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精霊使いと魔法国家

9章 8.それからのあれこれ2

 そこから数日は、特になにがあるというわけもなくゆるやかに過ぎた。
 国王のお膝元、王城の敷地内にあった兵舎が燃え落ちるなんて事件の後だけど、予定されていた式は何事もなかったかのように行われるらしい。
 それまでの幾日かを日々着せ替えられながらおとなしく夜会にお供したのが功を奏してかグラウトの機嫌も悪くなかったし、精霊主たちの調子も少しずつ戻ってきた。
 戴冠式が目前まで近付いてきて忙しいはずのレイドルさんも、一日一回昼食会だけは欠かさない。
 城に滞在する期間が長引くにつれて、少しずつ自分のペースがつかめてくる。充実した食事、豪華な客室。華美な衣装はいつまでも慣れないけど、悪くはない毎日が続く。
 贅沢な生活には慣れないけど全く影響を受けないなんてことはなかった。旅の最中は満たされなかった胃袋が常時満たされていることは――ちょっと、いや、かなりありがたい話だ。
 だけどいつまでもここにいるわけにもいかないしそろそろ旅を再開しなくちゃならない。
 レイドルさんの戴冠と結婚式が、明日。レイドルさんの弟として、参列することになっている。そこから先は、近いうちにお暇させてもらうつもりだ。
 新国王の生き別れていた弟が兄の晴れ舞台に同席して去るのは、どれくらいがちょうどいいんだろうか。一日か、二日か――それとも一週間くらいなのか?
 セルクさんに聞けば答えをもらえそうだけど、グラウトにきっちり誓っていてもずっといればいいのにとまともに答えてもらえそうにない気がして聞けずじまい。
 レイドルさんは本当に俺を弟のようにかわいがってくれているみたいで何度もゆっくりしていってくださいねと言ってくる人だから、聞けば悲しませそうで聞くに聞けない。
 シーリィさんに尋ねるのも手かなと思うけど、なんとなく勘違いが増幅されそうでやっぱり聞けない。
 とすれば俺が他に聞けそうなのはグラウトしかいないんだけど、グラウトに聞けば「どうせなら私と一緒にフラストに戻るか」なんて言われそうな気がするわけで聞けやしない。
『気になるなら聞けばいいでしょうに』
 腹ごなしを兼ねて何かを壊さないように注意しながら室内で素振りをしていると、とうの昔に常の調子を取り戻したカディが言ってくる。
「誰に聞くべきか迷ってるんだって」
『どうしてそう優柔不断なんでしょうねぇ』
 呆れた顔で見るなっての。俺だってこの人だと思えればその人にとっくに聞いてるんだってば。誰に聞いても難がありそうだから困ってるんだよ。
『私が思うに、それでもあの人が一番無難だと思いますけど』
 カディが言うあの人ってのは、セルクさんだ。
「俺、カディはセルクさんを一番警戒してると思うんだけど――なんでだ?」
『ソートは言葉巧みに引き止められることを警戒しているようですが、神に誓った以上そんなことはしないでしょうから』
「それでもさらっと前言を翻しそうなのがセルクさんだと思うんだけどな」
『それ、あの人が聞けば盛大に嘆くと思いますよ。どこまで本気かわかりませんけどね』
 俺は同意の意味で深々とうなずいた。そう長くない付き合いでも簡単に想像ができるくらい、セルクさんの言動は印象深い。
『聞けないなら聞けないで、タイミングを見計らって旅立つんですね』
「そのタイミングっつーのが掴めないんだけど」
『貴方の幼馴染と一緒に退出すればいいだけの話ですよ』
「なんでだよ」
『なんでって』
 カディはため息とともに俺を見下ろした。
「グラウトにはいろいろ世話になったと思うけど、一緒にフラストになんて神経削るだろ」
『グラウトさんはグラウトさんなりにソートを大事に思っての行動だと思いますよ? 若干歪んでいるようですが』
「その若干が問題なんじゃないか」
 カディはその後、グラウトとしっかりとした友好関係を築き上げている。友好関係といえば、精霊が見えるレイドルさんとも仲良くしているみたいだけど、グラウトとのそれの比じゃない。
 一人だけでも言い負かされるだけなのに、二人揃ってあれこれ言ってくるから俺としてはたまったもんじゃない。
『なにも、本気で一緒に行動しろと言っているわけじゃないんですけどね』
 カディが呆れた声を出すから、じゃあどういう意味だと俺は問いかけた。
『要は、本当にホネストの次男はフラストに仕える気だと他に知らしめるだけの話ですよ』
「そいつはますます俺の本意じゃない」
『わかってますよ。フラストの人間と共に去れば、後で余計な勧誘が来ないのでそうすればいいというだけの話です。ソートがまだ修行の旅を続けるといえば、グラウトさんも国元までお供しろとは言わないでしょう』
「そういうもんか?」
 カディはええとうなずいた。
「なら、グラウトにそう言ってみるかなー」
 遠慮がちなレイドルさんはフラストの皇太子さまと一緒に帰るといえば引き留めるようなことをしないと思う。セルクさんは神に誓った以上グラウトにあれこれ言わないだろう。シーリィさんは……何か言ってきそうだけど、頑張って納得してもらうことにして。
 グラウトがそれでいいと言ってくれたら、確かにうまいことおさまりそうだ。グラウトは明後日、つまり戴冠式やらなんやらの翌日に早くも帰途につくらしい。他国との交流は十分したからね、なんて言っていた。
 それに乗っかって旅立つ――うん、悪くない。



 俺が決意を告げるとグラウトは一も二もなくうなずいた。
「なんなら、そのまま一度一緒に戻ればいいよ」
「なんでだよ」
「君の師匠も喜ぶと思うけど」
 師匠よりもそういうグラウトの方がよほどうれしそうだ。
「師匠ねぇ……」
 世間を見て来いって俺の背を押した師匠は果たして喜ぶんだろうか。ある意味いろいろ見ちゃいけないものをいろいろ見た旅路だったと思うけど、まだ何か普通の世間様を見ていない気がしてたまらない。
「うーん」
 確かに、グラウトに引っ付いて一度帰るのも手だけど――衣食住が保障されているからな――このままその好意に甘えて帰ったりした日には大目玉を食らうような気がする。
 師匠はカディほど口うるさくないけど、似たようなこと言いそうだもんさ。精霊王のオーガスさんと知り合いなんだから精霊主の存在にもた易く馴染むだろうし、カディだって俺よりもすごい精霊使いの師匠に馴染まないわけはないだろう。
 グラウトと意気投合する以上に意見を合わせて、カディは道中のあれやこれやを色々というんじゃないか?
 カディなら「ソートは食欲にだけ忠実です」とか「私がいなければ何度も行き倒れていたと思います」とか、好き勝手なことを……いやまあ間違っていないんだけど飾らず正直に言いそうじゃないか。
 加えて幼馴染の好意に甘えてのうのうと帰宅した日には!
 「お前は独り立ちができんのかー!」って怒鳴られそうだ。ああ、目に浮かぶ。
『そーいえばオーガスがソートに一度帰るようにとか言ってただわねー』
 想像してぶるりと体を震わせているとスィエンがそんなことを言い出した。
『いつですか? 私は聞いてませんけど』
『えーと、そのう――カディが、あんにゃろうに捕まってる時だわけど』
 不審そうに眉をしかめるカディにスィエンは遠慮がちに告げる。
「ああ、そういえば」
 言われて俺も思い出した。弟子がどうなってるか気になって動けないっていう師匠が気兼ねなく動けるように、一度戻って顔を見せてやれとかオーガスさんは言っていた。
 今回みたいなことがそうそうあるとは思えないし、オーガスさんが師匠に協力を要請することが再びあるかもわからないけど、ここは一つそれに従った方がいいんだろうか。
 俺が帰るよりも前にオーガスさんが師匠に会うのもそれはそれで問題……だよなあ。師匠に止められてた歌を歌ったりしたこととかを告げられれば、それはそれで怒られるだろうし。
「どっちにしろ説教コースか……」
 俺はもう一度ぶるりとする。どちらがよりましかと言われたら――そうだなあ、オーガスさんにあることないこと言われるよりは、自分の口から正直にいう方が前向きなところが評価してもらえるかな。
「ううーん」
 スィエンに言われて嫌なことを思い出したらしいカディは苦い顔をしている。俺も多分同じくらい苦い顔をしているだろう。
 カディを気遣うスィエンに、どっちでもよさそうなカース。チークの真意は相変わらず読めない。
 グラウトだけは妙に笑顔になった。
「ならば、やはり一度顔を見せるべきではないかな?」
 オーガスさんの依頼を断った真の理由は面倒だからだろうけど、俺のことを口にしたのは単なる言い訳じゃないはずだ。初めて一人で町に行く時には、心配でこっそりついてきたくらいの人だから。
「そう、だなあ」
「よし決まりだ」
 俺の曖昧なうなずきにグラウトは嬉々としてうなずく。まだはっきり決めたわけじゃないと言う隙もなく、別室に控えていたコネットさんを呼んでさっそく指示を出す。
「まあ、ソートくんが一緒なんて! よかったですねえ、グラウト様」
 にっこり笑ったコネットさんが嬉しそうな声をあげて出て行った。
「いや、俺、まだ決めたわけじゃ……」
「何を言っているんだ。私たちはもう明後日には出立するんだ。準備もあるのだから、早いうちに手を打っておかねば」
『逃げられないように有無を言わせず行動に出たように見えますけど』
 どうやら落ち込みを脱したらしいカディがぼそりと呟くと、グラウトはいけしゃあしゃあと「そうとも言えるね」と言い切った。
「だけど、私は今回大変な迷惑をかけられたのだから、これくらいの役得があってもいいとは思わないかい?」
 問いかけは俺に対して、痛いところを突いてくる。それに否を唱えることは、俺にはとてもじゃないけどできなかった。
『私もソートの師匠とやらには興味がありますから、一度ご挨拶に行きましょう』
 フォローをしてくれそうだったカディが妙に乗り気なことを言い出したら、負い目がある俺にグラウトを説得できるわけがない。

2009.03.25 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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