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精霊使いと皇太子

名前の由来 前編

 グラウトと出会っておよそ十年、今回も俺が王宮にやってきたのは師匠に連れられてのことだ。
 フラストに着いたらすることがない俺が、グラウトにかまわれるのは恒例行事のようなもの。
 グラウトはフラストの皇太子様だけど、小さな頃に出会った流れから、今でも気安く付き合ってもらっている。
「なあ、ソート」
 フラスト宮に着いて挨拶しにきた直後に、グラウトがらしくなく言いにくそうに切り出した。
「なんだ?」
 侍女のコネットさんがお茶とお菓子を一緒に出してくれるのを見守ってから、グラウトは再び口を開いた。
「前々から思っていたんだが」
「うん?」
 コネットさんが出してくれたのはアップルパイだ。彼女が作るお菓子はとてもおいしい。
「君と君の師匠の名前は違うだろう」
「は?」
 あまりに突然で意外な言葉だったので変な声が出てしまった。フォークを中途半端に持ち上げたまま固まっていたら、グラウトが眉間にしわを寄せたので慌てて口の中にパイを一かけ放り込む。
 甘い、そしてうまい。
 パイ生地の食感を楽しんだ後で、俺はフォークを置いた。
「うん、違うな。でも何で今更」
 出会って十年も経つ今になって、突然そんなことを言い出すのが不思議だ。
 師匠のフルネームはウェイサイド・グエバ・モーストで、俺の名前はソート・ユーコック。確かに姓は一字だって同じじゃない。
 師匠は俺を昔から育ててくれてるけど、血のつながりが全くない人だ。
 開けっぴろげなところがある師匠は、それなりの配慮をしつつも俺に本当の話をしてくれていた。
 ……つまり、俺が師匠と出会ったのは俺が実の親のから捨てられたからだろうってことを。
「そりゃ、普通精霊が見えないってのに、その精霊と遊んでるような子供だったからお前。明らかに変だったよな」
 なんてなことを軽い口調で言われて、俺がひねくれずに済んだのは師匠の愛情を充分に感じて成長してきたからだと思う。
 拾い子の俺と姓が違うのは当たり前のことだろ?
 俺が不審そうにグラウトを見返していると、彼はなんだかため息をもらした。要領を得ないな、なんて言いたそうな態度。
「なんだよ?」
「君がはじめてここに来たのは小さい頃だったね」
「ああ」
 言われてうなずいたものの、話の流れが読めない。何で昔語りになったんだ?
「あの頃から君は食べ物に目がなかった」
「グラウトーっ」
 どうしてそういう方向に話を持ってくかな。まあ待てとグラウトは俺をなだめるように手を挙げる。
「逆に言えば、食べ物以外の何にも興味がないようなお子さまだった。あまりに小さすぎた君が自分の名前をすべて記憶していたと思うかい?」
「どういう意味だ?」
 グラウトの言葉の真意が読めない。
「まあ、記憶してなかったのは事実だけどな」
 思い返してみて、グラウトの言うことはもっともだったから不審に思いながらうなずいたけど。
「それなのに、なぜ君と君の師匠の姓は違うんだろう。それが私にはずっと疑問だった」
「えーっと。そう言われれば不思議な気はするけど」
 グラウトは俺の返答に満足そうにうなずいた。
「名前のわからない拾い子だったら自分と同じ姓を付ければいいだろうに、あえて違う姓を名乗らせる、そこに何か意味があるのかなと思って」
「意味?」
「君の師匠は不思議な人だよ、私はそう思う」
「そーか?」
 グラウトはこくりとうなずいた。
「誰もがうらやむ才を持ちながら、誰に縛られることなく生きている。滅多なことではできないと思うよ」
「師匠は長生きしてそうだし、人生にいろいろあったんじゃないかな」
「だからこそ君に違う姓を名乗らせるのかもしれない。私はあの人のことが気になるんだよ――それに」
「それに?」
 グラウトがいかにも意味がありますってばかりに言葉を切る。続く言葉を待って、顔をのぞき込むとグラウトは俺から顔を逸らした。
「それに……もしそうでなく、それが君の本当の名なのならば、そこから君の両親についてわかるかもしれないよ」
「はあ」
 そうして一息に言われて、中身は一瞬理解できなかった。
「はあっ?」
 声を張り上げて。グラウトを見る。師匠云々でなくて、それこそ彼が本来言いたかったことなんじゃないかって瞬間的に思った。
 いつも俺をからかうことに精力を注いでいるグラウトの、滅多にない真剣な表情が見えたから。
「君は、知りたいんじゃないのかな」
 ちらりと俺の顔をうかがう様子は、俺の答えをなぜか恐れているように見える。
「いや、別に特に」
「昔言っていたじゃないか」
 言った言葉に嘘はないのに、グラウトは驚いたようだった。ばっと俺を見て、珍しく目を丸くしている。
「そりゃ、子供の頃は言ったかもしれないけど、いつまでもそんなこと言ってるガキじゃないぜ?」
「そうなのかい?」
「ああ。なんだよグラウト、そんな驚いたような顔して」
「いや――なんというか、なんだろうな。でも、知りたいというならば、探らせようと思っていたんだが」
「いらねえ」
 何故か熱のこもったグラウトの言葉に俺は即答した。
「はっ。もしかしておまえ、それをネタにまたなんか馬鹿なこと言おうとしてたんだろ!」
 そして気付く。
「馬鹿なこととは何だ。私の治世に君の力が必要だと言っているだけだろう」
「王宮は性にあわないって言ってるだろ前っから」
「ソート、君の猫かぶり技術は最高だと私は思うぞ」
「それ絶対ほめ言葉じゃねえよ」
 グラウトは心外だと言わんばかりに目を見張った。
「だいたい俺なんかに声をかけなくても、この国にはいい人材がたくさんいるだろ。ほら、ブロードさんとか」
「彼は真面目すぎる」
 グラウトは即答した。ブロードさんはこの国に仕える精霊使いのお兄さんだ。フラスト一の力を持っていて、グラウトの言うとおり真面目な人。
「いい人じゃないか」
「彼と話していても面白くない、と言ってるんだ」
「それって、俺をからかうのが楽しいってことか?」
 グラウトは答えずにただ笑みを深める。よく分かったななんて今にも言いそうな顔だった。
 げんなりする俺を見て、グラウトはますます楽しそうに笑う。
「何でお前そーなんだよ」
「ほらソート、パイのお代わりはたくさんあるぞー」
「ごまかすなっ」
「シフォンケーキも焼いてますからね〜」
 コネットさんまでそーやって!
 まだ一切れも食べ終わってないって言うのに、コネットさんはおかわりもありますからねーなんて言いながらアップルパイの皿をでーんとテーブルの中央に据えた。
「シフォンはちょっと待って下さいね」
 にっこりと微笑まれてしまうと、対応に困る。
「あ、ええっと、ありがとう」
「いいえー。おいしそうに食べてもらえたら私は幸せですからッ」
「だって、いつもおいしいから」
「よかったー」
 いつもおいしいお菓子をくれるってことを差し引いても、グラウトに比べて邪気がないコネットさんの笑顔には逆らえない。
「まあでも、言われると気になるよなぁ」
「総力を挙げて調べようか?」
 パイをつつきながらつぶやくと、グラウトがここぞとばかりに身を乗り出してきた。
「それはいらねぇ。師匠に聞けばどうして名前が違うのかくらい教えてくれるだろ」
「君の師匠が素直に答えてくれると思うのかい?」
 グラウトが不満そうにうなる。
「何でそんな風に言うんだ?」
「あの人は、ああ見えて一筋縄じゃいかないと思うな」
「それはわかるけど」
 でも師匠は冗談は言っても嘘は言わない人だ。
「そんな大それた秘密はないと思うし、言ってくれると思うぞ」
「そうとは思えないんだけどなあ」
 グラウトはらしくなくぐずぐず言ってる。
 何でそんなにこだわるんだかちっとも分からない。
「ちょっと気になっただけだし、教えてくれないならないでいいからな」
 そう言ったのは本心。
 だけど疑わしいと言いたげにグラウトは俺を見る。どちらかと言えば人に感情を読ませないグラウトがあからさまにそんなことするってことは、相当嫌だってポーズをとりたいんだろう。
「あのなー。今更、実の両親ですよって人が現れたって対応に困るだろうが。まずどんな顔すればいいんだよ」
 笑うべきなのかも知れないけど、笑顔は中途半端に歪みそうだし。
 あるいはののしるべきなのかも知れないけど、不満をぶちまけたいような出来事なんてこれまでなくって。
 俺が捨てられたってのはずっとずっと昔の話で。だからその事実に対する感想なんて、特にない。
 昔は何かあった気がするけど、今あえて言うとしたら、師匠に拾われるようにしてくれてありがとうなのかなあ。師匠以外の誰かに育てられた現在なんて想像出来ないし、したくない。
「その百面相はやめておいた方がいいと思うね」
 知らない間に表情をくるくる変えていたらしい。含み笑いでグラウトは言った。
「本当にいいのかい? 必ず見つけ出すと私は言い切れないけれど、見つかれば言いたいことの一つや二つあるだろう」
 だから努力はするよ、なんてグラウトは声に力を込めた。全くの善意で言っているように聞こえるけど、裏があるのが残念でたまらない。
 それがなきゃ、そこそこいいやつなのになー。
「言いたいことなんて全く思いつかないよ」
 どんな顔でどんな口調で何言ったらいいかなんて、あまりに現実味がなさ過ぎる。
「意外と淡泊だね、君は。執着するのは食べ物にだけかい」
「なあ、それって俺を馬鹿にしてるのか?」
「まさか。誉め言葉に決まってるだろう」
 嘘だ、それ絶対嘘だ。白々しく言い放つグラウトを俺は軽く睨み付けた。

2005.06.05 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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