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第三話 変な人と城上祭

4.ラフ画と会合

「昨日はほんっとーにごめんね」
 翌日。優美が教場に顔を見せた直後に相原が駆け寄ってきた。目の前で手を合わせて、お伺いを立てるように優美を見上げる。
 昨日は大分飲んでいたようだが二日酔いの気配は全くなく、もちろん今は正気のようだった。
「あ、いえどうも」
「お酒が入っちゃうとやっちゃうのよねぇ」
「入っちゃうと、ですか……」
「ん?」
 きょとんと相原が首を傾げる。
 不思議そうな仕草に、飲む前からすでにヤバイ気配が漂ってましたけどという突っ込みを優美は飲み込んでごまかし笑う。
「ちょっと驚きましたけど、平気ですよ」
 とりあえずそう言っておいた。
 場を暗くしたわけでもないし、無理に優美にお酒を勧めるなんて事もなかったし、被害といえばひたすら延々と優美には興味のない歌手のことについて語られたことだけ。
「いや、あれ、ちょっとかー?」
 近くにいた昨日の三人組の一人、外本が口を挟んできた。
「なによぅ、優美ちー以外には迷惑かけてないわよー」
「記憶はあるんですか」
「酔って記憶をなくしたことはないわね」
 相原は胸を張る。昨日、最後の方につけられた妙なあだ名が健在で優美は呆然と彼女を見下ろした。
「うはははは、相原ちゃんおもしれえー」
「何でそこで爆笑するかな、外本ぉー」
 小柄な相原が肩を怒らせる姿はむしろ愛らしい。だけど声には迫力がこもっていた。
 そのギャップが余計面白いと思ったらしくて、外本を含めた数名がやっぱり笑った。
「何で笑いが伝染するの!」
「いやー、いいキャラしてるわー」
「何を勝手に納得してるかな」
 相原は口をとがらせてぶうぶう言ってから、気を取り直すように息を吐いて優美を振り返る。
「まあ昨日のことは置いておいて。よければコナカのCD貸すわよー?」
「いりません」
「即答ッッ」
 昨日の話題からちっとも離れていない相原に呆れながら優美がきっぱり言い切るとさすがの相原もショックを受けた様子だった。
「き、昨日私がうだうだうだうだ言ったから、嫌になっちゃった? あのね、昨日のことはすっかり忘れ去って、無心で聞いてみたら私が言いたいことがよくわかると思うのよね」
「CDラジカセないですし」
「えっ、じゃあカセットにとって……」
「持ってないです」
 相原が動きを止める。
 笑いの内容が相原の言動から優美のそれに移行する。
 興味ないんだからラジカセなんて持ってなくてもいいでしょうと優美は思うけど、爆笑する田中が引きつったような声で言ったのは「天然記念物だそれ」だ。
「あ、アカペラで歌うとかありかしら」
 諦めきれないらしい相原が真顔でつぶやくと、優美の後ろからため息が聞こえた。
「歌苦手だってのにそれはチャレンジャーだな、相原」
「くっ」
 二宮だった。悔しそうに口ごもる相原を無視して教場の中に声をかける。
 そのまま二宮が教壇に向かう。くそう、とぼやく相原に引っ張られながら優美は席に着いた。親睦会に参加した意味はあったらしく、昨日のメンバーの近くにごく自然に。
「じゃあ、今日はまず――」
 言いかけながら二宮は教場内を見回す。
「そこ、昨日の親睦会に参加したメンバーがとりあえず固まってるから、全員その辺りに移動。何度かしたから重複はするけど、もう一度自己紹介から始めるか」
 二宮はメンバーがバラバラに座っていることがどうしても気にかかるらしい。
 ぞろぞろ皆が移動してきて集まって座る。
「向かい合わせに座れないってのは痛いなあ」
 後ろの机に作りつけてある椅子だから、正面を向いて座るしかない。
「どこか会議室のようなところ借りれないかな」
「そうだな」
 メンバーが移動中に二宮と戸田がそんなことを言い合う。
「探しておくか」
 それが簡単なことであるかのように二宮は言い放ち、任せたわーと相原が応じた。そんな間に移動は完了して、教室の前側の入り口近くの三列ほどに全員が集まる。
 一番前の優美には後ろが誰なのか顔さえわからない。二宮の言うとおり、会議室のような場所の方が話は進むだろう。



 昨日と同じように自己紹介を終えて、今回の資料が配られる。
 相変わらず一枚ものの資料は両面刷り。それに前回よりも小さい字で様々な事柄が書き込まれている。
「経費削減だからねー」
 そうにこやかに言った相原の言葉に目をむいたのは優美一人ではない。
「三崎先生に、当座の活動費は前借りしてるから。それだけは返せるようにもうけなきゃならないの」
 それは言った相原と、二宮と戸田しか知らなかったことなのだろう。
 年度途中に結成されたサークルに予算は付かない、考えてみれば当たり前のことだけど。
「だけなんて言ったら志が低いから倍返ししろって言われるから、やめろ」
「オフレコ、オフレコ」
 相原は言いながら口にチャックの真似をする。二宮はその様子にため息をもらした。
「それを踏まえて、料金を設定するぞ。原価割れしたらしゃれにならないからな」
 資料の表、真ん中の辺りを二宮は指し示し、これは草案だからなと前置きをして、前回より詳細な説明。
 まず第一に、貸し出す絵の確保。それには提供者への説明も必要だし、もちろんレンタル料を支払わなければならない。
 第二に貸出先の確保。これはただ資料を配るというわけにはいかない。ある程度の絵を確保したらカタログのようなものを数部作り、それを基に行う。支払ってもらうレンタル料は提供者である作者に支払うものプラス、仲介料。
 この料金をどれくらいに設定するかが問題だ、と二宮は結んだ。
「高すぎると借り手がつかない」
「逆に安すぎると提供してもらえないかもしれない」
 戸田と相原がフォローするかのごとく続けて、しんと場は静まりかえった。
「利益が上がらないと営業する俺らも面白くない、と」
 そう口を開いたのは田中だ。
「それはそうだけど、そこは長い目で見なきゃならないだろうな。レンタル料は月ごとに設定するつもりだ。客が増えて、継続的に借りてもらえるようになったら利益はいずれあがってくる。最初は提供者とレンタル先に満足してもらうことが先決」
 二宮のもっともな発言に田中がぐうと詰まる。
「それにメリットはあるぞ? 最初に言ったと思うけど、ここで実績を積んでおけば就職に有利に働くかもしれない、だろ?」
「営業に進む人間ならなー」
「規模も小さいし遊びじみてても、小さい会社を運営する気で俺はいるぞ。そういう体験をして社会に出る学生は少ないだろ。営業じゃなくっても、意味はあると思う――思うだけだけど」
 自信があるんだかないんだかわからない二宮に笑ったのは田中だけではない。
「まあ、普通のサークルじゃ金儲けなんて関係ねえもんなー」
「社会勉強だと思えば、まあなあ」
 そんな反応に二宮はほっと息をつく。
「それで、料金なんだけど」
「そんな高額じゃ、誰も借りないだろうなー」
「中学生の小遣いレベルが妥当じゃない?」
 転がり始めた会議はしばらく続いて、誰かが意見を言っては盛り上がってを繰り返す。
「まあまあ、意見が出たわねえ」
 それをこまめに記録していた相原が言ったのは集まってから一時間ちょっと経った頃。
「優美ちーはどう思う?」
 大体言いたいことはみんな言い終え、中だるみしたタイミング。相原の声はよく響いた。
「えっ」
「聞いてた?」
 冗談めかして顔をしかめる相原に優美はこくりとうなずく。
「芸学なのは優美ちーだけだし、参考意見を聞きたいなあ」
「私の意見を一般意見にとられても困るんですけど」
「大丈夫だいじょーぶ」
 ちっとも信用できない言い方に不安を覚えないわけがなかったけれど、相原が言い出したら聞かないことは親睦会の時に十分理解したつもりだった。
「はあ」
 仕方なく、本意じゃないって事をため息で示して優美は口を開く。
「少なくとも私は、ですけど。これまでに描き上げた作品が誰かの目に触れるだけでうれしいと思います。だとすれば絵を貸すことで高いお金をもらう必要はないかなと。ただ怖いのは大事な作品がどう扱われるかですね」
「どう、って」
「見も知らない他人の手に預けるわけだから、間違いはないとは言えないでしょう。間違って何かの瞬間に、その作品が駄目になったら――その時はどうするつもりですか?」
「それは考えてなかったな」
 二宮は目をぱちくりとさせた。
「契約書に明記する必要があるでしょうね」
「――そこまで細かい提案がされるとは思わなかったわ」
 相原が感心したように言いながら手早くメモを取る。
「メリットとデメリットを説明する必要があるよなー。井下さん、他に何か思いついたら教えて」
「私の思いつきでよければ」
 もちろん、と二宮はうなずく。
「じゃあ、ざっくりとグループ分けしてから今日は終わるか。今日の意見を踏まえてコスト計算をする組と、提供者向けの契約書の案を考える組、貸出先向けの契約書の組くらいで」
 ある程度希望を踏まえつつ、二宮はグループ分けを終えて解散を告げた。
 相原率いる提供者向け契約書組になった優美は急いで去るつもりはなく、ぞろぞろと出ていくメンバーをゆったりと見送った。
「明日からもよろしくねー」
 優美をよっぽど気に入ったのか相原はご機嫌で、それに優美は苦笑で応じる。
「よく考えたら、私のプレイヤーで聞いてもらえばよかったのよ」
 笑顔の相原がそんなことを言うので優美はぎょっとした。真剣にごそごそとカバンを探る相原の頭を近寄ってきた二宮が軽くはたいた。
「お前なあ、そんなことして井下さんが嫌になって明日から来なくなったらどうする気だ?」
「だって、コナカを知らないなんて青春の重大な損失よー」
「そう思ってるのはお前だけだ」
 相原は黙って二宮を睨む。二宮はふいっと彼女から顔をそらした。
「興味がないことを押しつけられても困るよなあ?」
 優美はその言葉に素直にうなずく。相原がショックを受けた様子だったけど、事実は事実だ。
「相原のそれは病気だと思って軽く流してやってくれ」
「ちょっと、さすがにそれはひどくない?」
 相原は冷たい言葉に顔をしかめて、戸田を恨めしげに見る。
「二人してひどいわー」
「本当のこと言ってるだけだろ」
「事実を言ったまでだが」
 相原の嘆きに答える二宮と戸田の言葉は違えど意味は似たようなもの。相原は唇をかんでカバンを探る手を止めた。
 鋭い眼差しで自分を睨む相原に苦笑いを浮かべながら二宮が彼女に気付かれないように手を振った。
 優美に今のうちに帰れ、と。
「小うるさいからな、相原は」
 すっと近付いてきた戸田がさらにそういって優美を促す。
 ありがたいことではあったけど、優美はゆるりと首を振った。素直に帰るつもりなら、最初から帰っている。
 不審そうな戸田の視線を感じながら、優美は昨日出しそびれたラフ画を取り出した。
「これ、見てもらおうかと思って」
「んん?」
 優美の言葉に相原は二宮に突っかかるのをやめて振り返ってきた。
「なになに? 例のアレ?」
「怪しげな言い方するなよ」
 スケッチブックを破ったそれは上品とは言えない。ざっくりと枠を取って、エンピツでざざっと描いただけのラフ画を奪い合うように二宮と相原が見つめる。
「どれも似たようなものですけど」
 構図やキャッチコピーが違うくらいで、ほとんどが同じ。考える時間が短かったからそれはそれで仕方ないと優美は思う。
 昨日は親睦会から帰ったらすぐに寝てしまったことだし。
 残り時間を考えたらこのラフ画のどれかを決定稿にするしかない。
「どうですか?」
 おそるおそる二宮達の様子を優美はうかがった。
 建物の中、一番奥の壁に飾られた絵画。そこを通りかかる誰もがふと足を止めてその絵画を振り返る――そういうイメージ。それにキャッチコピーを走り書きで。
 人物は当たりしかつけてないラフ画だけど、感心したように二宮が微笑んだのでほっとした。
「持ってたなら早く出してくれたらよかったのに」
「あんまり大勢の前で出すようなものでもないですし」
「優美ちーは奥ゆかしいわねー」
 お前と違ってな、と二宮は相原に突っ込みながらラフ画をもう一度見る。
「なあ、どう思う?」
 机の上にそれを並べて、相原と戸田へ半々に問いかけ。
「いい感じねー。でも、絵の方が大きくない?」
「詳しく書けるようなことはまだ決まってないだろう」
「俺もキャッチコピーしか言ってないしな」
 数枚のラフ画を並べて、二宮はうんと満足げにうなずく。
「絵に見ほれて足を止める人々――いいじゃないか」
 二宮の言葉に相原も戸田も迷いなくうなずいてくれたので優美はほっと胸をなで下ろした。
「このイメージで、君が描きたいように描いてくれたらいいよ」
「そんなこと言って、後悔しても知りませんよ」
 あまりにも簡単に二宮が任せてしまうから、優美はついつい言ってみせる。
「しないよ。信用してる」
 あっさりと、即答で。
「そんなにお人好しでいいんですか?」
 一つ深呼吸して、優美は問いかけた。失礼にならない程度に軽く二宮を睨んで。
「お人好し?」
 二宮は不思議なことを聞いたと言わんばかりに首を傾げた。
「どういう意味?」
「そんなラフ画で私の実力はわからないでしょう? それでも任せていいんですかってことです」
 優しげな風貌の二宮にお人好しという言葉はぴったりとはまる。
 二宮は目を見開いた後で、くっと顔をしかめた。視線をラフ画に落として、その一つにすっと手を伸ばす。
「そりゃ、ラフ画じゃわからないなあ」
 ひらりとそれを持ち上げてあっさりと言い放つ。
「でも俺、君の絵を見たことあるし」
 すとんとその言葉は優美の中に入ってきて、
「え」
 間の抜けた声が口からもれる。
「えええ? そーなの二宮! それ私初耳!」
 何も言えない優美に変わって相原が騒ぐと「言ってないから当たり前だろ」と二宮はそれに答える。
「一体いつ、どこで?」
 実力もわからずに任せたんじゃない――?
 優美は注意深く二宮を観察した。
「いつかははっきり言えないけど、どこでかって言うと芸術棟で。ちょこちょこ遊びに行ってるから」
「何でまた」
 優美より先に相原が突っ込むと、二宮は顔をしかめた。
「そんなの、考えるまでもないだろ。芸学にどんな絵を描くヤツかいるか、調査だよ調査」
「一人で?」
「夏休み中から、ちょこちょこ攻勢を仕掛ける相手の目星はつけてるぞ?」
 優美は息を飲んで呆然と二宮を見つめた。
「それって……」
「だから君の作品も知ってる。裏に名前が書いてあったから。実力のわからない人に大事な原稿任せるほどうかつじゃないつもりだぜ?」
 冗談めかして言う二宮にどう答えていいんだか優美はわからなかった。
 それならそうと、それなりに言っててくれたらよかったのに。
 でもそれならそれで「陰でコソコソ人の事を探るなんて」と思っていたであろう自分が想像できて、余計何も言えなくて。
「一人でそんなコトしないで、私も混ぜてくれたらよかったのに」
「お前を連れてったらうるさいだろ」
 そんな優美に気付いているのかいないのか、相原がいつものように騒ぐ。二宮が面倒くさそうにそれに応じたので何も言わなくて済んだけれど。

2005.12.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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