IndexNovel変な人シリーズ

第三話 変な人と城上祭

28.それじゃ満足できない

 微妙な雰囲気で始まった食事は、だが和やかに過ぎていった。優美は、気を取り直したように武正が話す言葉に相づちを打ちながら食事を進めた。
 相変わらず、武正が食べるのは優美よりもかなり早い。しゃべりながら実香を手招きした彼はコーヒーとデザートを頼んだ。
「優美ちゃんも何か飲む?」
「別にいいわ」
「お茶くらいいいんじゃない? ホットミルクティーをもう一杯ちょうだい。食べ終わる頃で全部いいから」
「ちょっと!」
「いいからいいからー」
 声をあげる優美を武正は軽く受け流し、注文を受けた実香もかしこまりましたーっと明るく身を翻す。
「いいからじゃなくて」
「ゆっくりお話ししたいじゃない」
「最初五分でいいとか言ってなかった?」
「時間に余裕があると思ったら、つい本題に入るのを先延ばしにしちゃって」
「本題?」
 優美は首を傾げて、手を止めた。
「さっきの話なら、蒸し返す必要なんてないわよ」
「あー、うん、えっと、微妙に蒸し返したいような蒸し返したくないような感じなんだけど」
「どっちよ」
「どっちだろ」
 優美は、うははとごまかし笑う武正を軽く見据える。「まあ先に食べちゃってよー」と促されて、首を傾げつつも食事を続けた。
 重くはない沈黙なのに、それは何故か優美を焦らせる。じいっと武正が自分を見ているからなおさらだった。
 優美が残さず食事を終えたのを見計らって、早速実香がコーヒーと紅茶、デザートを持ってきた。
 武正の前にはチーズケーキ。優美の前にはアイスクリーム。
「ランチのデザートだよ、それ」
 驚く優美に武正はそう説明した。
「詳しいのねえ」
「よく来てるし。大体ナポリタン頼むけど、一人で来た時は暇つぶしにメニューをざっと見るからねー」
 優美は納得しながらスプーンを手に取った。
「なるほど」
 白い皿の真ん中にバニラアイス。ミントの葉が飾られ、チョコソースが周りに散らしてある。よく見るデコレーションだが、ただのアイスより心浮き立つ。優美は一口すくって、目を細めた。それを見ながらにこにこと武正もフォークをケーキに伸ばした。
「で、蒸し返すの? 蒸し返さないの?」
「うん」
「どっち?」
 うーんと間延びした声を上げながら武正は眉根を寄せる。
「微妙なんだよねえ」
「はっきりしないわねえ。迷うくらいなら蒸し返さないでよ」
「完全に蒸し返すって訳でもないんだよねー」
 武正はいつまでもはっきりしない。優美はアイスを食べ進めながら次の言葉を待った。
「えーと、まあ、つまりはさ」
 しばらくイメージトレーニングをするかのごとくフォークを上下させていた武正は、ようやく思い切ったようにチーズケーキを一口大に切る。ぱくりと口に入れてから、ようやくしっかり優美を見た。
「なんというか、つい勢いのままにあれしてしまったなーと思って、しっかりお話ししたいかと」
「はあ」
 しまったなー、ご飯食べるとか変に時間がかかるから思い切りが足らないなーと武正はぼそぼそ続けた。どこがしっかりした話なのだと思いつつ、優美は黙って続きを待つ。武正はコーヒーを飲んでよしと自分に気合いを入れた。
「あのね、優美ちゃん」
 やんわりと彼は口を開いた。
「昨日はつい羽目を外して、ごめんね」
 すぐに口を開いたら余計なことを言いそうで、優美はゆっくり首を振って次の言葉を探した。
「――羽目を外したい日も、あるでしょ。日中ストレスがたまってたんだろうし」
「そう言ってもらえるとうれしいけど。でもちょっとやらかしちゃったなーって思って」
 武正は再びコーヒーに手を伸ばした。
「酔ってない自信はあったんだけどさ。寝て起きたら、なんて言うか後悔で。昨日のことが原因で優美ちゃんと疎遠になったら嫌だなあというか……」
「ちょっと度は過ぎてたと思うけどね」
「ごめん」
「でも――」
 優美は目を伏せて、少し考えた。
「度合いとしては私が失礼なことをした方が多い気がするわ」
「そんなことないよ」
「一番のストレスは、一昨日の朝のステージでしょ。その大本の原因は私だし。それがストレスで酒量が過ぎたなら、人のせいにもしてられない――わよねえ」
 言いながら自分でそのことに気付いてしまって、優美はこっそり落ち込んだ。
 だとしたら、非常にもやもやした気分を抱えることになってしまったのも自分が悪いからだ。
「俺が悪いよ。ちょっと、調子に乗ってた」
「私がぶしつけすぎたのが悪かったわ」
 責任の奪い合いは長く続かない。お互い苦い顔を見合わせ、平行線になるだけだと気付いて言葉を止める。
 続いた短い沈黙の間にデザートは着々と減った。
「まあ、でもねえ。明らかに俺の方が度が過ぎてたのは間違いないよね。気にしないでくれるって言ってくれるのはありがたいけど、ごめんね」
「うん」
 優美は同じことの繰り返しを避けてこくりとうなずいた。それに対して武正がほっと息を吐いてよかったあああと大げさに息を吐くから、優美は思わず笑ってしまった。
「何で笑うんだろ。心底安心したのにー」
「大げさよねえ」
「大げさじゃないって。俺にはとても大きなことだったんです」
 生真面目な顔で武正が言うものだから、優美は笑みを深める。それに対して一瞬唇を尖らせたものの、彼はやがて息を吐いた。
「ねえ、優美ちゃん」
 真面目な顔はそのままに続けるから、優美は表情を改める。こくりと息を飲んで続きを促した。
「なに?」
「さっきの今でとってもあれなんだけど」
 真面目な顔での、そんな切り出し。比較的最近の記憶にそれはすぐに繋がった。
 あの時は――友達になってもらえませんかと言われた。今回は何だろうとふと考えたのは、すぐに言葉が続かなかったからだ。疑問を口にする前に武正が再び口を開こうとしていることに優美は気付いた。
「俺、優美ちゃんが好きなんだ」
 そう告げる声はやけに口早。だから優美は一瞬聞き違えたのかと思った。ゆっくりまばたきをする間に、言葉の内容を咀嚼する。
「……えっ」
 優美の反応を見守る武正にはどこか緊張感があった。
「ライクじゃなくて、ラブの方」
「ええええ」
 彼は両手を組んで一度ごくりと息を呑む。そして告げられた言葉に、優美は間の抜けた声を上げ、驚愕に目を見張る。
「さ……さっきの今で、そんな話?」
 弾む心臓を宥めながら優美が何とか口にすると、武正はこくりとすぐさまうなずいた。
「――正気?」
 ちょっと顔をしかめたけれど、武正はこれにもうなずく。
 告白されるなんて初めての経験で、優美は対応に困ってしまう。浮き足だった気持ちになるのはその言葉がうれしいからだろうけれど――そう素直に言えないのは、優美の性格以上に彼の立ち位置が問題だからだ。
「できれば、そういう辺りのことは忘れて欲しいなあ」
「忘れて欲しい、って」
「問題はないと思うんだよね」
「ないわけないじゃない」
 武正は軽く眉を寄せて、少し身を乗り出した。近くに人の姿はないけれど、大きな声を出したくないのだろうと優美も気持ち身を乗り出す。
「城上にコナカタケノジョーのそっくりさんがいる話は、もう知れ渡ってると思うよ。大勢の前で堂々と名乗ってはないけど、サークルの誰かに聞けばその正体がコナカと双子だってこともわかる」
「はあ」
「双子ってことはそっくりってことでしょ。城上大の女の子とコナカが一緒にいても、それはコナカの双子の問題であって、コナカの問題じゃないでしょ?」
「でしょ、とか言われても」
 そういう問題なんですよ、と武正はけろりと言い切って椅子に背を凭せ掛けた。
「そういう問題じゃないと思うけど……」
 優美は気弱に呟いて、大きく息を吐くしかできない。
「好きな人の前では、ただの小中武正でいたいんだよ俺。優美ちゃんは俺にそうさせてくれる貴重な人だって思うんだ」
「それって、私じゃなくって他のあなたを知らない誰かでもいいってことじゃないの?」
 思わず口にしてしまった瞬間、優美は後悔した。
「違う」
 いじけたような優美の言葉に武正はかけらも動じない。静かに頭を振って、即座の否定。
「軽はずみに告白なんてしないよ」
 力強い言葉を聞いた優美は言葉に詰まる。
「すぐにする気はなかったのは認めるけど――優美ちゃんの言う通り、気にしなきゃいけないことはあるし」
 昨日の晩色々考えたんだと武正は続ける。
「優美ちゃんに嫌われて疎遠になるかもって考えはじめたら止まらなくってさ。気にしないって言ってくれるのは嬉しかったけど、それだけでいいのかって、ちょっと思った」
「ちょっと思った、って」
「本当は親友で満足しようとは思ってたんだけど、それじゃ満足できない気分になってきたというか何というか……」
 最後はもごもごと言葉が尻すぼみになる。
「駄目、かな? ええとちょっとでも前向きに考えてもらえると嬉しいわけですが」
 武正がおずおずという様は、相原のような熱烈なファンがいる有名人のものとはとても思えない。自信のなさそうな様子に緊張を感じ取って、優美は居住まいを正した。
「後悔しても、知らないわよ」
「しないとは言い切れないけど――え、今のって前向きっぽい?」
「――ええ。自分でもよくわからないけど、あなたのことがとても気になるって事は……、そういうことなんだと思う」
 迷いつつの言葉に、武正はぱっと顔を明るくする。
「おっけー?」
「そうね」
「おおー!」
 優美が決定的なことを言えなくても問題はないらしい。武正はぐっと身を乗り出して優美の手を掴むとぶんぶんと上下に振った。

2007.07.03 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

<BACK> <INDEX> <NEXT>

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel変な人シリーズ
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.