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第三話 変な人と城上祭

10.メールのタイミング

「どしたの優美ちー、浮かない顔してるわねえ」
 翌日の相原の第一声はそれだった。優美は挨拶代わりに軽く頭を下げる。その間に近付いてきた彼女は可愛らしく小首を傾げた。
「どうしたの? 悩みごと?」
「ある意味そんな感じかもしれないです」
「ありゃ」
 相原はいつも通りにすっと優美の隣に座って心配そうな声を出す。悩みながら優美がうなずくと彼女は目をぱちくりとさせた。
「昨日から様子がおかしいと思ったら」
「いや、昨日の問題は――関係あるようなないような感じなんですけども」
「歯切れわっるいわねぇ」
 どっちなのよそれ、なんて相原はくすりと笑う。
「おねーさんでよかったら相談に乗るわよ。そうたいしたアドバイスできるワケじゃないけど」
「え」
「何でそこで意外そうな顔するかしら?」
 茶目っ気たっぷりの相原は優しい笑顔。普段ならぬ調子なのは優美の様子がそれだけおかしいから気を遣ってくれているのだろうか?
 そこまで自分がおかしい自覚はない優美はこっそりと首を傾げる。
 じっと自分を見つめている相原の視線が気詰まりでふっと視線をそらして。
「えーと、相原さんって、メール好きですか?」
「んん?」
 遠慮がちに優美が問いかけると相原は不思議そうな声を出した。
「なになに、私とメル友になりたい?」
「いえそうじゃなくって」
「あら違うの? でも後でアドレス教えるねー。メールは好きだから」
 思わず相原を見ると満面の笑顔。
 あ、はあ。そうですかなんて煮え切らない優美の返事にも笑顔は変わらない。
「で、メールがどうしたの?」
 その笑顔のままで相原は鋭く切り込んできた。
「メールの作法って、どんなのなんでしょうか」
「はぁ?」
 相原はまじまじと優美を見た。
「めーる、の、さほう?」
 たどたどしくそう繰り返す相原に優美はこくりとうなずく。
「一体どこにメールするつもり?」
「どこって、ええと――友人、ですか?」
「お友達にならそんなに悩むことはないと思うけど」
「悩みませんか?」
「私は、あんまり」
 相原は目をぱちくりさせた後、一転してにんまりした。
「ははーん、もしかして相手は好きな子かー!」
「違います」
「ち」
「何でそうわざとらしく舌打ちするんですか」
「優美ちーの恋バナが聞けると思ったのに!」
 真剣さ半分興味半分といったところ。相談する相手を間違えたと今更悟っても遅い。
「優美ちーはメール苦手な人?」
「得意じゃないですね」
「てか、優美ちーはいろいろ真面目に考え過ぎよ?」
「そうですか?」
「そう」
 知り合ってそう時間が経っていないというのにきっぱりと自信満々で相原がうなずく。
「メールなんててきとーでいいのよ。そりゃ、目上の人が相手だったら気にする必要はあるだろうけど。友達になら気にすることないわ」
「もらったメールに対して返事が短すぎたら気になりませんか?」
「うーん。それはちょっと寂しいかもしれないけど、メールやりとりするくらいだから親しい子なんでしょ? 優美ちーがメール苦手なら苦手って相手もわかるんじゃないかしら」
 相原の言葉に納得はできた。でもそれだけ親しいかと言えば疑問を覚える武正が相手だ。優美は目を細めて考え込む。
「もー。優美ちーは真剣に考えすぎ」
 相原は一向に煮え切らない優美を見て苦笑した。
「メールなんてモノはノリと勢いが大事なのよ。考えたら負けよ。勢いで送って、きゃー漢字の変換がおかしくてしまったーって気付くくらいがくらいがちょうどいいのよ」
 あまりの言葉に優美が顔を上げると相原はにっこりした。
「よくやるわ。おかげであだ名は誤字の女王よ」
「それは自慢できるんですか?」
「立派な個性だと思いたいわね」
「思いたい、って……」
「そんなことはどーでもいいのよ。今は優美ちーの話でしょ? 気に病むことはないわよ。メールの内容や長さでぐだぐだ言うような相手に優美ちーが悩んで返事をする必要はなし! 相手が何か言ったわけじゃないんでしょ?」
「ええ、まあ」
「だったら先回りして気にするだけ損よ、損。できる範囲で返事してたら大丈夫よ」
 その自信満々な仕草を見て優美は思わず笑った。
「そーですね」
 さんざん悩んでメールを返す優美に対して武正は気楽に返事を返してくる。ぽつぽつとした短文でも気にした素振りもないのだから、実際相原の言うとおりなのかもしれない。
 一気に肩の力が抜けた優美を見て相原は笑みを深める。ピンクローズの携帯を取り出して画面を優美の前に示した。
「はい、これが私のアドレス」
「えっ」
「意外そうな顔しなーい。今後連絡する必要だってあるでしょ? なんだったらメールの練習台にもなるわよー」
 優美に携帯を押しつける相原は満面の笑顔。笑顔と携帯を見比べて、優美は自分の携帯を取り出す。
「ええと」
 ぶつぶつ言いながら昨日した動作を思い出す。
 キーをいくつか押して、相原の名前を入れて、たどたどしくメールアドレスを打ち込む。
「入った?」
「えーと、多分」
「おー。じゃあ優美ちーのアドレスも教えて教えて」
「えっ」
「だから何でいちいち意外そうな顔をするかなあ」
 少しばかり傷ついた顔をする相原に優美は慌てて首を振った。
「自分でアドレスよくわからなくて」
「なんでよ?」
「――妹が登録してくれたので」
「優美ちーもしかして機械に弱い人?」
「そういうわけじゃないですけど。一度メールをしますね」
 だからいつも苦労して登録して、折り返しメールを入れて登録してもらっている。
 送信ボタンを優美が押してしばらくしたら相原の携帯が高らかに鳴った。
「お、きたきたー」
 笑顔で言うのに相原はしばらく携帯をさわらない。
「コナカのいっつしんくすおぶゆーいんすぷりんぐ、よー」
「着メロもコナカですか?」
「もち!」
 相原の日本語ぽい発音の英語はどういうタイトルだかほとんどわからない。まあいいやと思いながら呆れて優美が突っ込むと彼女は自信満々にうなずいた。
「かなり好きなのよねー、この曲」
 さすがにメールではメロディは長く流れない。曲が止まったことに落胆した顔をしながら相原は携帯の操作を始めた。
「ちなみに電話の時は昨日の新曲よー。かけてみる?」
「いえ昨日聞きましたし」
「ちぇー」
 相原に電話をかけるとなかなかとってくれないのだろうか? ふと脳裏に浮かんだ疑惑は限りなく真実に近いのではと優美は思う。
 それを想像して電話の先で嫌そうな顔をしている二宮の顔まで頭に浮かんだ。実際彼らが電話をする機会が多いのか少ないのか知らないけど、一度は二度はありそうだ。
「なに思い出し笑いしてるの?」
 顔をしかめる相原に優美は慌てて首を振る。
「なーんか馬鹿にされた気がしたなあ」
 ぶつぶつ言いながら相原は携帯を机に置いた。
「よし、登録完了」
 にこりとする相原に優美は曖昧に微笑み返した。相原が大量にコナカ情報を送ってきたらどうしようかなんて今更思いながら。

2006.02.19 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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