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精霊使いと魔法国家

9章 3.苛立つ人たち

 なかなか準備が終わらなかった割に姿の変わらない俺を訝しげに見ることなく、アイリアさんは何事もなかったかのように俺を先導してくれた。
 カディの宣言通りに沈黙を守って、俺の後ろを精霊主達がついてくる。
「あれ、いつもと場所が違うんですか?」
 複雑に思える城の中でも何度も通えば道も覚える。振り返らずにアイリアさんは一つうなずいた。
「昨晩のことはレイドル様も心配されているのですがお忙しくされてますし、フラストの方からご要望もありまして」
「フラストって……グラウトが?」
「シーファス様のことをレイドル様が心配されているのをご存じですのに、セルク様が無理に予定を詰め込まれたんです。ああもう、何でセルク様はああも強引かつマイペースなのでしょうかっ」
 俺の準備が遅かった時には見せなかった感情が、今噴出している。珍しいことに唖然としていると、アイリアさんはちらりと振り返ってバツの悪そうな顔をした。
「申し訳ありません」
「謝ることじゃないと思います」
「つい本音が出てしまいました」
「はあ」
 申し訳なさげにアイリアさんは縮こまる。
「気にすることはないですよ」
『あの人の行動にいちいち目くじらを立てても仕方ないでしょうしね』
 アイリアさんに聞こえないのを承知でカディが俺が言いたかったことを代弁した。
 アイリアさんよりカディの方が目くじら立ててる気がするけど、言ったら怒るだろうな。俺が思わず笑ったのをどう思ったのか、アイリアさんはほっとしたように肩をおろした。
 思ったのと違う方向に歩かれて驚いただけで、説明されてみればたどる道はグラウトの部屋に向かっていて、すぐに目的地にたどり着く。
「私はこれで失礼いたします」
 アイリアさんは帰りは自分かセルクさんが迎えに来るからと告げて、こっちに向けて丁寧に頭を下げてから去っていく。
 取り残されるとすぐに不安が生まれた。昨日のことをセルクさんに知らされてるだろう――たぶんあの人はその辺抜かりがないと思うし――グラウトがどういう感想を抱いたかなと思うと不安にもなる。
 立ち竦んでいてもしょうがないから意を決して扉をノックすると、すぐに開いた。
「こんにちは、ソートくん」
 いつでもにこやかなコネットさんが待ちかまえていたかのように俺を迎え入れてくれる。
「こんにちは」
「聞きましたよー。昨日は大変だったんですって?」
「あー、やっぱりもう聞いてるんだ」
「グラウト様が今か今かとお待ちでしたよー」
 コネットさんの声はどこまでも明るい。
「それって、怒ってる感じ?」
「うーん。ご機嫌斜めのようですけど、ソートくんが心配だからと思いますよ」
 俺が顔をしかめたのを見てコネットさんはフォローのように言い添えてくれる。基本機嫌が悪いんじゃ、何の救いにもならないんだけど。
 一つ部屋を突っ切って、その奥の一室が最近のグラウトのお気に入りの場所だ。跳ねるように前を行くコネットさんが俺のためらいに気付いていない様子で扉を開ける。
「グラウト様ー。ソートくんが来ましたよー」
 大きく開いた扉をくぐりながらコネットさんが奥に呼びかける。コネットさんがひょいと扉の脇に控えると、目の前にグラウトの姿が見えた。
 コネットさんの言うとおり、あんまり機嫌のよくなさそうな雰囲気――か。この国で再会したときほどじゃあないけど。でも表面的に浮かべた笑みが、内に秘めた怒りを連想させてなんだか怖い。
「相変わらず寝起きはよくないようだね、ソート」
 珍しくも行儀悪くテーブルに肘をついて、グラウトは明らかな嫌みを放ってきた。
「聞いたんだろ。昨日は夜中遅くまで大変で」
 言い訳する俺をグラウトは鋭い眼差しで射抜く。
「短慮な行動をするのは賢くないと思うんだけど……それをソートに言っても仕方のない話かな」
「考えなしに行動した訳じゃないけど」
 反論をグラウトは軽く聞き流してコネットさんになにやら指示を出す。俺に対しても座るように促して、彼は深いため息を漏らした。
 コネットさんが別の部屋に引っ込むと、グラウトは再び口を開いた。
「事情が事情だから無理をしたことはわかる。だけど、ラストーズの人間は自国のことしか考えていないから困る」
 グラウトの声に諦めの色が混じって、ため息が口からこぼれ落ちる。
 グラウトだってフラストのことを一番に考えているんじゃないかなんて思っても言えなかった。
「何事もなく、無事に済んだようだから何よりだけど――あまり私の肝を潰すようなことは控えて欲しいね」
 言うだけ言ってしまえば落ち着いたらしく、よく知る冷静な声でグラウトは忠告をくれる。俺だってしたくてしたことじゃないなんて言って怒りを再燃させることは得策じゃない。俺はゆっくりと力強くうなずいた。
「できるだけ、頑張る」
「しないと言い切ってくれた方がうれしいんだけれどね」
 誠意はわかってもらえたらしく、グラウトは苦笑して呟いた。
「しないって言い切って何かあったら余計怒るだろグラウトは」
「それは勿論そうだ。約束は守るべきものだろう?」
「だから言い切れないんだよ」
「案外、生真面目だねソートは。別に契約神様に誓うような大それた約束でもあるまいに」
「そういう問題じゃないだろ」
「やれやれ――できるだけ頑張ると言った君の誠意に期待するよ」
 グラウトは嘆息混じりに漏らした。そうして一応の和解を見たところでコネットさんが戻ってきた。
「お待たせしましたー」
 彼女が押してくるワゴンにはたくさんの皿が並んでいる。
「お昼ご飯ですよー、ソートくん」
 コネットさんは手早くテーブルを整える。鮮やかな食材が俺の目に飛び込んでくるので、グラウトに対峙して忘れかけていた空腹を思い出した。
「ありがとうコネット」
「はいです。おかわりが必要なら声をかけてくださいね」
 うなずく俺に笑みを残して、コネットさんは来た時と同じようにワゴンを押して出て行った。
「あれ、コネットさんは……」
 いつもならコネットさんは一緒に食事をしたりするのに。
「深い話はできそうにないからね。今日は席を外してもらった」
 不審に思った俺の呟きの意味をきっちり悟ってグラウトは言う。
「コネットは信用しているけど、少しうかつなところがあるからね。あまり広まっていい話でないのだから用心に越したことはない」
「コネットさんは昨日あったことをもう知ってるんだろ?」
「概略は話したけれどね」
 言葉を止め、グラウトは意味ありげに笑う。すっと細めた眼差しが俺から逸れた。
「まさかすべては話せないだろう? ソートが精霊主に力を貸して大事を解決したなんて知れば、国に帰った後コネットはいろんなところに吹聴しかねないよ。ソートくんがすごくなった、とでも言ってね」
『どこまで話してるんですかソート!』
 グラウトの言葉に被さるようにカディが声を張り上げる。くくっとグラウトは笑った。
「ソートの問題ではないだろう。ソートの師匠の友人殿――精霊王殿の口が軽いのが悪い」
『オーガスは軽々しすぎるんです。大体――え?』
 苦々しく文句を言おうとしたカディが間の抜けた声を上げる。
『聞こえる……いえ、我々が見えるんですか?』
 グラウトを振り返ったカディは呆然と呟いた。グラウトはそれを見て、俺をからかうのに成功した時のように笑った。
「精霊使いになるほどの才はないけれどね」
『今の私たちが見えるだけで、なかなかの才だと思いますけど』
「精霊主殿の一人にそう言って頂けるのは光栄だけれど。あいにく私はソートほど純真でないからね」
 しれっとグラウトは言い切る。
「せっかく意思の疎通ができる精霊主殿が目の前にいるのに、精霊の見えないコネットの前では遠慮して話せないというのも彼女に席を外してもらった理由の一つなんだ」
「あー、なるほど」
 何もいないように見える空中に向けて話す姿は端から見るとおかしいのはよーくわかる。俺は納得してうなずいた。
「精霊王殿はいくら才ありといえど今の精霊主は見えるか危ういと言っていたが――かろうじてではあるが見えるのでよかった」
 グラウトは珍しくも満面の、他意のなさそうな笑みを浮かべて立ち上がる。
「私はグラウティス・フラスト。人間の世界で言うならばフラスト国の王位継承者だけど、ソートの知己だと認識して頂けるとありがたい」
 差し出しかけた手をグラウトはすっと引いた。「握手はできないか」とぽそりと呟く。精霊主四人の前でさすがのグラウトも興奮しているらしい。少し恥ずかしげな様子でもう一度席に着いた。
 反応しない精霊達を振り返ると、一番前にいるカディがひどく苦々しい顔をしていた。知らないうちに正体がばらされていたことに文句を言いたいんだろうなあ。
『私はカディ。風主です』
 しばらくしてカディは渋々といった様子で口を開いた。
 先んじてオーガスさんが原因だと言われれば、俺に小言を言うわけにもいかないと思ってくれたのか、それとも精霊主の外面を取り繕うために今ここで文句を付け難いのか――前者だといいなと俺は強く思う。
『彼女は水主のスィエン。その後ろが地主のチーク。残る一人が火主のカースです』
 紹介しながらカディが同僚に向けるのは余計なことをしゃべるなという無言のプレッシャー。
 チークに対してはいらない心配だし、さっきの今だからスィエン達はおとなしくぺこりと頭を下げる。
「風主殿の話は再会した時にソートに聞いていたんだ。貴方がいなければきっとソートはここに来るまでに行き倒れていたんじゃないかと思う。ソートの友人として、貴方のご尽力には感謝してもしきれない」
『ソートがあまりにも危なっかしいから放っておけなかっただけですよ』
 ため息の後でカディは応じる。それを聞いてグラウトは笑みを深めた。
「それもそうだ」
「何で同意するんだよ!」
「事実だと思ったからだよ。ほらソート、私は彼と親交を深めておくから君は食事をするといいよ。昨日の晩から何も食べていないって話じゃないか。お腹がすいているだろう?」
「そんな言葉で誤魔化されは……」
 すらりと伸びた指先がすっとテーブルの上を指し示す。思わず指先を追うと当然これでもかと並べられた昼食が目に入った。
 腹が反応して鳴るのはこらえることができたけど、生唾が口の中に溢れるのはどうしようもなかった。ごくりと飲み込むと、ほら見たことかとグラウトは笑う。
「う……だけどだな」
「フラストの味とは違うけれど、ラストーズの料理もなかなかおいしいね。フラストでは見ない食材も多いし」
「くぅ……」
 意識すまいと思ってもグラウトの言葉は否応なしに耳に入ってきて、精霊の言葉のように聞こえにくくすることなんてできない。
「後でしっかり話すからな! 余計なことをしゃべるなよ!」
 グラウトの言葉は容赦なく食欲を煽り、そして目の前の誘惑は抗いがたい。俺は本能に従って、食欲に屈した。
「ソートの気をそらすのは昔から簡単なんだよね」
 口の中に物が入っている状態で言い返すこともできず俺はグラウトを睨み付ける。グラウトは平気な顔で見返してきた。
「苦情は後で聞くから食事に集中するといいよ?」
 別にその言葉に従ったわけじゃないんだけど、俺がようやく腹を満たし終えて我に返った時には結構な時間が経っていたらしく、何故かグラウトとカディが意気投合していた。

2009.01.30 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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