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精霊使いと皇太子

2.不真面目な精霊使い

 我がフラストの誇る優秀な精霊使いですら師事したいと言わしめる、脅威の精霊使いが王都に現れたのはその精霊使いの存在を私が知ってから半年ほど過ぎた頃だった。
 ブロード・テーショはわが国一の精霊使いだったし、すぐに出かけるというわけにもいかなかったから。
 それでも、最初に調査に向かった時よりははるかに素早く彼は帰ってきた。二週間ほどかな。
 フラストはそう大きな国ではない。国土という意味では、だけれど。
 二週間は、それでも国の端まで行って戻って来たにしてはやや早い。無茶をしたのかもしれない。



 その時、私は図書室でやるべきことをやっていた。図書室でやることは、ただ一つと言っていい。
 読書中ふと気付くと精霊の存在感が突然増し、私にも見えるようになった。こんなことは滅多に有り得ない。確かに、私も少しは才能があるのだろうけど、それはほんの少しなんだから。
 不思議に思っていると、精霊の気配が恐ろしいほど濃くなってくる。異常だ――誰も何も気付かないのだろう。精霊使いは王宮に十人いない。国中を探しても、その数はそうは多くないはず。ここには精霊使いは誰もいないから、気付かなくても当然かな?
 私が勢いよく立ち上がったので、数人がこちらを不思議そうに見る。
「殿下?」
「なんでもない」
 ことはないんだけど――ね。
 ひらひら手を振ってみせて、司書に読んでいた本を見せる。
「借りて行って構わないかな?」
「禁帯出ですよ!」
「じゃ」
「殿下ッ?!」
 優秀だな。題名だけで禁帯出ってわかるのは。
「冗談だよ、クレアズ――」
 泣きそうな声を出す司書に、仕方なしに本を渡す。すごい勢いで私に向かってきていた彼は慌ててそれを受け取った。
「冗談はほどほどにしてくださいぃ」
「じゃ、ね」
 私のいるところから扉まではそう遠くない。広い図書室の扉をくぐってすぐに受付と机が並んでいるからだ。この部屋は広いし、なおかつ奥にさらに続いてはいるけれど、読書スペースはここだけ。昔は奥にもあったそうだけど、年々増えていく蔵書量に負けてついに残ったのはここだけなのだと。
 私が国を継ぐくらいになれば、きっとここもなくなってどこか別に受付を設けなくてはならないかもね。
 まあ、そんなことはどうでもいい。
 私が扉を開こうと手をのばすと、それより数瞬早くそれは開いた。
 精霊の気配がますます濃くなる。心なしか、私の目に映る精霊が濃くなったように思えた。
 扉を開けたのは、見知らぬ男だった。
 王宮は広い。確かに広い。私の知らない者は大勢いて、ここで生活しているのは間違いない。
 しかし、この図書室を利用できるものはそう多くない。
 王族、貴族、精霊使いに魔法使い。大体、それくらいだろう。帯出不可の書物さえある。身元はきっちりとしていなければならない。
 しかしこの男は。
 私はじっくりと彼を見上げた。きらめく金色の長い髪――しかしそれは適当に後ろでバンダナでくくられている。黒い瞳は吸い込まれそうに深いが、私のことを見るとふわっと和んだ。
 縁取りの綺麗な装束は上質ではあるけれどいささかくたびれている。ちょっと珍しい型にみえるけれど、ではどう違うのかといわれれば少し返答に困ってしまいそうだった。
 見たことがないのは間違いない。一度でもみていれば覚えている。印象的な髪の色、整った顔。これを忘れるのは難しい。
「や」
 軽く手を上げて、挨拶らしきものをよこす。
「だ、誰だ、君はッ」
 クレアズでさえ声を上げる。つまり、ここの番人でさえ知らない男なのだ。
「いや、何もそんなに敵視せんでも」
 困ったような顔で男は言った。
「ししょおー」
「すそひっぱんなってば、お前」
 男の後ろからひょこんと子供が顔を出す。男の服を掴んで、引っ張ったのでつんのめりそうになりながら彼は子供に何かを放った。
「飴やるから黙ってなって」
「ええと、だから君は?」
 クレアズのトーンが落ちる。子供連れの怪しい男。怪しいことこの上ない。でもなんというか、敵対心はそがれる。それが狙いなのかもしれないけど、もし怪しい輩としたら、今度は逃げる時にこの子供が足手まといになりそうだ。
「あー」
 男はクレアズの問いにますます困ったような顔をする。視線をさまよわせるのは、ちょっとどころでなく怪しい。
 そのまま男の手は懐に伸びる。わけもなく身構えてしまう私に苦笑して、彼はそこからひらっとした紙を取り出した。
『許可証』
 そう最初に書いてある。中身をさらっと読み流して一番下。確かに父の署名があった。
「いや、本棚覗かせてもらおうかと」
 覗かしてもらおうかと、なんて軽い言葉でたやすく部外者を通していい場所でもないし、そんなに簡単にそんなことをやらかす父王でもない。第一、国王自らの許可証なんて、そう滅多に出るものでない。
 私はまじまじと、穴の空くくらいそれを眺めた。乱れない、几帳面な父の字。筆跡を真似るなどという真似ができるものもいると聞くが、仮にそうだとしても最後の署名――そして二つとない御璽は到底真似できるものではない。
「だ、誰なんだい君は」
 クレアズの声は裏返っていた。つかまされた許可証を震える手で摘み上げて。
 男は苦笑した。
「誰――って、言ってもわからんのじゃないかと思うんだけどなー」
 前髪をかきあげる。
「ウェイサイド・グエバ・モーストと言って、まあなんだ、恐れ多くも国王陛下からお呼びがかかってしまった哀れな一般市民だな。一般市民」
 やけに一般市民を強調して、男はにっこり、笑みを浮かべる。
 ……と、いうとあの精霊使いの名じゃないか!
 私は彼をもう一度見た。
 きらめく金色の長い髪――そうだ、精霊使いと言うのは髪が長いものなのだ。
 それに、先ほどからの精霊の気配。ブロードが師事したくなるのもわかるような気がする。
 私の視線を感じたのか、精霊使いはこちらを見た。
「お初にお目にかかるね? グラウティス・フラスト殿下」
 なんで、私の名を知ってるんだ? この男は。
「噂どおりの方だね」
「どういう噂なんだか……」
 私の呟きに精霊使いは笑った。軽い笑い声。パタパタ手を振りさえする。
「身なりが上等だし、父上に顔が似ている。目元はお母様譲りかな。本好きとも聞いていたし」
「母上のことも知っているのかっ?」
 私の声は少々裏返っていた。甲高く、少し耳障りな声。
「母上は――あまり人とお会いにならないのに」
 もともと虚弱な人なのだ。
「俺が突然訪ねたら卒倒すること請け合いだな」
 ろくでもないことを言い切る。
「おかげで、しばらくはここにいなきゃならん。ったく、こういうお上品なトコは苦手なのに……」
「母上と知り合い……?」
「まあ、そういうことかな。興味があったら父上にお聞きするんだね、殿下」
 自分で答える気はないらしく、そんな風に言われてしまう。
「ししょーお」
「……飴はもう食べたのか?」
 私が問いただそうとする前に、子供の声がそれを遮った。
 師匠と呼ぶということは……つまり弟子。子供ではないのだろう。愛らしい顔立ちの子供だが、精霊使いには似ていない。
 茶色い、柔らかそうな髪。青い大きな瞳。師にしがみつくその姿が愛らしい。
「たべたー」
「ったく、おまえは……」
 呆れた口ぶりで言いながら精霊使いは再び飴玉を取り出した。子供の口に放り込む。
「父が貴方をお呼びしたのなら、何かお話をされたいからだと思ってましたけど。お知り合いなのでしょう?」
 問い詰める意欲も失せてそう言ったら、精霊使いは曖昧に笑った。
「違うと思う」
 笑みの曖昧さのわりに、その口ぶりははっきりしていた。
「多分ね」 
「ならば、何をしに?」
「それでも一言二言は言葉を交わさなければならないと思ったんだけど……。さすが一国の主。一般市民に割く時間を持ち合わせていらっしゃらないらしくて、待ちぼうけ」 
 ……精霊使いは一般市民ではない気がするのは、私だけかな? まあ、確かに彼はどこの国にも縛られていないようだけれど。
 確かに父王はお忙しいかただ。自ら呼んだとはいえ、精霊使いに会う時間を設けるのは簡単ではないんだろう。
「で、暇つぶしに本でも読もうかな、と」
「暇つぶし、ですか」
「そう」
 何か言いたそうなクレアズに気付かないふりをして、彼はきっぱりうなずいた。
「最近の本て、どこだ?」
「それならば、こちらに……」
 性分でクレアズは素直に案内する。精霊使いは子供をひょい、と抱えて示された棚に向かった。
 室内の精霊たちが、微妙に移動する。ずいぶん精霊たちに好かれているらしい。精霊使いなら当然なんだろうけど、異常なことだ。
「あ、それと、この子が読めそうなもんあったらうれしいんだけど」
「ありませんよ」
 くるりと振り返るのに、クレアズは即答。精霊使いは苦い顔をした。
「じゃ、ソート。いい子してろよ。いいこにしてれば、後でいいものをやろう」
「いいものー? なぁにー?」
「何がいい?」
「え?んーとねーんーとねー」
「それがうるさい」
「いたーいよー」
 ぺしんと軽く精霊使いは子供の頭をはたく。子供は可愛らしく頭を抱えた。ぶー、と頬を膨らませる。
「お? 何だやる気か、ソート」
「いったかったよーっ」
「じゃ、静かにしてな」
 精霊使いは本を見定めにかかった。子供がその様子を不満げに見ている。
 子供に大人しくしていろという方が無理だと思うんだけど。今でこそ私は我慢を覚えたけど、昔は一つところでじっとしているのが大の苦手だったんだ。
「よければ」
「あ?」
 私が声をかけると、驚いたような顔で精霊使いは振り返った。
「えーと、何か?」
「よければ私が相手をしていようか?――私の部屋には、この子が読めそうな絵本もあるし」
 彼は目を大きく見開いた。
「殿下が?」
「いけないかな?」
 何かを見定めるように精霊使いは私を見る。預けて大丈夫かどうか、見定めるみたいに。
 失礼な話だけど、まあ、子供を預けようというんだから当然かな。
 にまっと、まるで子供のように精霊使いは笑った。ぽんと子供の頭に手を置く。
「ソート、この人が遊んでくれるってさ。思う存分暴れてこい」
「おーっ」
 子供は拳を振り上げる。
「暴れられたら困るんだけど」
 呟く私の言葉は聞こえないようだった。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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