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第三話 変な人と城上祭

12.あこがれと現実

「おっ」
 会話がとぎれたタイミングで優美が腕時計に目を落とした時に、後ろで人の気配がした。
 武正がひらりと手を挙げてうれしげな笑みを見せる。
 ゆっくりと振り返りかけた途中で優美は動きを止めた。
「――井下さん?」
 向けた視線の先にいたのは予想外の人物だったのだ。
 きょとんと優美の名を呼んだ二宮は眉間にしわを寄せて、優美から武正に視線を移動させる。
「え、なに、ニノ知り合い?」
 驚いたような武正の声に顔をしかめたまま二宮はうなずいた。
「そっくり同じことを聞き返していいか?」
「うん」
「いやうんじゃなく」
 武正と二宮のことを優美は見比べた。
「優美ちゃんとニノが知り合いだなんて世の中ってせっまいねえー」
「それは認めるが……」
 ぶつぶつぼやきながら二宮も優美と武正を見比べるようにしている。そのあとで何故か大きくため息をもらして、額に手をやり頭を振った。
「どうしたの、難しい顔して」
「お前は何でそんな気楽な顔してるんだよ」
 すっと目を細めた二宮はぼやいて武正を軽く睨み付けるる。
「何でと言われても困るけども」
「――お前に言った俺が悪かったよ。ナカが女の子と話してるからどういうことだと思ったら井下さんって……世の中狭いよなあ」
 何となくいたたまれない気分になって優美は身をすくめる。文句言ったわけじゃないよと二宮は優美に笑顔を見せた。
「ほんと狭いねぇ」
 のんびりと武正も同意してにっこりする。
「そうですね」
 緩やかに優美もうなずいた。
「じゃあまあ、私はこれで」
「え、行っちゃう?」
「二宮さんを待ってたんでしょう?」
「いやそーだけど、ほら。世の中が狭かったことをもっと実感したいというか」
「何をお前はワケわからんことを」
 呆れた顔をした二宮が行っていいよと手を振る。
「井下さん、相原が機嫌悪くしてるだろうから適当につきあってやって」
「はあ?」
 二宮の不可思議な一言に優美は首を傾げる。ちょいちょい、と二宮が指差す方に確かに小柄な姿が見えた。
「じゃあ、また」
「うん、優美ちゃんまたねー」
 にこにこと手を振る武正に見送られながら、相原の方に優美は歩み寄る。
 間近に近寄るまでもなく、相原の機嫌が悪そうなことが優美にもわかった。相原の感情表現は見るからに豊かだ。
 今は何故か顔を歪めていて、キッと優美がやってきた方を睨み付けている。
「あのー、相原さん?」
 二宮に頼まれた手前、怖ず怖ずと呼びかけると表情を多少和らげた彼女は優美を見る。
「優美ちー」
 呼びかけるその声には多少の堅さが混じっている。
「あの男と知り合い?」
「え、あ、ええ」
 戸惑いながらうなずいて、優美はその突き放したような言い方に違和感を覚えた。
 そんな言い方は少なくとも優美の知る相原らしくないし、まして相原の言うあの男は彼女が大好きなコナカタケノジョー本人だというのに。
「相原さんも、その、あの人と知り合いなんですか?」
 先ほどよりももっと遠慮深く優美は問いかけた。
「違うわよ」
 不機嫌そのものの表情で相原は答える。
「二宮の幼なじみ? 小中高一緒だったらしいけど」
「そうなんですか」
「たまに二宮に人生相談持ちかけてるヤツよ」
「なるほど」
 自分でも何がなるほどなのかわからないままうなずいた優美は目を細める相原からさりげなく離れた。
「――人生相談?」
 わずかに遅れて相原の言葉が脳裏に染み渡る。
「そう。いつも突然やってきて突然二宮に話を持ちかけるんだから。つきあう二宮も二宮だわ」
「メールを送っても返事をくれないから待ち伏せてるって言ってましたけど」
「てゆーか! 何で優美ちーがあいつと知り合いなの?」
「……何ででしょうね」
 勢いよく身を乗り出す相原から優美はさらに退いた。自分でも謎だったのでしみじみと漏らすとその反応に相原は目をつり上げる。
「何でそんなに不思議そうなの?」
「偶然の積み重ねで知り合ってしまったので」
「偶然の積み重ね、ねぇ……」
「相原さんは、その――」
 優美はちらりと後ろを振り返った。会話が盛り上がっている様子の二人――武正を確認して、視線を前に戻す。
「あの人が嫌いなんですか?」
 相原の様子は大好きなコナカを目の前にしたものとはとても思えない。
 彼女はふいっと優美から目をそらした。
「ろくに喋ったこともないわよ」
「その割には毛嫌いしてるようですけど。相原さんは、もっとこう――誰とでも仲良くなれる人かと思ってました」
 それは優美がとてもうらやましく思う才能だ。
「誰とでも、っていうのは言い過ぎかな」
 相原は優美の言葉を全ては否定しなかった。
「苦手な人はいるわよ。あいつとかね」
「あの人が苦手、なんですか?」
 渋い顔で相原はこくりとうなずいた。
「笑わない?」
 ちらりと横目で優美を見た相原はうなずいた優美を見て再び口を開く。
「あいつ、二宮とすっごい仲がいいのよ」
「……ええと、それで?」
「それだけよ」
 優美は思わず相原の横顔をまじまじと見つめてしまった。それに気付いた相原が顔をしかめるのを見ながら戸田の言葉を思い出す。
「そーゆーことですか」
 それはつまり嫉妬ということなのだろう。
 優美はもう一度二宮と武正が並び立つ姿を振り返り、思わず笑みをもらした。
「なによう、優美ちー」
 いじけたような相原に何でもないですと応じ、そのあとで優美はふと思い立つ。
「相原さんは二宮さんが――その。好き、なんですか?」
 恐る恐るの問いかけにすぐさま答えは返らない。相原は軽く目を見開いて、沈黙を守る。
 だいぶ冷たさを含んでいる風がびゅうと二人の間をすり抜ける。
 突っ込んで聞きすぎたと優美が後悔をし始めたときにようやく相原は反応を見せた。
「――内緒よ?」
 淡く微笑んでウィンクひとつ。
「ご……ごめんなさい」
「何で謝るのよ」
 二宮の居場所は遠く、会話を聞かれる心配はないのだけどそれでもそれを心配してか相原は歩き出す。
 数歩遅れて優美もそれに従った。
「優美ちーに指摘されるとは思わなかったわ」
 弾むような足取りに軽い言葉。
「そうですか?」
「うん」
「――なんとなく、気付いてる人もいるんじゃないかと」
 戸田とか、戸田とか――戸田とか。他の名前は思いつかないのはまだそこまで付き合いが深くないからだ。
 優美の言葉に相原は顔半分振り返った。
「そ、そーかしら」
 わずかに顔をしかめて呟いている。
「バレバレなのかしら」
「そういうわけじゃないと思いますけど」
 例えば優美ならば。戸田に言われてなければ先ほどの発言がどういう意味か首をひねって終わったと思う。戸田が鋭いのか優美が鈍いのか、どちらだろう?
「だったらいいんだけど」
「あれだけコナカコナカと連呼してたら、気付きにくいかもですね」
 相原は肩を震わせた。
「だとしたら騒ぎがいがあるってもんね」
「わざと騒いでるんですか?」
「コナカの良さは日本人全てが認めるといいと思ってるわ」
 真面目ぶった相原の言葉に優美は思わず吹き出してしまう。
「コナカへの思いと二宮さんへの思いは別物なんですか?」
「テレビで見る人と、現実目の前にいる人と。その比重が同じだったらちょっと問題じゃないかしら」
「――コナカの方が好きなように見えますけど」
「目の前にいない人についてなら無責任に騒げるわよそりゃあ。二宮二宮って騒ぐのは簡単だけど、あっちの反応が怖いわ」
「それもそうですね」
「でしょ?」
 相原は真顔で腕を組んだ。
「実際問題そんなコトしたら絶対引かれるわよね」
「はあ」
 優美は苦笑して一応うなずいた。
 もやもやといろんな言葉が頭に浮かんだけれどそれをぐっと飲み込んで。

2006.04.21 up
 武正と二宮の関係についてはこちら→(短編 リンゴと目的)。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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