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第三話 変な人と城上祭

21.そっくりさんの検分

 二宮は自分の意見を押しつけることなく会議でみんなの意見を聞いて、結果としてほぼ自分の思惑をかなえることに成功した。
 さすがの手腕と言えばいいのかもしれないが、結果として二宮自身もステージにでなければならなくなったのはおそらく予想外だっただろう。
 コナカのそっくりさんで人目を引いて、説明は二宮がする――その方法が効果がありそうだと結論が出たのだ。
 だが武正の顔を知り、そしてコナカ好きだと全員に知られる相原が不満そうなのを見て、本当にその弟がコナカタケノジョーにそっくりなのか不安に思ったのは一人や二人ではなかった。
 思ったほど似ていなかったら、二宮と相原が漫才なりなんなりでアピールすればいい――誰かがあげた代替案に苦笑しながら、二宮はいつもの打ち合わせをするようにみんなに伝えて、自分は携帯片手に会議室の隅で誰かと話し始めた。
「あいつと、かしら」
 複雑な顔で相原がうなる。
「たぶん」
 優美の携帯に武正からの反応は未だなく、それはつまり納得できていないから何も言いたくない意思の表れだろう。今、二宮が武正を説得している可能性が否定できない。
 相原は大丈夫と言ってくれたし安心したつもりだったけど、それでもまだ優美の不安は消えきってなかったようだった。
 十中八九、話の流れからしても二宮の相手は武正だろう。二宮は身振り手振りまで交えながら電話相手に何かを語っている。
「そんなことよりも、打ち合わせしましょ」
 相原は二宮を見ていてもどうしようもないとばかりに、ポンと手を叩いた。



 二宮の通話は十分ほど続いて、それを終えると彼はほっと肩をなで下ろしていた。表情からすると、説得はうまくいったのかもしれない。
 優美は上の空で打ち合わせに参加して、何度も相原に突っ込まれることとなった。その度に謝っても、結局二宮の行動を気にしてしまうのだから意味がない。
 どうなったのか聞きたくても聞けないのは、グループが違うというのもあるけれど、聞くのが怖いからでもある。
 とても長い時間が過ぎて、二宮がいつものように解散を告げるために立ち上がる。時計を見ると、いつもと同じタイミング。思わず優美は部屋の時計と携帯の時計表示を見比べて、現実を認識した。
「じゃ、今日もお疲れ様。また明日もよろしく。そろそろ時間が押してきたし、相原の組以外は当日の計画を立てて準備物をリストアップしようと思うから」
「おうよー」
「おつかれさまー」
「それと、今日予定がないヤツだけでいいんだけど」
 みんなが口々に言いながら、次々に立ち上がる。なのに二宮が言葉を続けたので、移動を開始しようとした面々が動きを止めた。
「例のコナカの双子の弟呼んだから。今日中にステージの話、はっきりさせようぜ。用事があるヤツには悪いけど」
「どっちに転んでもびみょーなのよね……」
 二宮が言い放つと、何人かが突然言われても次の授業がとか、バイトがとか文句を口にしはじめる。小声でぼやく相原もその一人で、だがその中身は他と違っていた。
「微妙ですか?」
「あいつがコナカの弟だと認めたくもないし、かといって私がステージに出るのも嫌だし」
「なるほど」
 仕方なさそうに去っていく者もちらほらいたが、大方残ったのはやはり気になるからだろう。相原と言葉を交わしながら、優美だって気になって仕方ない。
 二宮は寄ってきた何人かの質問に苦笑しながら応じている。
 しばらくすると戸田がのっそりとやってきて、「バイトがあるから後で知らせてくれ」と言い残して去っていった。
「呼んだからっつって、いつ来るのかしら」
 さすがの相原も、今コナカの話をする気はないらしい。彼女にしては物静かなのは、それなりに緊張しているからだろうか?
「さあ」
 優美はさりげなく携帯に目を走らせて、そっと息を吐いた。携帯電話には、未だメールの新着アイコンが表示されない。つい先日までそれが普通の状態だったのに、短い間で違和感を感じるようになってしまっている。
 これまでの武正なら、二宮との通話を終えた後に一言何かあってもいいはずなのに。
「まだ忙しいんじゃない?」
 目敏く相原が優美の様子に気付く。優美は慌てて携帯から手を離した。
「んもう、優美ちーかわいいわねえ」
 相原はぎゅっと優美の片腕をつかんで、残った手で頭を撫でてきた。あからさまな子供扱い。
 驚きで固まる優美を相原は含み笑いで見つめた。
「あ、あの、相原さん、ちょっとこれはっ」
 我に返って優美が身をよじる。楽しげに相原はますます腕に力を込めた。
「うんその反応もかわいいわー」
「なんなんですかー」
 強引に逃れられないのが優美の弱いところだ。軽く相原を睨み付けても反応なし。さらによしよしと頭を撫でられて終わる。
「優美ちーって、押しに弱いわよねえ」
「そんなにしみじみと言わないで、放してください」
「んー、どうしよっかなあ」
 どうしよっかなじゃないですともぞもぞする優美を、相原はさらにぎゅっと捕らえなおした。
「ねえねえ優美ちー、すんごいいいこと思いついたんだけど!」
「……なんですか?」
 笑顔の相原から気持ち身を遠ざけて優美は尋ねた。腕を捕らえられていたら、本当に逃げることはできない。相原はさらに笑みを深めて、優美に顔を寄せる。
「まずねえ、そのですますはやめて欲しいわね」
「やめて欲しいとか言われても」
「困った顔しなーい。もうちょっと砕けてくれていいのに、優美ちーったら真面目なんだから」
「性分ですから。それに相原さんは先輩ですし」
「それからー」
 優美の主張を聞き入れる素振りもなく、相原は眉間にきゅっとしわを寄せて優美を軽く睨んだ。
「その他人行儀な呼び方もそろそろ卒業して欲しいわね」
 声にも腕にも力が籠もっている。優美は痛いと主張するのも忘れてぽかんと相原を見返した。
「そんなことを言われても、なんて呼べばいいんですか?」
 問い返した後ではっと気付いて、「呼び捨てなんて無理ですよ」と優美は続ける。
「えー、別にかまわないのに。でもそうねえ、優美ちーにあわせてみなちーとかかわいくていいかも?」
「恥ずかしくて口にできません」
 言い切る優美に対して、相原は不満そうに「でも相原さんをやめてくれないと腕を放さないぞう」なんて、優美を捕らえる手に力を込める。
 何が突然相原をこんな言動に走らせたのだろう。ふと考えて、思い当たってしまった。これは相原なりの励ましなのではないかと、そう気付いて。
 優美は思わず苦笑してしまう。
 現れ方は違うけど、昼間と同じことが言いたいのだろう。気付くと邪険にできなくなって、優美は少し考え込む。
「ええと、じゃあ」
 相原の主張する「みなちー」は絶対口にできそうにない。優美は記憶をたどって相原の名前を思い出し、妥協点を探った。
「湊さん、で、いいですか?」
「ですはなし」
「ええと、湊さんでいい?」
「よし、合格」
 満足げに相原はうなずいて、ぱっと優美の腕を放してくれた。
「これからはそれで行くこと。元に戻ったら耳元で呪いのようにささやくからね」
「な、何をですかッ」
「はいですはなしー」
 にんまり笑った相原が、早速優美の耳元で「ため口ため口」とささやき始めるので、ぞわりと鳥肌を立ててしまう。
「わ、わかりまし――じゃない、わかった、わかったからやめてー」
「よしよし」
 相原が一仕事を終えた職人のように深々とうなずいているのを見ながら、優美は耳を押さえた手を下ろした。
「お前は何をまた井下さんを困らせてるんだ」
「うわしっつれいねー。親交を深めてたんだから」
 一通り質問攻めを捌いたらしい二宮が、いつの間にか近づいてきていた。少し離れた位置に腰を下ろす彼を、相原は唇を尖らせて睨む。
「ねー、優美ちー。私たちの仲良しレベルは今日一気に上がったわよねー」
 笑顔で同意を求められて、優美は曖昧にうなずく。口にできない言葉を悟ってくれたのか、二宮はほどほどにしとけよとやんわり相原に忠告してくれた。
「そんなことよりも二宮、あいつはいつ来るわけ?」
「そろそろ来てもおかしくない頃なんだけどな」
 相原は忠告を軽く流し、それに呆れた顔をしつつも二宮は質問に答える。
「あんまり人を待たせるのもどーかと思うけどな」
「俺が呼んだんであって、あいつが率先して来るって言った訳じゃないし――あ、来た来た」
 会議室の扉が開いて、ひょいと武正が顔を覗かせる。二宮は大きく手を振り上げて「こっちだ」と呼びかけた。
 部屋中の注目を浴びて居心地悪そうに武正は顔をしかめる。身を縮めるように近寄ってくる背中にも、やっぱり周囲の視線がつきまとった。
「やあ」
 苦笑混じりに武正は一同に挨拶をした。二宮と優美とを順繰りに見て、それからひょいと軽く相原に頭を下げる。
「どうも」
 優美も軽く頭を下げた。武正の表情からほんの少しだけ苦さが抜ける。
「えーと、ニノ、どうしたらいい?」
 一瞬だけにっこりと優美に微笑みかけてから、武正は二宮に尋ねた。
 いつも通りに見える笑顔に安心しつつも、すぐ逸らされた視線に優美は不安を抱いてしまった。何か言いたくても何も言えなくて、いたたまれなくて彼から目を逸らす。
 隣にいる相原がじっと武正を観察しているのがわかった。
「そりゃお前、お前がいかにコナカタケノジョーとうり二つなのかアピールするべきだろ」
「それを真顔で言うから怖いよね、ニノって」
 さらりと告げる二宮の根性は相当座っているに違いない。あるいは、これまで培った友情の堅牢さを信じているのかもしれないが。
 武正はあまりの言い方に嘆息して、意を決したように顔を上げた。ためらいを見せずに、すっと眼鏡を外す。
 縁のない眼鏡はかけてもあまり印象を違えない物だと思っていた。それでも、やはり眼鏡をかけているかいないかで見た目が違って見える。
「ってわけで、コナカタケノジョーの双子の弟のナカ――小中武正だ」
 二宮の紹介に武正はどうもとまた頭を下げた。
「うわっ」
 それを見て相原が頭を抱える。
「認めがたいほど似てる……!」
「えーと、それはどうも?」
 反応したのは相原だけではない。残っていた全員が確かにそっくりだと認めた。
「この顔で、ステージ立って歌えば人目を引きそうだなー」
 誰かが言い始めれば、誰かがそうだそうだと同意する。おおむね受け入れムードに武正は首を振った。
「いやあ、それはやめておいた方がいいんじゃないかなあ。騒音だから」
 とても柔らかい物言いでの否定に幾人かが鼻白む。
「それに、怒られるだろうし。そりゃ、顔は似てるけどねえ。歌い方は全く別物なのデスよ?」
 タケノジョーは自分の歌にこだわりを持ってるからねえとのんびりと武正は続けた。
「それでもよければ、聞く?」
「って、お前ッ」
 慌てて声を上げる二宮を片手で制して、武正はすうっと息を吸った。
 どこかで優美も聞いたことがあるような歌を彼は口ずさみ始める。それがどんな歌か悟る前に、相原が耳を塞いでやめてと叫んだ。
「コナカと同じ声で音痴なのはやめてー」
「あっはっは」
「大体何で学歌なのよ!」
 半睨みで抗議する相原をじっと見返して、武正はさあねえと首を傾げた。
「みんなが知ってる歌の方がよくわかるかなーと思って?」
「大学生にもなって学歌をまともに覚えてる人がどれだけいると思ってんのー? 面白いくらい見事に外れてたら、言われたってわからないわよ!」
「それをわかっている人に言われてもなあ」
「ってーか、お前の外しっぷりよりは遙かにましな歌いっぷりだったと思うぞ」
 意味ありげに武正を見てため息を漏らした後、二宮は文句を言う相原に突っ込みを入れた。
「今は私のことは関係ないでしょ! 私は人前で歌うなんて――あんまりしないことにしたから、いいの!」
「俺も人前で歌いたくない証明のために試しに歌ってみただけなんだけどねー」
「……そういうことなら、仕方ないわね」
 武正の言葉に相原は一気に勢いを減じた。納得したようにうなずいた後にぐるりと彼女は周囲を見回しつつ胸を張った。
「よし、いいこと? みんな二度とこの人に歌を歌わせようなんてするんじゃないわよー!」
 否定の言葉は返らない。だから満足げに相原はうなずいた。
「まあでも、顔はそっくりだし、よく聞くと声も似てるわね」
「それはどーも」
 くるりと武正に向き直った相原はじっくりとその顔を見つめる。
「そのことはよーくわかったから、とりあえず眼鏡はかけて。調子狂うから」
 武正の眼鏡を指さして相原が指示すると、首を傾げつつ武正はそれに従った。
「えーと、他に何したらいいのかな」
「余計なことは何もしなくていいわ」
 二宮に向けた問いかけに、相原が先に答える。
「悔しいけど、宣伝に使えそうなことは認める。二宮とステージに出て、ちゃんと宣伝してくれるなら別に反対しないわよ。ただし歌うのは禁止」
「あー、はい」
 たたみかけるような相原に武正はこくりとうなずいて、いいのとばかりに二宮を見た。
「相原はそう言ってるけど、他はどうだ? 賛成の人は挙手ー」
 二宮が素早く多数決を取った。賛成多数に反対なし、不参加が優美を含めて数名。
「ってことだ。悪いなナカ、フォローはするから宣伝に協力よろしく」
「了解」
「よし。ステージのことについては、こっちで考えておくから。悪いなみんな、時間取らせて。今日は以上でー」
 手早く最終決定を下して、ようやく本当の解散を二宮は告げる。特に武正に声をかけながら、みんなぞろぞろと去っていった。

2007.01.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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