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第三話 変な人と城上祭

20.個人的な思惑

 いつもの部屋にたどり着いた途端に、優美は違和感に気付いた。
 サークルの幹部連が、すでにそろっている。他に誰もいないので、優美は室内に入っていいものかしばし迷った。
「別に入っても問題ないぞ、井下」
 ちょうど扉に顔を向けて座っていた戸田が言うと、二宮も扉を振り返ってきた。
「やあ、井下さん」
 極上の笑顔には一片の曇りもない。何となくこくりとうなずいて、優美は部屋に入ると後ろ手に扉を閉めた。
 近づいてみるものの、普段なら二宮よりも素早い反応を示しそうな相原が口をつぐんでいるので間近には行きがたい。
 どうしようか迷っていると、相原が半分睨むような眼差しを向けてきたので、優美は思わず足を止めてしまった。
「優美ちー!」
 ガタン、と大きな音をさせながら相原が立ち上がる。
「は、はい」
 その勢いに押されて優美は後ずさった。
 そんな優美にはかまわず相原はずかずかと彼女に近づいてくる。
「あの男が!」
「は?」
 逃げるのも失礼だからと優美はとりあえず後ずさるのはやめた。それでも怒鳴るような声にのけぞるようになる。
「あの男……?」
「そうよあの男! あの男がコナカの双子の弟なんて嘘でしょ?」
「はあっ?」
 一瞬で相原の言うあの男が武正なのだと優美は悟る。それでも信じられない一言に、優美は間抜けな声を上げた。
「えっと、そうなんですか……?」
 相原でなく二宮を見てしまったのは、ある程度事情を知っているからだ。
「そーゆーことなんだよ」
 二宮はにこやかにうなずいた。軽くウィンクするのはそういうことにしておけという意思表示か。
「はあ……」
「大体何もかにも気に入らないんだからー!」
 二宮の言葉にいやいやするように首を振りながら、相原はがばりと優美に抱きついた。
 戸惑うばかりの優美が救いを求めると、二宮はやれやれと頭を振るだけで口を開く気配はないし、戸田はなぜか黙って十字を切った。
 二宮は武正にサークルアピールをさせる気満々なのだろうか? あらかじめ幹部にだけは話しておいて、様子を見るつもりだったのかもしれない。
「確かにちょっとは似てるなーとは思ってたけど! かなりすごいだいぶ違うでしょ?」
「私、コナカにはそう詳しくないので……そんなに違いますか?」
「違うわよ! それなのに二宮はあいつにコナカのそっくりさんとしてサークルのアピールをさせたらきっとうけるとか言うんだから!」
「――ええと、そうなんですか?」
 激しい拒否反応に驚きながら、優美はやはり二宮に向けて問いかける。
 武正が逃げられないように足場を固めるつもりだろうかと、疑う気持ちがあった。足場を固められたら、お人好しなところがありそうな武正は最後はうなずきそうだと思ったから。
「他によいアイデアがなかったらね」
 二宮は慎重に予防線を張った。
「ふざけてるわ! 全国のコナカファンに謝るべきよ」
「いやそんなこと言われても。あいつあれで、眼鏡外して黙って街頭に立ってれば十人に八人くらいはコナカタケノジョーだって騒がれそうな顔してるんだぜ?」
「顔が似てても、ステージに立ってる人間の顔なんぞろくに見えない気がするが」
「いや、今年はミスコンがあるだろ。舞台のどこかにでかいスクリーンを張るらしいから」
 戸田の突っ込みに二宮は動揺せずに応じる。
「見た目も大事だけど中身も大事なんだからっ」
「中身は別モンだから、ちゃんと理解してもらえててありがたいね。そこで相原があいつをコナカの代わりとして見たらどうしようかと思ってたんだけど」
「というかねえ! あの男がコナカの弟ってことは、二宮はコナカと面識があるってこと? それを私に黙ってたのが一番許せないわよー!」
「お前話聞いてないだろ」
 二宮が苦笑しながら立ち上がり、優美から相原を引きはがす。ようやく自由になって、優美はほっと息を吐いた。
「あいつはコナカのことでいろいろ言われて神経質になってんだよ。お前に最初から言った日にゃ、面と向かってあいつを傷つけるようなこと平気で言いそうだったからな」
「うっわ、二宮私のことそんな目で見てたの? てか、あの男そんなにそのこと気にしてるの? 私だったらコナカと血がつながってるなんて飛び上がるほどうれしいと思うけど」
 首根っこを捕まれて不満顔だった相原は、一瞬で不思議そうな顔になる。
「コナカとうり二つのせいで周りからいろいろ言われたら、嫌になると思うぞ? 自分を否定されてるようだってびみょーにへこんでるのあいつは」
「うーん」
 相原はしばし考えて、どうにか納得したようだった。
「そうすると、サイン欲しいですとか言わない方がいいかしら」
「――サインとは謙虚だな、相原」
「てっきり会わせて下さいと言うと思ったが」
 男性陣の突っ込みに相原は再び不満顔。
「忙しいコナカにそんな無理言えるわけないじゃない。うーん、そっかー。でもそれなら、なんで二宮はあえてあの男をステージにだそうなんて言ったの?」
「言われてみれば、そうだな」
「人の傷口に塩を塗るような真似、二宮らしくないけど」
 戸田と相原の疑問の言葉は優美にダメージを与える。「それを言い始めたのは二宮さんじゃなくて私です」そんなことを突然言い出すわけにもいかなくて、優美は二宮に申し訳なく思う。
「あえてアピールすることで吹っ切れさせないと、あいつ、このまま腐っていきそうだったから、かな?」
「二宮に散々相談を持ちかけてたのは、そんな話だったの?」
「いやー、あいつの相談は意味不明だから真意はわからないんだけどな、大体そうだったのかもな」
「ふぅん」
「個人的な思惑で申し訳ないけど、他の奴らにアイデアがなかったらそういうことでお願いしたいんだけど」
 どうかな、との声かけに戸田は黙ってうなずいて、相原は「いいんじゃない」と呟いた。
「それでも私、あいつがコナカの弟だなんて認めたくないけど」
「そういう感じで接してもらえるとありがたいね。お前が一番やらかしそうな気がしてたから」
「どーゆー意味ッ」
 キッと鋭い声を相原は上げた。二宮は笑顔で意味もなくなあ、と戸田に同意を求める。
「そうだな。まあ予想の範囲だけどな」
「そうかぁ? 俺はある意味拍子抜けしてるんだけど」
「テレビの中の人間に本気になるほど相原は馬鹿じゃないさ」
「本気だったらむしろ怖いけどね」
「ちょっとそこ二人で勝手に何言ってんのー!」
 うわああんひどいわ優美ちー、二人がいじめる〜! 相原が再び優美に泣きつくのを、また二宮は引っぺがした。
「お前そこで井下さんに迷惑かけない」
「だってさあ」
「だってじゃないから。今日の議題はアピールタイムについてだから。今の俺の話は置いておいて、他にアイデアあれば主張してくれよ。井下さんも、よろしくね」
 二宮はそう話をまとめて、そろそろ時間だと動き始める。
 優美は相原に引っ張られていつものごとく彼女の隣に座り込み、話に捕まった。
 昼間に話したのが功を奏したのか、少なくともコナカの話ではなく、代わりに武正がメインの話題だ。どちらに転んでも同一人物なのだけど、端から信じていない相原は文句たらたらだ。
「だいたい、あの男がコナカと似ていると思う?」
「だから私はコナカをよく知らないので」
 相原は携帯を取りだして、いくつものキーを叩いた。
「ほらこれ!」
「眼鏡があるか無いかが違いますね」
「そうじゃなくてー、なんかこう雰囲気とかが違うと思わない? コナカの方がかっこいいじゃない」
 相原がいそいそと優美に向けた携帯画面には、どこか遠くを見ているようなコナカタケノジョー。
「そうですねえ」
 違和感があるのは間違いがない。優美はのんびりと同意を返した。
「ほら、これもこれもこれもこれも……!」
 次々に相原は画面を切り替える。コマ送りのように切り替わる写真は、相原の主張通り武正と似て異なるように優美にも見えた。
 武正と印象が違うように見えるのは、服装が少し洒落ているからかもしれない。何よりの違いは眼鏡と、表情。
「何でそんなに写真があるんですか……?」
 でもそれよりも、次々出てくる写真の発生源の方が気にかかった。
 優美の問いかけに相原はなぜか胸を張る。
「ファンクラブの携帯サイトに登録してるのよー。待ち受け画面をダウンロードしたわけ!」
「そんなものがあるんですか?」
「そうよー。毎月二種類アップされるの」
 なるほどなんてわかったふりをしながら優美はうなずいて、ずいぶん長いこと相原がコナカのファンをしていることだけ理解する。
 期間が長くなった分だけ、コナカは理想化されているのだろう。相原が武正と面識を得てからどれだけ経っているか知らないが、同じく時が経つほどに苦手意識が増したのだとすれば、コナカと武正が同一人物だとは思えないに違いない。
 もし知ったらどうなるのだろうか、想像しようとして優美は止めた。それが現実になった日がどんなに恐ろしいことになるか、考えたくもなかったからだ。

2007.01.09 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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