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精霊使いと魔法国家

7章 4.塀の前で

 俺たちは、セルクさんの先導でゆっくりボルドの屋敷に近付いた。ぱっと見た感じセルクさんの所と同じか少し大きいくらいの建物で、心配していたような見張りは全然、まったく、一人として、見えない。
 緊張した素振りのないセルクさんは手の中で親父さんから受け取った指輪をもてあそびながら、屋敷の周りをぐるりと囲む塀をとりあえずの目的地にしている。
 オーガスさんも同じく緊張した様子はなく、チークもいつも通り。スィエンだけは少しだけ緊張しているようだけど、単にたまたま口数が少ないだけかもしれない。
 俺は激しく打ち付ける心臓の音が聞こえるんじゃないかってくらい恐る恐る最後尾に付いた。
 人の家に忍び込むなんて、胸を張って人に言えない。見つからずに脱出できたらまだいいが、顔を見られたらどうするんだろう。
 オーガスさんは気にする必要がないだろうけど、セルクさんはこの国で有名な人だろうし。よくよく考えてみれば、俺だってレイドルさんの弟としてそれなりに顔が知られてるんだから――少しぐらい見た目が変わっても気付かれない保障はないし、レイドルさんの腹心のセルクさんと一緒に俺がいればまずいんじゃないだろうか。
 考えれば考えるほど俺の足は鈍るのに、セルクさんは親父さんの指輪の効果を信じているのか気にした素振りがない。
 顔を隠すように例の仮面を付ければよかったんじゃ――ふとした思いつきを俺は一瞬で振り払う。あんな仮面つけて人の屋敷に忍び込んだなんて知られたら……恥だ。
「やっぱり止めた方がいいんじゃないかなあ」
「行かなきゃ何にも分からないよ?」
 通りは薄暗くて、月の光にボルドの屋敷の塀がぼんやりと浮かぶだけ。その塀にようやくたどり着いて振り返ったセルクさんが俺に答える。
「でも、いくらその指輪で言い訳できるとしても、まずくないか?」
「この高い塀の向こうを覗かなきゃ、カディちゃん達のことがわかんないでしょ? 気配で悟れるとかそういうことなら、危ない橋は渡りたくないから歓迎するけど」
 気配で悟るなんて事が出来ないから困っているわけで、いるとは限らないと反論したくても他に目星がついているわけでもなく、俺は仕方なく白旗を揚げた。
「心配しなくても俺、予知能力があるのよ。レイちゃんがシーリィちゃんとうまくいくことも当てたし、王女派が勝つこともズバリ的中。きっとたぶんカディちゃんはここにいると思ったり思わなかったりするわけ」
「――言われれば言われるほど不安になるから止めてくれ」
「えー、そう?」
 セルクさんは首を傾げる。
 思ってるのか思ってないのかどっちだとつい問いたくなるようなことを予知だなんて言われても信じられないだろ普通。大体、王女派が勝利したって言うのも王弟派が担ぎ上げていたレシアが家出したのが原因だろ?
 いいから黙って先に行けとオーガスさんが急かしたからセルクさんは首をひねるのを止める。推定敵地の間近で話し込むわけにも行かないので、俺も黙って先を促した。
 セルクさんはすっと真顔になると、指輪を塀に押し当てる。
「家みたいな武家は縁がないけど、そうじゃない屋敷には大抵防御膜――魔力でうっすらと侵入者を阻む結界を作ってるんだよねー。殿下はそれも見越してこの指輪をくれたんだと思うよー」
 そんな説明をしながらしばらく押し当て、セルクさんはたぶんこれでよーしと呟く。
「たぶんかよ」
「残念ながらそういう魔法は専門外でして」
「その割にさっき説明されたわけでもないのに的確に扱うお前はおかしい」
 セルクさんは肩にかけていた荷物を地面に降ろして、オーガスさんににっこりと微笑みかけた。
「そんな、俺と殿下の以心伝心っぷりか俺の理解能力に嫉妬なんてしなくても……」
「してねえよ」
 冗談めかした言葉にオーガスさんは呆れて頭を振る。
「あの殿下さんも潜入を了承済みって訳か」
「これ以上ない保障でしょ」
「頼りない賭けに出たもんだな」
「それだけボルドが怪しいって踏んだからこそと思うよ。それに、我が家と同じくボルドには大それた護衛なんていないだろうし。魔力で守ったこの壁が最大の関門で、乗り越えたらまず見つからないよ」
 軽口を交わしながらセルクさんは荷の中からロープを取りだした。一方の端にかぎ爪のような金具が付いたロープをぐるぐる回して、塀の上に向けて投じる。
 一度目は外したけど、二回でセルクさんはかぎ爪を塀の上に引っかけた。
「用意がいい上に手際がいいな」
 オーガスさんは呆れたように感想を漏らす。
「俺が先導するから。次はソートちゃんで、最後オーガスちゃんねー」
 セルクさんはオーガスさんのコメントには答えずにロープにとりついて塀をよじ登り始める。ロープと塀のわずかな凹凸だけがとっかかり。その後に続かなきゃならない俺は再び軽く後悔した。
 塀に張り付くセルクさんの後ろ姿がこの上もなく間抜けで、どうフォローしようと思っても明らかに怪しいから。
『スィエン達は?』
「ソートちゃんの後かな――っ。向こうで何かあった時に、……俺は何も出来ないからーっ」
 セルクさんの間抜けな姿を気にした素振りもないスィエンが問いを投げかけると、切れ切れに返答が戻った。
「俺だってすごいことが出来るって訳じゃないんだけど」
「精霊使いがいるといないとじゃ、こいつらも心持ちが違うから間違っちゃないと思うぜ?」
 オーガスさんが言うのに対してチークがやたら重々しくうなずいた。
「気持ちの問題なのか?」
「そればっかりじゃねーけどなー」
「どういうことだ?」
 オーガスさんはろくでもないことを言いそうな、楽しそうな笑みを浮かべる。
「チャレンジャーだよなー、ソートは。聞きたいなら言ってもいいが」
「――う、いや、やめとくっ」
 あまりに楽しそうだから俺は慌てて首を横に振った。大事な秘密を楽しそうにさらっと言って人を驚かせるのが好きらしいオーガスさんが笑顔で言いかけることなんて、絶対ろくでもないに違いない。
「そーか、なら言わないでおくか。後でカディのヤツがうるさいだろうし」
「オーガスさん」
「おう、なんだ?」
 カディがぐちぐち言いそうなことは言わないで欲しい――そう俺が言おうと思った時に塀の上にたどり着いたセルクさんが俺を呼ぶ。
 だから何でもないと首を振って、さっきセルクさんがしたように塀にとりつき、セルクさんはそれを見て一つうなずくと内側に飛び降りた。
 両手でロープを掴んで両足で壁面を踏んで、ゆっくりと落ちないように。
「ああ、だが一つだけ言っておこうか」
 慎重に塀を昇る俺の背中にオーガスさんは声をかけてきた。
「な、なんだ?」
 頼むから気の抜けることは言わないでくれと祈るような心地で俺はとりあえず聞き返す。
「お前はこいつらが敵に捕らわれないようにってことと、向こうからカディ達を取り戻すことだけを考えておけ」
「それ以外何にもないけど」
 続いたのがひどく当たり前のことだから、少し気が抜ける。その弾みで滑って落ちないようにロープを握る手と、壁面を踏みつける足に力を込めた。
「言い方が悪かったか。あー、なんだ?」
 言葉を探すように唸るオーガスさんに答える言葉もなく、俺は黙々と塀を昇る。半分ほど来たところでオーガスさんはつまり、と切り出した。
「たとえ、カディ達がこっちに力を放っても気にするなってことだ」
 よりによってとんでもないことを言うから、思わず想像して力が抜けかけた。危ういところで均衡を取り戻して、大きく息を吐く。
 だけど胸には苦いものが広がって、唇の端が歪んだ。
 ついさっき見たばかりの、これまで見たことのないカディのあの目――それに、攻撃。
 一度体験したからって……いや、体験したからこそ、もう一度同じ事があれば動揺するだろうなと思う。ぞわりと全身に鳥肌が立った。想像したくもなかったことだけど、カディを見つけた後にまた同じ目に遭うんだろう。
「そうできれば、いいんだけど」
「精霊主同士の力は互いを打ち消し合う。だからそれはこいつらがどうにかする。相性も属性も何も関係ない――神がそう定めたから、必ずだ」
 俺の心配をよそにオーガスさんは力強く断言した。
「他の奴らは俺とセルクがどうにかするから、お前はカディ達を取り戻すことだけ考えればいい」
 オーガスさんの言葉を聞きながら俺はようやく塀の上にたどり着く。一息ついて俺はロープをオーガスさんに向けて放った。
「でもそれ、人間の俺じゃなく精霊王のオーガスさんの仕事なんじゃないか?」
「残念ながら、違うんでねえ」
 俺の下ろしたロープを受け取りながら、オーガスさんはあっさりきっぱり言い切った。
 驚いて問い返そうとしたところを見つかると大変だからとセルクさんに呼ばれて、俺は疑問を抱えながらとりあえず塀の内側に飛び降りた。

2008.05.27 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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