで、満足してるってわけじゃないんだけど」
 笑顔なのは満足してるわけじゃなく、愛想だ愛想。
「その肉はお気に入りかい? 二度目だね、取っているの」
 俺の愛想笑いくらいとっくに承知してるはずなのに、嫌味が嫌味と認識されたのか疑わしいくらいにグラウトはあっさりとスルーする。
「三度目だ」
「よっぽど気に入ったようだね」
 にっこりと笑うとどれ私も味見をしようか、グラウトはそう言って再び離れていった。戻ってくる途中で再び捕まって、相手と何かを話しはじめる。
 つかず離れずの位置、つったってぺったり張り付いているわけでもない。俺に直接声をかけてくる奴がいないのは、常時グラウトが近くにいてくれるからなんだろう。
 今まで存在自体知られてなかったレイドルさんの弟よりはフラストの皇太子様は有名で、先に声をかけるべきなのはグラウトの方なわけだ。
 セルクさんがばらまいたっていう噂で俺とグラウトの関係は明らかで、グラウトに先に声をかけ幼なじみを紹介してもらおうとか何とか考えてるんだと思う。
 こっちに話の矛先が回ってこない程度の位置をキープして、肉を食べ終わり皿を替え、次の獲物を物色する。間にサラダを挟むかとやっぱりいろんな種類のあるサラダの一つを選ぶ。
 数種類のドレッシングから適当に一つ選び、皿に盛った野菜に上からかける。
「調子はどうだ?」
 その皿を抱えて舞い戻る途中だった。
 誰にも声をかけられるわけがないと高をくくっていた俺に声がかかったのは。
「んなっ」
「よう」
 慌てて声のした方を確認すると、オーガスさんがひらりと手を挙げている。
「なんで――」
 言いかけた俺の前にすっとグラウトが割ってはいってきた。
「なにか、ご用件が?」
 警戒した口ぶりのグラウトの袖を俺は引いた。
「グラウト、その人、師匠の友達」
「は?」
 グラウトはたぶん俺の窮地を救いに来たつもりだったんだろう。予想外のことを聞かされたグラウトが驚きで目を見張るのは、滅多にないこと。
「師匠の友達の、精霊使い?」
 断言できなかったもんだから、グラウトが眉をひそめた。
「本当に友人なのか?」
 断言できなかったのは、正確に言うと精霊使いじゃないってトコだったんだけど。グラウトが疑問に思ったのはそこだったらしい。
「たまーに、家に遊びに来てた」
「ふむ」
 グラウトは一応納得したのか肩の力を抜いた。
「師匠の友達のオーガスさん」
 それだけは嘘じゃないから自信を持って紹介すると、オーガスさんは気持ちだけ頭を下げた。
「どーも。フラストの殿下さんだな? 噂はかねがね」
 オーガスさんは俺と同じように普段の旅装じゃない。多分――セルクさんがどこかから調達した、丈夫さとは縁遠い薄手の衣装。
 黒を基調としたそれに髪の赤が映えている。
 いつもならぬ姿でも、オーガスさんはやっぱり我が道を行く態度だ。
「ちょっと悪いんだが、こいつ借りてっていいか?」
 強引かつ有無を言わせない口ぶり。
 さすがのグラウトだってここまで強引な人の相手をしたことはないはずだ。
「何故かな?」
「もちろん話したいことがあるからに決まってるだろ。殿下はコイツとここ最近一緒にいたらしいが、俺はご無沙汰だったんでね」
 それを言われて、今更何でオーガスさんがここにいるのか思い当たった。
 何か言いたそうなグラウトを半ば押しのけるようにして、俺は身を乗り出す。
「カディのことか?」
「大まかに言うとな」
 勢い込んで問いかけると、答えはあっさりとしていた。
「悪いグラウト」
「私も行こう」
 断りの言葉を入れる前に、グラウトが身を翻した。場を仕切るように歩き出して、振り返る。
「近くに部屋を用意してある。戻るより早いだろう」

2006.08.09 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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