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精霊使いと魔法国家

7章 6.結論は袋小路

 俺たちは周囲を警戒しつつ屋敷に進むことにした。うるさくして気付かれないように、出来るだけ喋らないというのが唯一の方針。
 先導をセルクさんに任せたのは、こういうところに慣れているのは彼しかいないから。とても全部を見て回れるわけがないので――時間がかかるからだけど――この真夜中に明かりのついている部屋、それから主一家が使っていそうな部屋を出来るだけ効率的に見て回ることになっている。
 そこに何かあれば目的が一応果たせるし、何もなければ……セルクさんやオーガスさんが次の手を考えることになっている。
 俺も考えるべきかもしれないけど、次の手よりも問題なのはカディが見つかったら俺はどうするべきなのか――だ。
 足音を立てないようにセルクさんを追いながら俺はずっと首をひねっている。真剣に考えているから、セルクさんがたどり着いた通用口らしき扉の鍵をしばらくいじって開けたという違和感に気付いたのは台所を抜けて廊下に出たところだった。
 レイドルさんがどうこうは嘘にしても、実際過去に人の屋敷に忍び込むようなことをこの人はやっていたのかもしれない――だから親父さんも指輪を託すなんてしたのかも。
 敵対関係にある相手にそんなこと知られてていいのかよと思ったけど、そんなこと考えている場合じゃない。
 現実から目をそらしたくなるのは考えても考えても、カディを元に戻せそうな手段が一つしかないからだ。
 あの、例の、精霊の好きな歌――あれ以上の手は思いつかないし、仮にあったとしても今すぐに考えつかないからどうしようもない。
 前は自分の言葉で語れって言うグラウトの昔の言葉に従ってみたんだけどなー。今回そのアドバイスで勝利をもぎ取ったなんて知られたら、グラウトにいろんな意味で頭が上がらなくなるのがなー。
 最小限の明かりしかない暗い廊下をまるで知った屋敷を歩いているように迷いなく歩くセルクさんは今のところどこかの様子を覗く様子もなく、考える時間はまだまだある。
 俺はそっとオーガスさんの横顔を見た。
 それに気付いてどうしたと聞きたそうなオーガスさんに首を横に振って、俺は慌てて視線をセルクさんの背に戻す。
 あの歌は、師匠があんまり歌うんじゃないって言ったものだ。それしか手がないとなれば一度も二度も同じだから歌ってもいいだろうけど――オーガスさんがいるのが、な。
 オーガスさんは師匠の知り合いで、仲がいい。次に家に立ち寄った時に「そういえばこの間ソートに会って、あの歌うたってたぞ」なんて言ってみろ……?
 その時の師匠の反応がすげえ怖いんだけど!
 俺はぶるりと身を震わせた。師匠はあんまり怒らないけど、だからかたまに怒った時がかなり怖い。オーガスさんがちゃんと事情を漏らさず伝えてくれたら無闇に怒るなんてしないだろうけど、オーガスさんだからなあ。それが面白そうだからって理由であえて事情を伏せるような気がしてたまらない。
 かといってグラウトの言葉に従っても、それはそれで後がない。相当前の話だし、グラウトが覚えてるかどうかも怪しい話だからいいと言えばいいけどそれでも、なあ……。
 悶々と悩んでいる間も足だけは規則正しく動いたらしく、気付くと俺達は三階建ての屋敷の一番上までやってきていた。
 セルクさんは頻繁に人の気配を探っていたようだけど、面白いくらいに誰にも会わなかった。セルクさんがさっき言ったとおりに魔法頼りで護衛なんていないか、いるとしても少数なのでうまいこと避けてしまったのか、あるいはこんな夜中だから寝ているのかもしれない。
 セルクさんは階段を昇りきる手前で立ち止まり、ひどく真面目な顔で振り返ってきた。
「静かにね」
 潜めた言葉にそれぞれがうなずきだけを返すのを確認してセルクさんは前を見た。
 再び歩き出すかと思いきや、足はすぐには動かない。顔だけそろそろと前に出して、左右を確認する。左を見て、次に右。
 セルクさんは首を引っ込めて、軽く首を傾げた。
「気のせい、かなあ」
 不思議そうな声でぽつりと呟いたので何か違和感でも感じたらしいが、これと言って異常はなかったようだった。
 悩んでも仕方ないと思ったのかセルクさんは階段を昇りきった。そこから左右に広がる廊下を左に曲がり、まっすぐ。
 一つ、二つ、三つ。廊下に並ぶ扉の数を数えながら前に進み、正面にある部屋の扉の前にたどり着く。しっかり閉まっているけど、隙間から光が漏れていた。
 誰かが中で起きている――中の何者かに気付かれないように、必要なことを確認しなくちゃいけない。
 誰がどんな風にいるか分からない以上、ノブに手をかけて扉を開けるわけにもいかない。
 悩む素振りを見せるセルクさんの横にひょいっとスィエンが並んだ。
『中を確認してくるだわ?』
 オーガスさんが勢いよくスィエンに手を出して、その手を空振って忌々しそうに口をぱくぱくさせて文句をつけるのと、チークがスィエンを止めたのは同時だった。
 不満そうに口を尖らせるスィエンにチークはゆっくりと首を振る。
『何度も言った』
『何をだわ?』
 じっと視線を交わす二人に構わず、セルクさんは方針を決めたのかゆっくり扉に耳を寄せる。重くて分厚そうな扉の中の声が聞こえるかどうかはわからないけど、聞き耳を立てるのはいいアイデアだ。
 カディがいたら、はじめて親父さんと対面した時のようにいいように声を運んでくれたかもしれないのに。
 カディのいない今言ってもしょうがないのでそんな思いを振り払い、俺もそれにならった。オーガスさんと三人並んで聞き耳を立てるべく扉に耳を押しつけても窮屈じゃないくらいに幅のある両開き扉。側から見て間抜けな姿だけど、押し開くわけにいかないからしょうがない。
 ぐっと耳を押しつけた扉は冷たかった。目を閉じて俺は意識を耳に集中する。
 相当造りのいい扉なんだと思う。耳をぐっと押し当てて集中しても、人の声も物音も何一つ聞こえない。当ててない左耳の方が、外の風の音を聞き取ってしまうくらいだった。
 木がさやさやと揺れるのが何十にも重なり、窓を揺らす。明かりが灯っているだけで中の人間は既に休んでいるんじゃないだろうか。
 うーんと静かにセルクさんが唸り、俺が目を開けて思ったことを言おうとした――ちょうどその時に。
 一際強い風が窓の外を吹き抜けた。なにやら破壊的な音が響いたすぐ後にガラスの割れる音が続く。驚いて目を開けようと思った瞬間にぐらりと体全体が前へ傾いだ。
 突然のことを不思議に思う。ふっと耳に当たる冷たい感触が消えたのだと気付いた時には、その耳から床に倒れ込んでいた。
 中の誰かが扉を開けたんだと遅れて気付いた。
「いつつ……」
 そんな状況なのに、聞こえてきたセルクさんの声はのんびりしていて、
『カディ!』
 対して、後ろから聞こえたスィエンの声は悲鳴のようだった。
「ホネストの若造の腰巾着め」
 上から忌々しそうな声が降ってくる。
 俺はそれを聞きながらようやく我に返って身を起こした。見ればセルクさんもオーガスさんも既に身を起こしている。
 部屋には三人の男。スィエンが名を呼んだカディの姿は、ない。だから確認もそこそこに俺は後ろを振り返った。
 男の一人に見覚えがあるなんて認識している場合じゃない。カディはどこだ?
 振り返り音のした方を見ると難なくカディの姿は見出せた。意志の感じられない視線が夜空を透かして見える。ついさっきまでしっかりはまっていたはずのガラスが粉々に砕かれた窓の外。カディの隣には寄り添うように赤い髪の火主。
 手前側に今にも飛び出そうとしているスィエンと、それを止めようとしているチークがいる。
「お気づきでしたかー」
 俺の隣のセルクさんがゆっくり立ち上がる気配がした。
「遠見の魔法くらい貴様でも知っていると思うが――違うのか?」
 何の魔法だと訝り、だけどすぐに気付いた。離れた場所を見る魔法のことだろう。
 嫌みたらしい声にセルクさんはなるほどとうなずく。
「どうやったかは知らんが、防御膜に異変があったことに気付かない私だと思ったのか?」
「生憎、私はボルド殿のことを詳しく存じ上げてませんで」
 後ろで続く上っ面の会話に紛れ込む余裕なんて当然なくて、俺は立ち上がって窓の外を見ることに集中する。
「どのようにここを見つけ出したか知らんが、軽率なことだな。言い逃れが出来ると思っているのか?」
「さてどうでしょう」
 セルクさんはさらりと言葉を流す。それに続いたのは一番近くにいる屋敷の主らしき男の声じゃなく、部屋の中央にいた見覚えのある男――バーズナの聞き覚えのある声だった。

2008.06.23 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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