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精霊使いと皇太子
グラウト様の可愛いお客様
踊るような足取りになってしまうのは、仕方のないことだった。
気分に比例して普段にも増して足が軽い。
私はトレーに乗せたポットとカップを駄目にしてしまわないように、浮き足出す心を押さえ込もうと「平常心」と何度も唱えた――効き目がない。
今ならご機嫌で歌まで歌えそうだ。でもそうしないだけの理性はちゃんとある。
私はコネット。フラスト王国の王位継承者グラウト様の乳兄弟にして侍女をしている。
いまはグラウト様とお客様にお茶をお運びしているところなのだ。
出発地点であるミニキッチンからそう遠くない目的地、グラウト様の私室の手前で、立ち止まって深呼吸。
気持ちを落ち着かせてから、空いている右手でドアをノックした。
「失礼しまっす」
扉を開けて室内に入り込む。
私の主であるグラウト様と、グラウト様のお気に入りのソートくんが私を迎えてくれた。
「コネットさんこんにちは」
「こんにちはっ」
にっこりと挨拶をしてから、私はお二人の前にカップを置いて、ポットを傾けた。
ハーディスの東部ナルマ産の香りのよいお茶をついでから、お茶菓子をテーブルの中央に添える。
「ありがとうコネット」
そう言ったグラウト様が空いた椅子を指し示してくれた。
わーい。
内心歓声を上げて、私は慎ましく椅子に座り込む。
乳兄弟だけあってグラウト様は私に親しくしてしてくださる。私がご自分と同じくソートくんがお気に入りなのをグラウト様はちゃーんと分かっていらっしゃるわけだ。
ソートくんは国王陛下がたまーにお呼びになる、国の端に住む精霊使いのお弟子さんにあたる。初めてこの王宮に来たのは本当に小さい頃で、成り行きでグラウト様が子守をすることになってからのおつき合い。
もう8年くらいは経つんじゃないかな。
舌足らずなしゃべり方が次第とはっきりして、成長してちょっとはかっこよくなっても、私の中でソートくんはなんというか可愛らしい。
最初に出会ったときの印象が強いんだと思う。初めて会ったとき、そりゃあもう可愛かったんだから。
ほら、今もお茶菓子に手を伸ばして幸せそうに食べている。
どの辺が可愛いって、その幸せそうな顔が一番可愛い。
今日のお茶菓子はナッツクッキー。さくさくとした食感が上出来だと思う自信作だ。
「どうだい?」
私のわくわくした気持ちを悟ったグラウト様が尋ねると、ソートくんはにっこりした。
「うん、うまい」
本当にそう思っていることを疑いようのない、そんな顔だ。
いてもたってもいられなくなって、私は立ち上がる。
「まだありますよー?」
なんというか、あんなに幸せそうに食べてもらえたら作りがいがあるんだよね。
「パイも今焼いてますっ。焼き上がるまで時間かかりますけど――」
「そうすぐに行きはしないだろう?」
私の言葉に被せるようにグラウト様が問うと、ソートくんはこくりとうなずいた。
「ああ、まあそんなにすぐは出ないけど」
「ソートの部屋の手配も頼むね」
「はいですー」
この機会にいろんなお菓子を試食して欲しい私と、ソートくんにかまうことを何より楽しみにしているグラウト様の利害は一致している。
「え、泊まるとは一言も言ってないぞ……?」
「泊まらない、とも言ってないね?」
「そもそも今日は師匠の用事で来たわけじゃないし、そういうわけにもいかないだろ?」
グラウト様の笑顔には力がある。王者の風格、と言っていいかも知れない。
「君の師匠は関係ない」
にっこりとグラウト様は言い放った。
「関係なくはないだろ」
それに対してソートくんはそっぽを向いた。
「君は私の客人だ。私が私の客に便宜を図るのは当然だろう?」
「――また妙なこと言い出してもうなずかねーぞ? グラウト」
そっぽを向いたままソートくんはグラウト様をちらりと窺った。
ソートくんが言う妙なことっていうのは「グラウト様が王宮にソートくんを招きたがっている」ことだろう。
「大丈夫、妙なことなんて言わない」
グラウト様は何の迷いもなくそれにうなずいた。
そう――グラウト様にとって「ソートくんを招こうとしている」ことは妙でも何でもないからあっさりとしたものだった。
だから拍子抜けしたようにソートくんは目をパチパチとする。
「じゃあ、お部屋を準備しますねっ。ソートくん、夕食のリクエストがあればこっそり要望を料理長に伝えますよ〜」
ソートくんが気を変えないように文字通りえさをちらつかせると、ソートくんは苦笑した。
「なんでも。ここの料理はおいしいから」
「了解です」
厨房の人たちもものすごくおいしそうに食事をするソートくんはお気に入りなのだ。リクエストがなくても彼が好きそうなモノをメニューに加えてくれるに違いない。
私はやっぱり踊り出しそうな足取りでドアに向かった。
夕食の後のデザートも作らせてもらおう。ハチミツな感じのあまーいケーキとかソートくん好きそうだ。
「それにしても、君が一人でやってくるなんてはじめてだね」
「ああ、そういやそーだな」
「とうとう私の提案にうなずいてくれると思っていいのかな」
「妙なことは言わないって言っただろッ? 大体この国には精霊使いがいっぱいいるじゃないか!」
お決まりの掛け合いを耳にしながら、私はグラウト様に一礼して部屋を出た。
ただ精霊使いだからってわけでなく、仮にも次期国王に遠慮なくズバズバ言ってしまうことも自分が求められている理由の一つだって、ソートくんは全く気付いていないに違いない。
グラウト様はいつも気を張っていらっしゃるから、ソートくんが来たときなんかゆっくりする滅多とない機会なのだ。
ソートくんがいつか本当に王宮勤めになったらもっとずっとグラウト様は楽しい時間を過ごすことが増えるだろうし、私も楽しいんだけどな。
続く掛け合いを想像してくすくす笑いながら、私は廊下を歩いた。
さて、とりあえずお部屋の準備でもしましょうか!
2004年9月(くらい)に突然思いついた、3周年記念人気投票の一位ソートの番外編です。
投票があるかなーというところから心配していたら、思ったよりも参加して頂けてうれしかったですv
番外編を書くって事をうたっていたのですが、主人公で語り手なヤツの番外編ってどんなんよ? というところでちょっと悩んでいたので、時間がかかってしまいました。
ソートの発言具合は微妙ですが、他の人から見たソートシリーズ(?)です。
2004.12.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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